【04】無能な隣人こそ望ましい
アレクシス大公が亡くなってから十二日目。
その報は、サイサリス公国に届いた。
オリバー大公は、四人の重臣を招集した。
ダレル・バルガス団長は三十五歳。
サイサリス公国の傭兵団を率いている。
キール・ナバーロ将軍は四十五歳。
軍務に加え、幼いビアトリクスの養育も任されている。
マーカス・ヘイロス将軍は三十三歳。
サイサリス公国の建国戦で功績を立てた武将である。
アーロン・サンタナ将軍は四十一歳。
オリバー大公より三歳年下の旧友だった。
オリバー大公が部屋に入ると、四人が立ち上がって出迎えた。
大公は上座に腰を下ろし、届けられた書状を机に置く。
四人も席についた。
「十二日前、アレクシス大公が亡くなった。
アーロン、私の名代として、国葬に参列する準備をしておいてくれ」
「はっ、承りました。
しかし、私でよろしいのでしょうか」
オリバー大公は、アーロン将軍へ目を向け、口元を緩めた。
「ああ、おぬしなら安心して任せられる。
キールも考えたが、その間、ビアトリクスをおぬしに預けるのは、少々不安でな。
それに、ダレルにもマーカスにも任せたい仕事がある。
こういうとき、名代を任せられる文官がおらぬのは痛いな」
アーロン将軍も、わずかに笑みを浮かべた。
「では、ビアトリクス様のお世話はキール将軍にお任せして、私がアンドラ公国へ向かいましょう。
オリバー大公は、参列なさらないのでしょうか」
「ああ、私自身が参列するかは、まだ決めておらぬ。
すでにおぬしたちも、アンドラ公国の状況は聞いているだろう。
アレクシス大公は、シュール公子とユーリ公子のどちらを後継者とするか、定めぬまま亡くなった」
ダレル団長が身を乗り出すと、オリバー大公はそちらへ目を向けた。
「どうした、ダレル。
何か言いたそうだな」
「オリバー大公は、ご自身のことをお忘れではありませんか。
アデイラ公妃を妻に迎えられた以上、アレクシス大公は義父に当たります。
お二人の公子に加え、大公ご自身も後継者として名乗りを上げられるのではありませんか。
自ら軍勢を率い、アンドラ公都へ入城することも、検討なさってはいかがでしょうか」
オリバー大公は顎髭をなでた。
「ふむ、キール将軍はどのように考える」
「アレクシス大公は、サイサリス公国の建国にお力添えくださった方です。
その方の国葬に参列するために軍勢を率いるとなれば、穏やかではありませんな。
まずは、今後の成り行きを見極める必要があるかと存じます。
オリバー大公、シュール公子とユーリ公子の間で、折り合いはつくのでしょうか」
「それは、何とも言えんな。
長男ということであれば、シュール公子だ。
しかし、軍事にも政務にも優れているのは、弟のユーリ公子だ。
婚姻の折に二人と会ったが、シュール公子は、父が決めた婚姻だから自分から申し上げることはないと言っておった。
ユーリ公子は、妹や父を気遣い、今後の両国の関係についても協力を申し出た。
シュール公子が女にだらしなく、軍事にも政務にも関心を示さぬという噂は、以前から聞いておった。
アレクシス大公も、その点を案じておられた。
私には、他人の働きや気遣いを、どこまでありがたく思う男なのか、疑わしく感じられた」
「家臣たちは、どちらの公子を支持しているのでしょうか。
シュール公子が政務にも軍務にも関心を示さぬのであれば、それを補う者が必要でしょう」
「シュール公子にはレギレウス将軍がついておる。
妻の父であり、政務にも軍務にも通じた男だ。
シュール公子が大公となれば、その傍らで公国を取り仕切るだろう。
一方、ユーリ公子を支えているのは、レオネル将軍だ。
レギレウス将軍と双璧と称され、将兵からの信頼も厚い。
どちらも、有力な将軍の後ろ盾を得ておる」
マーカス将軍は、二人の話を聞いた後、机上の書状を手に取った。
「であれば、我が国としては、まずオリバー大公ご自身が大公位を求めることを考えるべきでしょう。
それが認められぬ場合は、シュール公子が継ぐ方が望ましいかと存じます。
優秀なユーリ公子が大公となれば、我が国の意向を受け入れるとは限りません。
シュール公子の即位を後押しすれば、こちらに恩を感じるでしょう。
今後、アンドラ公国との交渉を進めるうえでも、有利になるのではありませんか」
マーカス将軍の言葉を聞き、キール将軍が首をかしげた。
「シュール公子が、本当に恩を感じるだろうか。
その人柄を聞く限りでは、他人の恩義を重んじる方とは思えぬ」
「では、キール将軍は、ユーリ公子を支持すべきだとお考えでしょうか」
「いいや。
シュール公子が継ぐ方が、我が国には都合がよいだろう」
マーカス将軍は、手にしていた書状を机へ戻し、キール将軍へ問いかけた。
「恩義を期待できぬ相手でも、後押しすべきだとお考えですか」
「恩義だけを当てにして、後押しする相手を選ぶべきではない。
ユーリ公子も、即位するためには我々の力を借りるかもしれん。
しかし、大公となって国内をまとめれば、その後は自身の判断で動くだろう。
軍事にも政務にも優れた者が隣国を治めることは、我が国にとって好ましいとは限らぬ」
マーカス将軍は、キール将軍の説明に疑問を挟んだ。
「しかし、シュール公子のもとには、レギレウス将軍がおります。
公子が政務に関心を持たぬのであれば、将軍が取り仕切るでしょう。
それでも、アンドラ公国は組しやすい相手になるとお考えですか」
「レギレウス将軍を軽んじるつもりはない。
しかし、大公自身に判断する力がある国と、将軍一人を頼りにする国では、違いがあるだろう。
将軍が不在のとき、誰が決める。
将軍の判断が誤っていたとき、誰がそれを改めるのだ」
「キール将軍は、我が国が恩を売ることよりも、アンドラ公国が強くなりすぎぬことを考えるべきだとお考えなのですね」
「そうだ。
シュール公子が恩を感じても、我が国に従うとは限らぬ。
ならば、こちらの意向を受け入れてくれると期待するより、我が国に逆らっても脅威にならぬ相手が継ぐ方がよい。
我が国にとっては、無能な隣人こそ望ましいということだ」




