【01】十七年前の婚姻
大陸統一歴三百年。
サイサリス公国のオリバー大公は、アンドラ公国の公城を訪れていた。
アレクシス・アンドラ大公の娘、アデイラ・アンドラ公女との婚姻の話をまとめるためであった。
今さら、新たに妻を迎えるつもりはなかった。
しかし、サイサリス公国の建国に力を貸してくれたアレクシス大公の頼みとあれば、無下にするわけにはいかなかった。
案内の兵士が扉を開けた。
「どうぞ、お入りください」
オリバー大公は部屋へ入った。
大公の執務室にしては質素で、中央の卓を挟んで二脚の長椅子が向き合っている。
奥の執務机のそばでは、五十八歳のアレクシス大公が立って出迎えた。
「オリバー大公、よく来てくれた。
待っておったぞ。
道中、変わりはなかったか」
「はい。
おかげさまで、滞りなく参りました。
アレクシス大公も、お変わりありませんか」
「見ての通りだ。
そなたと話すくらいの元気はある。
まずは座ってくれ」
オリバー大公は来客用の長椅子に腰を下ろした。
百八十センチを超える背丈と、厚い胸板。
豊かな顎髭を蓄えた大公の身体が、長椅子の一角を占めている。
アレクシス大公も、執務用の机について腰を下ろした。
「さて、今回の婚姻の件だ。
そなたが乗り気でないことは承知している。
しかし、今後の両国の関係を考えれば、この婚姻が必要なことはわかってもらえるな」
「もちろん、理解しております。
しかし、私は四十四歳です。
アデイラ公女は二十一歳と伺っております。
それに、私には一歳の娘もおります。
このような境遇へお迎えすることが、公女にとってよいことなのか、案じております」
「オリバーよ、娘のことを案じてくれるのはありがたい。
年の差も、幼い娘がいることも、アデイラには話してある。
そのうえで、そなたと会うよう伝えたのだ。
あの子の考えも、直接聞いてやってくれ」
「承知いたしました。
アデイラ公女のお考えも、直接伺いたいと存じます」
「そうしてくれ。
そなたがあの子の考えを聞いてくれるなら、私も安心だ。
私には、二人の公子がいる。
兄はシュール、弟はユーリだ。
そこに、お前も是非加わって欲しいと考えているのだ。
お前の実力は、私が一番知っているつもりだ。
今や、その名を知らぬ者は、大陸でも少なかろう。
そのお前にアンドラ公国の後見を任せることができれば、これほどうれしいことはない」
「アレクシス大公には、二人の優秀な公子がおられます。
私を頼らずとも、今後のアンドラ公国は安泰でありましょう」
「お主は、本気で言っているのか。
私が、シュールとユーリのどちらも跡継ぎに定めていないことを知らないのか。
長男ということであれば、シュールだ。
しかし、シュールの行状を知らないお前ではないだろう」
「噂話で聞いたことがあります」
「オリバー、言いにくいことだろう。
よい、私が言おう。
レギレウス将軍の娘を妻に迎え、二人の男子をもうけたことは周知のことだ。
しかし、その後も女にだらしなく、軍事にも政務にも関心を示さぬ。
私の育て方が間違っていたのかもしれん」
「アレクシス大公お一人の責任ではございますまい。
公子も、すでにご自身で判断なさる年齢です。
それに、弟のユーリ公子がおられるではありませんか。
レギレウス将軍と双璧と称されるレオネル将軍も、公子に厚い信頼を寄せていると伺っております。
ユーリ公子ご自身も勇猛で、政務にも明るいと聞いております」
「だから、ユーリを大公に選べというのか。
確かに、レオネル将軍はユーリを高く買っておる。
私も長く頼りにしてきた、得難い将軍だ。
だが、ユーリを選べば、シュールはどうなる。
弟に大公位を譲らせ、隠居させることになる。
私としては、シュールにそのような扱いをするのは不憫だ。
私は、シュールもユーリも分け隔てなく育てたつもりだ。
それが、今になってこのようなことになるとはな」
「ご心中はお察しいたします。
しかし、シュール公子は三十三歳、ユーリ公子は三十一歳。
これ以上決定を引き延ばしても、お二人のためにはならないでしょう」
「わかっておる。
だから、こうして悩んでいるのだ。
そのように言ってくれるな」
「かしこまりました。
私の言い方に失礼があったようです。
お詫びいたします」
そのとき、扉を叩く音が聞こえた。
アレクシス大公が扉へ顔を向ける。
「入れ」
扉が開き、アデイラ・アンドラ公女が入ってきた。
アレクシス大公は座ったまま、オリバー大公を娘に紹介した。
「アデイラ、待っていた。
こちらが、サイサリス公国のオリバー大公だ」
オリバー大公は、アデイラ公女へ頭を下げた。
「初めまして。
サイサリス公国のオリバー・サイサリスです。
本日は、よろしくお願いいたします」
彼女は、礼を失わぬよう、わずかに頭を下げた。
「アデイラ・アンドラです。
こちらこそ、よろしくお願いいたします」




