第三十話 恋と策略の坩堝!
きらきら太陽と囀る小鳥たち、世界樹の葉はすこやかな風に吹かれて。
「あぁ~~なんて素晴らしき、朝~~心躍る、白薔薇の君よ~~~」
ユーグリット王子が白いエプロン姿で、大階段をほうきで掃いています。
「なんと麗しい、恋の気配~~~」
バリトンボイスで歌いながら、階段をゆっくり降りてくるオー様。
「うむ! ユーグリット、君の掃除はとても丁寧だ。合格だ!」
オー様がユーグリット王子とがっしり握手をして、笑い合いました。
「ありがとうございます! 次は便器をピカピカに磨きましょう!」
ユーグリット王子がエプロンの端をつまみ、膝を折ってお辞儀をします。
「…………悪夢だ。俺はまだ夢の中にいるんだ。なぁ、そうだな、ミーナ…………」
目の下にクマのあるダニエルさんが、疲れきった声で言います。
残念ながら現実です。
ユーグリット王子が留学に来られてから一週間、王子の行動は読めず、メイドたちを混乱させています。
図書館に籠もってお勉強していらっしゃったかと思いきや、いきなりオー様の下でメイドとして働き始めました。
道化師の英雄ライモ様を「白薔薇の君」と恋い慕うことは、城から城下町へ、そして国中に広まり、やがてユーグリット王子の祖国からは「息子は大丈夫か」と手紙が届くほどです。
「おはようございます! みなさんにお世話ばかりかけておりますゆえ、オー様からメイドの極意を教えていただいております」
ユーグリット王子が明るい笑顔で言います。
「そうさ、俺たちの筋肉があれば~」
オー様がユーグリット王子の肩に手をかけ、歌います。
「二人は最強のメイド~」
「二人は最強のメイド~」
オー様とユーグリット王子がともに歌い、ニカッと白い歯を見せました。
「ダメに決まってるだろう!!!
周りの者が萎縮する。王子は王子らしく振る舞ってくれ、頼むから!!!」
ダニエル様が怒鳴ると、オー様もユーグリット王子もしゅんとした顔になりました。
「まったく、朝から騒がしいね。ユーグリット、お掃除の時間は終わりだよ。昨日書けって言ったレポートは?」
ライモ様が階段から降りてきて、顎をつんと上げてユーグリット王子に言いました。
「白薔薇の君! おはよう。今日もとても美しい…………ああ、もちろん、レポートは書いたさ。『科学的魔術による浄水装置の発明について』、あとそれから『民主主義組織の歴史』」
ユーグリット王子がエプロンの大きなポケットから紙の束を出して、ライモ様に差し出しました。受け取ったライモ様はさっと目を通して、突き返します。
「浄水装置の方程式が間違っている。これでは作れるろ過水が今のままだ。衛生のため、ろ過水は今より一度に多く作れる装置を作らないといけない。それから、この民主主義組織に女性の活動家の名前が少ない。やり直しです」
ライモ様の鬼教師ムーブ。どことなく話し方がジーモン様です。ライモ様は従順なユーグリットという生徒を、なかなか気に入っているようです。
あんなに「新婚生活に水を差しに来た」と敵視していたのに。
「オー、あんた何やってんのよ。王子に掃除なんかさせたら、またオルドリン国から文句の手紙が来るでしょう」
アイラ女王がライモ様とユーグリット王子の間に立ち、オー様を叱りました。
ダニエルさんと同じく、疲れた顔をしています。
「いやぁ、ユーグリット王子とは筋肉で語り合える相手でな。メイドの仕事をやりたいと言ったので、つい」
オー様は肩をすくめますが、特に悪いと思っていないようです。
「僕とオーは相棒なのに……僕には筋肉がないから、オーと筋肉で語り合えないんだ……」
ライモ様が悲しそうに言い、オー様はハッとした顔になり、青ざめました。
「おまえが唯一の相棒だ! 筋肉で語り合えなくても、俺にとってライモは特別な存在だ」
オー様がとりなしますが、ライモ様はつんとした顔で背を向けて歩き出します。
今日はライモ様当番の私は、ダニエル様とともにライモ様のあとを追いました。
「おい、調子に乗ってるだろう」
ダニエル様が低い声で言うと、ライモ様は振り返り、微笑みました。
「なんのことかなー?」
「おまえは承認欲求が高まりすぎると、調子に乗る。ユーグリット王子がおまえの何もかもを肯定するからって、浮かれてるな。それがダメだ。あの王子の害の一つだ!」
「そ、そんなこと」
ライモ様はダニエルさんの言ったことを一度否定しましたが、目を伏せて考える顔になると、当惑でまつ毛を震わせました。
「そうかもしれない…………末恐ろしい。あのキラキラした瞳で見られると、なんだか調子が」
ライモ様が目を閉じて、足元がふらつきました。ガシッとダニエル様が肩を抱いて支えます。
「よし、今日は休ませるぞ。ミーナ、伝達室へ知らせてくれ」
そう言うダニエル様も、休んだ方が良さそうです。
「は、はい!」
私は伝達室へ駆け込み、ライモ様の急病を伝えました。伝達チームは動揺せず、各自知らせに走りました。
「あの王子のせいだろう」
走っていく前に、勘のいいアレサが言ったので、私は頷きました。
はぁ、まさかユーグリット王子が来てから、こんなことになるとは。
国際的な心配と嫉妬でアイラ女王はイライラして、ライモ様はユーグリット王子に教える喜びと、全肯定の甘い蜜に溺れ、オー様までまるで親友のように王子を扱う始末。
あの爽やかで無邪気なユーグリット王子、これは天然なのか、はたまた策略なのか。うーん、と悩みながら歩いていると、
「お困りのようだな。そんな時は天才魔術師ヒガラ様にお任せだ!」
と声がしたかと思うと、私は廊下の絨毯から飛び出てきた手につかまり、地下へと吸い込まれました。
落ちた先は、地中。
したたか打ったお尻をさすりながら立ち上がると、ろうそくの炎に照らされた宮廷魔術師のヒガラが、にんまり笑っています。
「おまえに、いいものをやろう。金はいらん。使えるかどうか、実験をしてくれ。観察と記録が好きなおまえに適任だ」
「な、なんですか? どういうことですか?」
「この瞬間出力時計を使えば、おまえが知りたいと思う人物の、決定的瞬間を見ることができる……たとえば、ユーグリット王子とハーゲンの密談とか」
ヒガラが差し出してきたのは、銀盤に細い鎖のついた時計でした。
密談の瞬間?
私は息を飲みました。
見たいに決まってる!




