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学校から少し離れたところにある商店街。
いつも人通りが多く活気に溢れているそこは今、学校帰りの子どもや仕事帰りの大人が行き交っている。
そんな賑やかな場所に行きつけの本屋がある。
店内は少し狭いが、古い本から新しい本まで揃っていて、いつ来ても客の姿が見える。
学校の帰り、貴斗を誘ってその本屋に来た。
店の窓から中を覗くと、今日も何人か客がいて各々本を探している。
中へ入り少し奥へと進むと、店員のやる気のなさそうな「いらっしゃいませ~」という声が聞こえてくる。
「で、何の本を探せばいいの?」
俺の後をついてきた貴斗が本棚を見渡しながら尋ねてきた。
一緒に本を探してほしいと、早く補習を終わらせるために言ったことだったが、実際買いたいものがある。
「参考書が欲しいんだけど、どれがいいか迷ってて...」
今まで本棚を見ていた貴斗は少し目を見開いて俺を見た。
「参考書?何の?」
「英語と数学」
「今まで参考書とか買ったことないのに。どうしたの急に」
「今まではそれなりで良かったんだけど、もう受験生だし、そろそろ進路決めて対策もしないとって思ってさ」
最近の授業や教室の空気が、今まさに受験生だということに気付かされ、自分もこのままではいけない気がした。
一応大学に進学しようと思っているし。
「それに、数学と英語は点数高いから落としたくないんだよな」
俺の話を聞いていた貴斗は視線を再び本棚へ移した。
「受験、ね...。和希はどこ狙ってるの?」
「まだ決めてないんだけど、経済学部があるところがいいな。貴斗は?」
「俺は...。まだ決めてないや」
眉を八の字に下げて困った顔をした貴斗は参考書がある方へ歩き始めた。
「よし、俺が和希に合う参考書探してあげるからちゃんとやれよ?」
「当然!」
貴斗の背中を追いかけて目的のものがある場所へ向かう。
たくさんある参考書を一通り眺めると「これとこれ!」と言って本棚から2冊俺に渡してきた。
思ったよりあっさり決められて大丈夫かと思うが、実は俺より頭がいい貴斗が選んだものだからとりあえず信じて買うことにした。
会計を済ませて店を出ると外はさっきより暗くなっていて、ゲームの話をしながら家路についた。
・・・・
・・・
・・
・
「ただいまー」
貴斗と別れて家に帰るとリビングのソファーで寛いでいた竜が出迎えた。
「おかえり。遅かったね」
いつもならとっくに帰っている時間のはずだが、今日は随分遅くなってしまった。
「補習した後に本屋寄ってた」
「補習?珍しいね」
「宿題忘れたんだよ」
そう言うと、竜は何かを思い出したように「あぁ」と声を漏らさした。
「結局昨日やらなかったんだ。受験生なのに結構余裕じゃん」
「余裕じゃねーよ。ほら、今日参考書買ってきた!」
本屋の袋からさっき買ったばかりの参考書を取り出す。
「和希もついに受験生って感じ」
「...まぁな。これからは勉強頑張らないと」
まだ名前呼びには慣れない。
が、約束は約束だ。なんでもないふりをして参考書を竜に手渡した。
まだ2年生だから内容は分からないはずだが、竜は渡された参考書をパラパラと捲りながら目線を落とした。
「また置いていかれるのか...」
普通なら聞き漏らしてしまいそうな小さな声だったが、今は部屋にテレビがついていなかったため、その声ははっきりと俺の耳に届いた。
「え?何が?」
置いていく?
