第三十一話 恐るべき計画の闇
瞬間出力時計、私はそれを手に取ってしまったのです。
銀色の時計はしっかりと重みがあり、ずしっと手のひらに乗りました。
「ふふふ、わしの思った通りだ。おまえは大人しそうな顔をして、欲望に忠実だ!」
ヒガラに言われて、私はぎくっとしました。
そうです。私は推し活はとことんやりたい方です。たとえ怪しい魔術師の道具であっても、手が伸びてしまうのです。
「…………受け取ったからには、ミーナ、覚悟を決めますよ。私の直感がこう言うのです。この時計は必ず役に立つと。それを裏切りませんよね?」
「当たり前だ。説明するより見てもらうのが早い。その時計はこの城で起きた出来事を記録している。私は城中に記録装置を設置しているのだが、その時計は決定的瞬間、つまり重要な場面を再現できるのだ」
ヒガラが誇らしげに言いました。
つまり監視カメラのデータが入っていて、それを再生することができるってことですよね。
「記録装置の形状と仕掛けている場所は教えられんぞ。とにかく、その時計の文字盤に指を置いて『ハーゲンとユーグリットの密談』と言ってみろ」
まさか、アイラ女王とライモ様の寝室になぞ記録装置を仕掛けてませんよね? と心配になりつつ……知りたい気持ちが抑えきれず、ヒガラの言う通りにしました。
目の前が白煙に覆われ、クラクラと目眩がして目を閉じました。
次に目を開くと、そこはユーグリット王子の客室でした。豪華な設えの青いビロードの絨毯、カーテンは閉められ、金の燭台で燃える炎がユーグリット王子の整った顔を照らしています。
いつものニコニコ笑顔ではなく、真剣な眼差しでハーゲンを見ています。
ハーゲンは鳶色の髪と髭の中年男で、背が低く、さらに猫背なので、長身のユーグリット王子の前ではなんとも矮小な存在に思えますが、権威もお金もある貴族議員です。
「…………約束が違います。そして、正気ですか? あなたにとってライモは敵であるべきだ。それを惚れてしまったとは何事です」
ハーゲンが不機嫌な声で言いました。
「つまり、私は最初っから女王の心を射止める気など、さらさらありません。私は純粋にこの国で学びたいから来たのです」
堂々とユーグリット王子が答えます。
「なんですと! あ、あなたは私と取引したはずですよ! 留学したければ、女王の心を射止めてくださいと。ライモなぞ道化師ではなく、あなたのような立派な王子こそ女王にふさわしい。私はあなたこそを見初めたのですぞ!」
ハーゲンはプンスカ怒り始めました。
「ああ、そうですね。見初める、という言葉も正しい。白薔薇のライモ君は、私の知らない世界を知っているお方です。恋とは私にとって、未知なる世界を知ること。ならばこの恋はとても素晴らしい…………もちろん、成就など期待しておりません。これは永久の片思い…………」
ユーグリット王子が悲しげに目を伏せます。
「ハーゲン殿、あなたは恋を知らない。だから留学を条件に女王の心を射止めるなどと、言えたのです。そんな取引は成立しません。なぜなら恋心は操作できません。女王が私に恋をすることはないでしょう。私も女王と恋に落ちることはできません」
はぁ、とユーグリット王子はため息をつきます。
「…………白薔薇のライモ君。私は彼に心を射止められたから」
悩ましげに額に手を当てるユーグリット王子。
ハーゲンはわなわな震えて、
「なんということだ!」
と怒鳴りました。
「あなたは約束を反故にした!」
「はい、そうですか。では、このことを女王に話してもいいのですよ? あなた方の穢らわしい計画を私は知っている。いつでも自白する気でいます」
堂々と答えたユーグリット王子に、ハーゲンは何も言い返せず、体を震わせて部屋から出ていきました。
「…………リンダース、そこにいるね」
部屋が静かになると、ユーグリット王子が小さな声で言いました。バルコニーの扉が開いて、黒いローブを着た細い影が部屋に入ってきました。
「ずっといたよ。惚れっぽい王子さん。やれやれ、聞いていて哀れだった。女王の新しい夫に仕立て上げようとしたやつが、女王の夫に惚れてしまうとは」
影は少年の声で、軽口を叩きました。
「だって仕方ないじゃないか。本当に彼は美しい……リンダース、今の話の証人になってもらうよ」
「わかったよ、仕方ないね」
「…………私は、ライモ君の命を陰ながらお守りする。リンダース、君も手伝ってほしい」
ユーグリット王子の声が遠ざかっていきます。再び白煙で視界が覆われ、瞬きをすると、ヒガラの地下室に戻っていました。
「見えただろう? よくできているだろう」
ヒガラが胸を張って言います。
見えた、なんてものじゃありません。まるでその場に居合わせたかのようです。
「ヒガラさん…………これは、すごい。っていうか、ユーグリット王子にそんな秘密があったなんて! そ、それにリンダースって人は何者なのかしら」
「リンダースはユーグリットが連れてきた魔術師だ」
「俺のこと、呼んだ?」
地下室の奥から、黒いローブの人物が現れました。
細身の少年は銀髪で紫色の瞳、長い髪を三つ編みにして片方に垂らしています。
「ユーグリットの奇行を見ていると疲れるから、ここに居候しているんだ。やはり土の魔術師は土の中が快適だ」
ひょうひょうとリンダースさんは言います。
「それにしても、その時計いいなぁ。ヒガラ、俺に作り方を教えてよ」
「魔術研究家なら、自分で作れ」
ヒガラさんがにべなく答えます。
「敵は小物貴族ばかり、取るに足りぬ。とにかく、まぁその時計を使って記録をしろ」
「わかりました。ヒガラさん。お願いしますよ、ライモ様を助けてくださいね」
私はそう言って、地上へと戻る階段を登りました。




