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【03】アレクシス・アンドラ大公の懸念

アデイラがサイサリス公国へ嫁いでから、数か月後。


レギレウス将軍はアレクシス大公の執務室に入った。

アレクシス大公に促されて、長椅子に座った。


「アレクシス大公、お加減はよろしいのですか」


「ああ、思ったほど悪くはない。

それで、今日はどうした。

跡継ぎの話か?」


「お加減がよいと伺い、安心いたしました。

大公も、おわかりになっているはずです。

このまま後継者を決めなければ、内乱が起きます」


「言いにくいことをはっきり言う。

ありがたいことだが、いつでも私がそれを喜ぶと思っているのか」


レギレウス将軍は長椅子から立ち上がり、頭を下げた。


「申し訳ございません。

出過ぎたことを申しました」


「まあ、よい。

いずれ、はっきりさせなければならない問題だ。

それは、私も重々承知している」


アレクシス大公はレギレウス将軍に座るよう促した。

将軍が長椅子へ座り直すと、大公は言葉を続けた。


「お前とは、長い付き合いになったな。

それに、お前の娘をシュールに貰った。

ありがたいことだ。


お前が、シュールを後継者に定めるよう求める理由はわかっておる。


内政については、シュールに任せ、諸外国との外交は、ユーリに任せている。

軍事については、二人に任せている。

この状況が望ましくないのだろう。


昨日、レオネルも私を訪ねてきた。

おぬしと同じように、後継者を定めるよう求めていたよ。


私の本音は、一つだ。

シュールに任せたい。

これはずっと願っていたことだ。


しかし、今のシュールを見たか。

あの体つきで戦場に出られると思うか。

それに、シュールに任せている仕事は、すべてお前がやっているのだろう」


「いえ、そのようなことは」


アレクシス大公は、レギレウス将軍の言葉をさえぎった。


「よいのだ、レギレウス。

お主がやっていることは、間違いではない。

それに、公子がすべての仕事を自ら行う必要もない。


だが、シュールに後を任せるには、不安が残る。


シュールに大公の座を譲った場合、ユーリはどうなる。

シュールにユーリを使いこなす能力はあるのか。


家臣たちは、シュールについていくだろうか。

いっそのこと、ユーリを大公にという声はあがらないだろうか。

お前はどう感じているのだ」


レギレウス将軍は、すぐには答えられなかった。


「答えられないだろう。

シュールの性格は、私もよく知っているつもりだ。


自分を中心に物事を考え、他人を思いやる気持ちに欠ける。

昔は、そうではなかった。

いつからか、そうなってしまったのだ。

私が、シュールを後継者として認めなかったからなのか。

私は二人の公子を平等に扱ったつもりであった。

それがいけなかったのだろうか。

今となってはわからぬ。


私が亡くなった後、シュールはユーリを疎ましく思うだろう。


国内の治安を守るという名目で、ユーリをオールセン城へ追いやるかもしれん。

それで済めばよいが、幽閉し、最悪の場合は処刑する恐れもある。


そこまで案じている私に、シュールを選べとお主は言うのか、レギレウス」


「確かに、そのような一面はございます。

しかし、それがシュール公子のすべてではございますまい。

アンドラ公国を思う気持ちに、偽りはないと存じます」


「そうだな。

シュールは、お主にとっても息子なのだな。

お前がそうやってシュールをかばってくれるのは、うれしい。


私は、お前に甘えていたのかもしれないな」


二週間後。

アレクシス大公は、後継者を定めぬまま亡くなった。


レギレウス将軍は、公城にあるシュール公子の執務室へ急いでいた。

ユーリ公子が大公になれば、自分は政務や軍務の中心から遠ざけられるだろう。

娘と孫も、公国内での立場が弱くなる。


ユーリ公子を補佐するのは、レオネル将軍に違いない。

今さら、その下で働く気はなかった。

シュール公子を大公に据え、自らの手でアンドラ公国を動かす。

思い描いてきたのは、そのような未来だった。


執務室に入ると、シュール公子のそばにいた女性が立ち上がり、部屋を出ていった。

公子が衣服を整える姿に、レギレウス将軍は眉をひそめた。


「あなたは何をしておられるのだ」


「どうしたのだ、レギレウス将軍。

何か急なことでもあったのか」


レギレウス将軍は、言葉を絞り出した。


「あなたは、このようなときに何をしておられるのですか。

アレクシス大公はさきほど亡くなりました」


シュール公子は、父の最期を尋ねようとはしなかった。


「そうか。

アレクシス大公は、体調が悪かったからな。

