第47章 足を渡す
烈火一号機が、黒色域へ落ちていきます。
帰る足を持たずに宇宙へ送られた機体は、最後に初の四号機をこちら側へ押し戻します。
烈火が四号機へ衝突した。
黒い胴体が白い影へ食い込み、境界が大きく歪む。四号機の腰が半分、こちらへ戻った。
代わりに、烈火が沈む。
『切り離せ』
真壁が命じた。澪標から、回線越しに。
「お前の機体だぞ」
『俺はもう降りた』
「だが――」
『加藤。俺はあれで、何年も帰れなかった。あれの気持ちは、俺がいちばん分かる』
加藤は、烈火と鋼索を繋ぐ金具へ手を伸ばした。
脚を失った帰路で、片足の機体を、もう片方の機体へ縋りつかせるような姿勢だった。黒い機体の中から、長い宇宙の時間が伝わってくる気がした。帰る場所を持たず、それでも一度だけ、地球へ向きを変えた機体。
「悪いな」
金具を外す。
烈火は、黒色域へ落ちていった。
その両腕が、最後に四号機の背を押した。
足のない機体が、足を渡した。
帰る場所のなかった機体が、帰る者を、こちらへ突き返した。
『……ありがとう』
真壁の声が、ひどく小さかった。自分の機体へ言ったのか、自分の何年間かへ言ったのか、加藤には分からなかった。
初の声が戻る。
『先生』
幼い声だった。今の初の声ではなかった。
『次の数値を。私は戻れます。まだ読めます』
「初!」
返事がない。
四号機の中で、初は過去の試験室にいた。荻野の手が、瞳孔を測っている。白衣の袖が震えている。月華から出てきたばかりの、小さな自分を、父は抱かなかった。
もっと読め。
戻れることを、証明しろ。
――あのとき言われなかった言葉を、初は自分で作って、自分に言い聞かせていた。証明すれば、抱いてもらえる気がした。
その声に、別の声が割り込んだ。
伊藤機が、四号機の左手を掴んだ。
『初ちゃん。工具、返してないだろ』
奥山機が、右腕へ抱きついた。
『時計、明日巻くんでしょう!』
加藤は、脚を失った帰路で、三本の索を腕へ巻いた。腕の装甲が軋み、剥がれる。
「荻野初。命令だ。帰ってこい」
『命令なら、従わないと』
「違う」
加藤は歯を食いしばる。
「今のは取り消す。命令じゃない」
『……じゃあ』
「お前が決めろ。証明はもういい。誰も測ってない」
長い沈黙があった。
黒の中で、幼い初が、少しずつ今の初に戻っていく。
やがて、四号機の五本指が、伊藤機を握り返した。
『帰ります』
右脚のバーニアが、三秒遅れて火を噴いた。
いつもの三秒だった。
その遅れが、今日はひどく愛おしかった。
お読みいただきありがとうございます。
第47章「足を渡す」でした。
真壁は生還しましたが、烈火一号機は失われました。
黒色域の中で初は、父に従っていた幼い頃へ戻りかけます。加藤は命令を取り消し、帰るかどうかを初自身へ返しました。