何のことかよく分からず聞き返すと、開いていた参考書を閉じてしまった。
「いや、何でもない」
そのまま俺に参考書を返すとソファーから立ち上がり歩き出す。
「それよりお腹空いてるでしょ?ご飯作ったから一緒に食べよう」
「え、作ったの?」
「母さん今日集まりがあるから遅くなるんだって」
「あれ?そういえば今日だっけ...」
思い返せば前に母さんがそんな事言っていた気がする。
月に数回ある手話サークルに参加しているらしい。
特に仕事とは関係無いけど、大人になってから新しいことを勉強するのが楽しいらしく、友達もできるからと本人は毎回楽しみで行っているみたいだ。
仕事して俺達の世話をしながらサークルまで参加する母さんは昔からすごくパワフルな人だ。
荷物を部屋の隅に置いて俺もテーブルへと移動すると、綺麗に並べられた皿に美味しそうな夕飯が盛り付けられていた。
「すごい!中華か!うまそう。お前料理も得意だよな」
母さんがいないときは早く帰った方が作るか各々自由に食べるかだった。
部活で遅くなる竜とは最近あまり同じ時間に食べていなかったが、たまに作ってくれる竜のご飯は盛り付けも綺麗で味も美味しい。
「普通だよ。簡単なものしか作れない」
「いや、充分だって!いただきます!」
俺とは違って本当になんでもこなす弟だ。
一口食べると、できたばかりなのか、まだ温かくて俺好みな味付けだった。
「うまっ!母さんの味付けと同じだな」
「母さんに習ったからね。和希も料理習ったら?」
「んーそうだなぁ。来年は一人暮らしするかもしれないし、今のうちに習っておいた方がいいかもな」
「え。一人暮らしするの?」
「いや、まだ決まってないけど、家から通えない大学行けば一人暮らしか寮かだろ?どっちみち料理は覚えないと。俺料理苦手だしな~」
「...そうだね」
料理は少し苦手だ。
できなくもないが時間がかかってしまうし、自分の作ったものはあまり美味しいとは思えない。
「でも和希はお菓子作り得意だよね」
竜の言うお菓子とは、昔お小遣いをゲームに使ってしまい、お菓子が買えなかったとき、家にある材料で作ったお菓子のことだ。
もちろん母さんから教えてもらったのだが、最初は形がいびつで硬いクッキーが出来上がった。
硬すぎて噛めないそれを母さんは逆にすごいと笑い飛ばしたが、頑張って作ったのに美味しくなくて、あの頃すごく悔しかったのを覚えている。
悔しくて、次こそは美味しいのを作ろうと何度か作っていくうちにハマってしまって、いろんなお菓子を作っていた時期があった。
「あれは得意とは言わねえよ」
「俺あれ好き。チョコとオレンジの味するやつ」
竜が言いたいのは、小学6年生の冬休みに俺が作ったお菓子だ。
クッキーよりもしっとりしてて作るのが難しい。
「あれかー。なかなか納得いくのが作れなくて凄い量作ったよな」
「冬休みの間中作ってたよね。俺あれで太った記憶ある」
ほぼ毎日竜に食べさせていたのを思い出して笑いが込み上げてきた。
「あはは。そうなの?わかんなかった」
「でもなーんか食べたくなるんだよね」
そう言って竜は目を閉じた。もしかしたら味を思い出しているのかもしれない。
中学から竜とはなんとなく心の距離が空いたような気がしていたけれど、きっと気のせいだったのかもしれない。
だって久々にゆっくり話してみると昔と変わらない弟が目の前にいる。
笑った顔も昔のままだ。
「そんなに食べたいならまた作ってやるよ」
「いいよべつに。その分勉強頑張ってよ」
「んーじゃあ受験が終わってからだな」
「うん。前より美味しいの期待してる」
あの頃の竜が戻ってきたようで思わず
「まかせろ!」
なんて言ってしまったが、最後に作ったのはかなり前だからうまく作れるか自信がない。
でも、弟が楽しみにしてくれているなら頑張って作るしかない。
今度練習しよう。
そう心に決めて、いつの間にか半分に減った料理を食べ進める。
そのあとは最近話題の映画の話なんかをしながら時間を過ごした。
そして今日はやけに竜が優しくて、片付けは自分がやるから先に風呂入ってきなよと言ってきたもんだから厚意に甘えることにした。
夕飯だけじゃなくて風呂も沸かしてくれたのか。
ありがとうとお礼を言って荷物を持ち部屋へ向かった。
俺も今度何かしてやるか。
着替えを用意して鼻歌を歌いながら風呂へと急いだ。
【つづく】