遅かれ早かれ、そうなっていただろう。

では、私が次の大公だな」


「あなたは何をおっしゃっているのですか。

ユーリ公子が大公になるかもしれません。

そのことをあなたが知らないはずはないではないですか」


「私は長男だ。

私を差し置いて、ユーリが大公になるはずがない」


「その話し合いが今から始まるのです。

アレクシス大公は、後継者を定めぬまま亡くなりました。


長男であるあなたは、最も有力な候補です。

しかし、ユーリ公子を支持する家臣もおります。

さらに、アデイラ公妃を迎えたオリバー大公の存在も忘れてはなりません。


この意味がおわかりですか。


あなたとユーリ公子が争えば、オリバー大公に介入の口実を与えます。

どちらか一方に兵を貸したとしても、何の見返りも求めないとは限りません。

大公位を得るために、サイサリス公国へ譲歩することになりかねないのです」


「なるほど、そうなるな」


「シュール公子、何をのんきなことを言っておられるのですか」


「そういきり立つな。

私にも、いろいろ言いたいことはある。

その前に、アレクシス大公の葬儀の予定はどうなっている」


「まず、六日後に国内の者たちで葬儀を行います。

関係各国にも知らせ、大公が亡くなってから約一か月後に、国葬を執り行う予定です」


「そうだな。

それは、私も知っている。

当然、おぬしも知っているだろう。


では、アンドラ公国の大公は、誰によって、どのように任命されるのだ」


「ティモール王朝から任命書を受け、大公位に就きます」


「その通りだ。

その任命書に私の名前が書かれていればよいのだろう。


レギレウス将軍、お主はなぜ心配しているのだ。

ティモール王朝が私の名前を書かない理由はなんだ。


今すぐ、ティモール王朝に私の任命を求めればよい。

ユーリや家臣たちと協議する必要はなかろう。


王都サボーナまでは三百キロだ。

急使を出せば、八日足らずで返書が届くだろう。

後継者が定まっていない今、父上の葬儀は長男の私が取り仕切るしかない。


六日後に葬儀を行い、遅くともその二日後には任命書を受け取る。

そうすれば、ユーリもオリバー大公も口を挟めぬ。


お主は、まだ起きてもいないことを気にしすぎだ」


「問題が起きてからでは遅すぎるのです。

起こり得る事態を考え、備えておかなければなりません。


使者を急がせることはできます。

しかし、ティモール王朝が、求めた通りに任命書を出すとは限りません。

これまで諸外国との交渉では、ユーリ公子が窓口を務めておられました。

その点は、お考えになっているのですか。


それに、そのような強引なやり方で大公位に就いて、ユーリ公子や、その支持者たちが従うとお思いですか」


「レギレウス将軍、それは私の考えることなのか。

私を大公にしたいのは、お主ではないか。

これまでそうしてきたように、今回もお主が取り計らえばよいではないか。


私が大公になれば、万事うまくいく。

ユーリも、レオネル将軍も、私に従えばよい。

従わなければ、処刑すればよい。

国内が揉めれば、オリバー大公の好きなようにされるだろう。


アンドラ公国を守るためだ。

そのためなら、私は何でもする」


レギレウス将軍は、すぐには答えられなかった。

アレクシス大公の言葉がよみがえる。


シュールに大公の座を譲った場合、ユーリはどうなる。

最悪の場合は、処刑する恐れもある。


わずか二週間前、その懸念を聞きながら、シュール公子をかばった。

しかし、公子は今、従わぬ弟を処刑することも、ためらいなく口にしている。


やはり、アレクシス大公は息子をよく見ていたのだ。


「どうした、レギレウス将軍。

私の言っていることは間違っているか」


レギレウス将軍は、目の前の公子を見た。

ここでシュール公子を退ければ、ユーリ公子が大公になる。

その傍らに立つのは、レオネル将軍だろう。

自分が長く担ってきた政務も軍務も、その手へ移るかもしれない。


それを受け入れるつもりはなかった。


シュール公子は、自分に任せると言っている。

ならば、大公位に就けた後も、政務と軍務を取り仕切ればよい。

ユーリ公子への処置も、自分が抑えれば済む。

今は、シュール公子の大公位を確かなものにすることが先だった。


「従わぬ者を処分するにしても、時機と方法を誤れば、かえって反乱を招きます。

まずは、ティモール王朝から任命書を得ることに力を尽くしましょう」


「だから、そう言っておる。

お主に任せる」


レギレウス将軍は頭を下げた。


「承知いたしました」


ユーリ公子を処刑してはならない。

その一言を、口にすることはなかった。

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