第二十九話 王子様からのお土産
謁見室にたくさんの木箱が運ばれました。ユーグリット王子からのお土産です。
「中央大陸のアステールには、多くの素晴らしいものがあります。私の出身国はとても及ばず、さして珍しいものもありませんが、厳選して持ってまいりました。まずはこちら、ブラックペッパーです」
ユーグリット王子が箱を開けると、くんくんとオー様が鼻を鳴らしました。ブラックペッパーは粒が大きく、しょっぱくて香ばしい匂いがします。
「うむ! これは良いブラックペッパーだ!」
オー様がガシッ! とユーグリット王子と握手をしました。
「ブラックペッパーは確かに珍しくはないが、産地によってその風味は変わる。このブラックペッパーは一粒だけで、味の決め手となるだろう!」
「そうおっしゃっていただけて、光栄です」
「ぶえっっぐっしょん!!」
広間に響く大きなくしゃみをしたのは、アイラ女王です。
「ちょ、早くその箱閉めて。鼻がムズムズして……ぶえッッッぐしょん!!」
ライモ様がアイラ女王にハンカチを差し出しました。
「これは失礼!」
ユーグリット王子が慌てて箱を閉めます。
「次は絹です。これは一流の職人が織りました。私は西岸の国で育ちまして、この青い絹のような海を見て育ったのです。ぜひドレスに仕立ててください」
「まぁ、素敵な色ね」
アイラ女王が絹に手を伸ばしました。光の加減で、深い青にも、緑がかった青にも見えます。私も少し触らせてもらうと、指にさらりとした感触が心地よく、思わずため息がこぼれました。
「この国の女性に、ぜひ着ていただきたいと思いまして」
ユーグリット王子は胸に手を当て、誠実そうに頭を下げます。
「ありがとう。仕立てが楽しみね」
アイラ女王はそう言って、鼻をすすりました。
「次は、カカオです!」
箱が開いた瞬間、甘くてほろ苦い香りが広がりました。
「おお……なんと、これは!」
オー様が目を輝かせます。
「これは純度の高いココアだ! 絶品のチョコレートが作れるぞ! ココアを嗅ぐだけで、人は幸福になれる」
オー様はうっとりとした顔で言いました。
次に運び込まれたのは、瓶に入った深紅の液体でした。
「こちらは我が国のワインです。特別な夜会用に寝かせたものを」
「わぁ……」
ライモ様が一歩前に出ます。
「色が綺麗だね。宝石みたい」
その一言で、ユーグリット王子の顔がぱっと輝きました。
「そうでしょう! 白薔薇の――」
「それはもういいから」
即座にアイラ女王が遮ります。
「……ライモ」
ダニエル様が低い声で呼びました。
「なに?」
「距離が近い」
「え、普通じゃない?」
ユーグリット王子とワイン瓶を挟んで向き合っているライモ様は、確かに少し近すぎるように見えました。本人に自覚はなさそうですが。
オー様がくん、と鼻を鳴らします。
「このワイン、毒はないな。発酵が美しい。……だが」
「だが?」
私は思わず聞き返しました。
「ユーグリット王子の匂いが強すぎて、ワインの香りが霞む。ユーグリット王子のライモへの想いは、ワインの香りより強い」
「ちょっとオー!? 何言ってるの!」
ライモ様が真っ赤になります。
「きゃっ! 恥ずかしいです」
ユーグリット王子が顔を手で隠しました。
「ふっ、そんなにも想われて大変だなぁ、ライモ」
ダニエルさんが笑って言いました。ユーグリット王子は――
言葉を失い、鼻を押さえました。
「だ、大丈夫ですか!?」
私が叫ぶと、ユーグリット王子は顔を真っ赤にして、ハンカチを鼻にあてました。
「し、失礼……想いが溢れてしまって!」
ハンカチは赤く染まりました。鼻血です。
この人、本当に大丈夫かしら……。
「えーっと、たくさんのお土産ありがとう! では僕は仕事があるから!」
ライモ様がダニエルさんのエプロンを引っ張って言いました。
「ワインの試飲はしなくていいのか? ユーグリット王子に少しは愛想よくしてやれよ」
逃げようとするライモ様を、ダニエルさんがからかいます。
「では、わたくしがお城を案内しますわね」
ノラ様が笑顔でユーグリット王子に言いました。二人が謁見室を出たのを見計らい、再び土産の木箱を開けて、クンクンとオー様が匂いを嗅ぎました。
リディア様が木箱にチョークで、今日の日付を書きつけます。
「うん、大丈夫だ。怪しいものはない」
「…………そうね。だけど、まだわからないわよ。今のところ、ただの色ボケ王子だけど。まぁ、ターゲットがライモだから別にいいけどね。ほんと、モテる道化師だこと」
リディア様が張り詰めた顔から、笑顔になりました。
「ぶえっくっしゅんっ!! あー! ちくしょー! よくないわよ! 人の夫相手に鼻血出すなんて、ハレンチよ!」
女王のくしゃみと「ハレンチ!」は、城中に響き渡りそうなほど大きい。
こうして、土産の披露は無事に終わったのでした。
なお、この日以降、
「留学王子は道化師に恋をした」
と、あっという間に城中で知れ渡ったのでした。




