【02】アデイラ・アンドラ公女
アデイラ公女は父に促され、卓を挟んでオリバー大公と向き合う長椅子に腰を下ろした。
「アデイラ。
オリバー大公には、建国の頃から我が国が力を貸してきた。
これからも両国が手を取り合うため、そなたにはサイサリス公国へ嫁いでもらいたい」
「お話は先日から伺っております。
私は、この婚姻に反対を申し上げる立場にはございません」
アデイラ公女は、父からオリバー大公へ視線を移した。
目が合っても、その顔に愛想のよい微笑みは浮かばなかった。
「オリバー大公、お嬢様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「ビアトリクスです」
「私を公妃として迎えることに、異論を唱える方はいらっしゃいませんか」
オリバー大公は、顎をなでた。
娘について尋ねたかと思えば、次には家臣たちの意向を確かめてくる。
若い公女だが、自らの立場を考えているようだった。
「私が迎えると決めた婚姻です。
我が国で、その決定に異を唱える家臣はおりません。
また、ビアトリクスの母となることを、無理に求めるつもりもありません。
ただ、嫁がれた後は、アンドラ大公家の出身として、またサイサリス公国の公妃として、ふさわしく振る舞っていただきたい」
「かしこまりました。
私も、アンドラ大公家の名を損なう振る舞いをするつもりはございません」
アデイラ公女は、部屋の奥に座っているアレクシス大公へ顔を向けた。
オリバー大公の耳には、この婚姻に反対を申し上げる立場にはないという、先ほどの言葉が残っていた。
「父上。
この婚姻をお受けいたします」
アレクシス大公は、娘の返答を聞いて顔をほころばせた。
「おお、そうか。
オリバー大公は、お前も知っての通り、勇猛な男だ。
お前のことも、大切に守ってくれるだろう。
これで、アンドラ公国も安泰だ」
アレクシス大公は、オリバー大公へ顔を向けた。
「オリバー、私の娘をよろしく頼む」
「承知いたしました。
公女をお迎えするからには、大切にいたします。
アレクシス大公からいただいたご恩にも、報いることができるよう努めます。
今後とも、私ともどもサイサリス公国をよろしくお願いいたします」
アレクシス大公は笑った。
その笑いが咳に変わると、アデイラ公女は長椅子から立ち上がり、奥の机へ歩み寄った。
水差しから杯へ水を注ぎ、差し出す。
アレクシス大公は、それを片手で受け取った。
オリバー大公も腰を浮かせたが、アレクシス大公は杯を持たぬ方の手で制した。
水を飲み、傍らに立つ娘へ顔を上げる。
「心配するな。
そなたの子の顔を見るまでは、生きておる」
アデイラ公女は、その言葉にうなずいた。
オリバー大公は部屋を後にし、兵士の案内で、公子たちが待つ部屋へ向かった。
案内の兵士が扉の前で足を止め、オリバー大公へ声をかけた。
「どうぞ、お入りください」
部屋に入ると、二人の公子が待っていた。
シュール公子とユーリ公子であった。
一人は、頬に肉が付き、腹も衣服の上からわかるほど張り出していた。
もう一人は、精悍な顔つきで、細身の身体は引き締まっていた。
オリバー大公は、先ほどアレクシス大公から聞いた、二人の公子の話を思い返した。
「初めまして。
サイサリス公国のオリバー・サイサリスです。
このたび、アデイラ公女と婚姻することになりました。
サイサリス公国ともども、よろしくお願いいたします」
オリバー大公は手を差し出した。
シュール公子は、その手を握り返した。
「シュール・アンドラです。
よろしくお願いいたします」
続いて差し出した手を、ユーリ公子も握り返した。
「ユーリ・アンドラです。
よろしくお願いいたします。
まずはおかけください」
オリバー大公が勧められた席に腰を下ろすと、二人の公子も席に着いた。
「シュール公子には、二人のご子息がおられると伺っております。
おいくつになられますか」
「長男のブレントは十歳、次男のザルファは八歳になります。
妻はレギレウス将軍の娘ですので、将軍も二人をかわいがっております」
アレクシス大公が話していた二人の男子である。
シュール公子が大公位を継げば、その後はレギレウス将軍の孫が跡を継ぐことになる。
シュール公子を支える理由は、家臣としての忠義だけではないだろう。
シュール公子が、オリバー大公へ頭を下げた。
「妹をよろしくお願いいたします。
父が決めた婚姻ですので、私から申し上げることはございません」
続いて、ユーリ公子も頭を下げた。
「父も、妹を手放すのは寂しいでしょう。
時折は帰していただければ、喜ぶと思います。
両国の間で相談が必要になった折には、私どももお力になりたいと考えております」
オリバー大公は、二人の公子を見渡した。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。
アレクシス大公には、建国の折からお力添えをいただいてきました。
この婚姻を機に、お二人と末永く力を合わせていければと思っております」
二人はそろって頭を下げた。




