第49章 始まりを連れて
澪標まで、あと二百メートル。
目の前に帰る場所が見えているのに、四機の燃料は尽きました。
手足を壊した連華たちは、最後の距離を人間のようにもがいて進みます。
澪標まで、あと二百メートルで燃料が尽きた。
四機は、月の上で止まった。
空母は見えている。誘導灯も二つ点いている。近い。手を伸ばせば届きそうで、宇宙では永遠に届かない距離だった。二百メートルが、二百光年と同じ意味を持つ場所だった。
奥山が笑った。
『ここまで来て、ですか』
「怖いか」
『いえ。腹が立ってきました』
「それなら、まだ動ける」
誘導は死んでいる。推進剤も尽きた。残っているのは、質量と、反動と、人間の意地だけだった。
加藤は帰路の腕を、思い切り振った。
作用と反作用。鉄の腕を後ろへ振れば、機体はわずかに前へ出る。一回で数センチ。子供が水の中でもがくような進み方だった。
伊藤が真似をした。記録装置の蓋を一度撫でてから、両腕を振った。
奥山は、不要になった装甲板を一枚ずつ外して、後ろへ投げた。投げた分だけ、機体が前へ逃げる。怖がりは、捨てるものを見つけるのが、誰より早い。
「奥山、それはどこで覚えた」
『さっき、思いつきました』
「いい思いつきだ」
四機が、芋虫のように月の上を這っていく。
澪標の格納腕が、動いた。
直っていないはずだった。
主炉室で、真壁が手動ポンプを押していた。立てない足を床へ括りつけ、体重をレバーへ預け、開かない手を、もう片方の手で押さえつけて握らせていた。
「もう少しだ」
誰へ言ったのか、自分でも分からない。烈火へか、初へか、何年か前の自分へか。
格納腕の先が、四号機の指へ触れた。
初が、掴む。
五本指の把持腕。武器を付けなかった腕。戦わせないために、白瀬が選んだ手だった。
その手が、ちゃんと、掴み返した。
一本ずつ、四機が引かれていく。
帰路。
灯台。
足。
初。
格納床へ最初に転がり込んだのは、四号機だった。気密が戻る前に、白瀬の声が回線へ飛び込む。
『初さん、聞こえますか』
「聞こえます」
『今日です。時計を巻くのは』
初は、胸ポケットを探った。
指が、震えていた。さっきまで黒の側にいた指だった。
鍵はあった。
「はい。今日でした」
加藤は、操縦殻の中で目を閉じた。
勝ったとは、思わなかった。
黒色域は残った。烈火は失われた。地上では各国が島を奪い合い、月の稜線では接近艦が砲門を閉じたまま待っている。人類同士の争いは、何ひとつ終わっていない。
それでも。
始まりを、連れて帰った。
今は、それでよかった。
お読みいただきありがとうございます。
第49章「始まりを連れて」でした。
真壁が動かした格納腕と、四号機へ付けた五本指が繋がりました。
黒色域も争いも残っています。それでも初を生きて連れ帰るという、この作戦で最初に決めた約束だけは守られました。




