【05】帰郷を許されぬアデイラ・アンドラ公妃
オリバー大公は、キール将軍を見た。
「キール、無能な隣人とは、よく言ったものだ。
確かにその通りだ。
シュール公子が大公となれば、アンドラ公国の治め方も変わるだろう。
それが我が国にとって好機となるか、厄介ごととなるかは、まだわからぬ。
どちらに転んでも動けるよう、備えておく」
ダレル団長へ視線を移す。
「ダレル、軍勢をメリダ村付近へ進め、待機させておけ。
アンドラ公国の情勢が変わったとき、すぐに動けるようにするためだ。
ただし、我が国が介入の準備をしていると知られてはならぬ。
進軍中も、現地に着いてからも、兵の行動には気を配れ。
私の命令があるまでは、勝手に動くな」
「承知いたしました。
兵の統率には、十分に気を配ります」
「アーロン、おぬしは私の名代としてアンドラ公都へ向かえ。
国葬に参列し、弔意を伝えてくれ。
両公子には、どちらにも礼を尽くせ」
「承知いたしました。
現地での動きも、確かめてまいりましょうか」
オリバー大公は、口元を緩めた。
「いや、おぬしに家臣たちの腹の内まで探れと言うのは、無理な話だろう。
国葬を終えて戻ったら、誰と会い、何を話したか聞かせてくれ。
そこから先は、こちらで考える」
「それでしたら、私にも務まりましょう。
大公の名代として、礼を失わぬよう参列してまいります」
アーロン将軍が頭を下げると、オリバー大公はキール将軍へ向き直った。
「キール、おぬしは私と共に公都に残れ。
各地から届く報告を検討し、情勢が動いたときには、軍をどう使うか相談したい。
ビアトリクスの養育も、引き続き頼む。
まだ幼い娘だ。
周囲の者たちとも相談し、よく見てやってくれ」
「承知いたしました。
ビアトリクス様のことも、お任せください」
「マーカス、おぬしはアラモ城へ向かえ。
草原部族の動きを確かめ、領内への侵入に備えよ。
南部が落ち着かなければ、アンドラ公国への対応に兵を回せなくなる。
城塞都市としての整備も続けろ。
城壁の工事の進み具合と兵糧の蓄えを確かめ、不足があれば報告せよ。
アラモ城の状況を確認した後、山岳地帯へ向かってもらう。
あの地の蛮族が、我が国の領土を脅かしているとの報告が届いておる。
侵入の規模と、住民に被害が出ているかを確かめよ」
「承知いたしました。
私がアラモ城を離れた後の守備は、いかがいたしましょう」
「現地の将校に任せられるよう、兵の配置と指揮を整えておけ。
草原部族の動きが活発であれば、無理に離れるな。
そのときは報告せよ。
南へ向かわせる者を、改めて考える。
山岳地帯では、敵が山へ退いても、むやみに追うな。
向こうは山道をよく知っている。
兵を進めるときは、退く道を確保しておけ」
「かしこまりました」
オリバー大公は、マーカス将軍を見つめた。
「油断するなよ。
息子のアレックスは、五歳になったのだろう。
無事に帰ってこい」
「はい。
必ず戻ってまいります」
軍議が終わろうとしていたとき、アデイラ公妃が案内を待たずに入室してきた。
「失礼いたします」
席にいた四人の重臣が立ち上がって出迎えた。
オリバー大公は目を上げ、公妃の姿を見た。
身に着けているのは、肌の露出が多い、アンドラ公国で流行している衣装だ。
サイサリス公国の衣装へ改めるつもりはないようだった。
重臣たちに座るよう促し、公妃へ向き直る。
「今は、軍議中だぞ」
「わかっております。
それゆえ、こちらに参りました。
父、アレクシス大公の死を受けて、サイサリス公国はアンドラ公国に対し、どのような対応をなさるのですか」
「どうするも何も、弔意を表すだけだ」
「弔意を表すだけなら、なぜ重臣たちを集めて軍議を開くのです」
「何も、不思議なことではなかろう。
我が国の建国に力を貸してくださったアレクシス大公が亡くなったのだ。
今後のアンドラ公国との関係を、考えねばならぬ」
「父が亡くなったことで、アンドラ公国との関係を変えるおつもりなのですか」
「結論を急ぐな。
シュール公子とユーリ公子のどちらが継ぐか、まだ決まっておらぬ。
どちらが大公となるにせよ、隣国の体制は変わる。
その備えのために軍議を開くことが、おかしいか」
「では、私も国葬に参列するため、アンドラ公国へ向かわせてください」
「ほう、アデイラ。
そなたは、シュール公子とユーリ公子のどちらに与するか、決めたのか。
今のそなたは、サイサリス公国の公妃だ。
そなたが帰れば、兄たちは、その後ろに我が国の軍勢を見るだろう。
そなたの動き一つで、我々まで争いに巻き込まれかねぬ。
聞かせてもらおう。
そなたは、どちらを選んだのだ」
アデイラ公妃は唇を結んだ。
しばらく返答を待つ夫から目をそらさずにいた。
「私はどちらも選びません。
私は、ただ、弔意を表したいのです」
「そなたがそう考えていても、周囲が同じように受け取るとは限らぬ。
今は、そういう状況だ」
サイサリス公国は、アーロン将軍を名代として国葬に参列させることになった。
しかし、アンドラ公国の後継者争いは、彼らの思惑どおりには進まなかった。




