第46章 帰路喪失
黒色域は、加藤たちが最も見たくない自分を映し返します。
戻せなかった者たちの記憶。
帰路という名にふさわしくないと告げる声。
十五分の帰還期限が迫ります。
白いものが、四号機を掴んだ。
腕はない。衝撃もない。ただ、初の機体だけが黒色域の奥へ一メートルずれた。
三本の鋼索が張る。
「引け!」
帰路、灯台、足が同時に噴射した。
動かない。
加藤の前に、もう一機の帰路が現れた。両脚がある。弾倉も満ちている。傷一つない。
『お前は戻せなかった』
自分の声で言った。
荻野を。
月華を。
死んだ部下を。
帰路という名を付けた機体に、お前が乗るな。
複製の拳が来る。
加藤は避けた。反射で殴り返しかけ、止めた。真壁が言った。撃とうと思えば、向こうも撃つ。
「俺は戻せなかった」
認める。
「だから、今度は戻す」
複製が薄くなった。
横で、伊藤の灯台に、もう一機が並んだ。
灯台ではない。翼のある機体だった。伊藤がまだ空にいた頃の、あの形。
操縦席に、倉田がいた。
『置いていったな』
倉田は笑っている。死んだ日のままの顔で。
『お前だけ降りて、地面で生きてる』
伊藤は、記録装置の蓋へ指を当てた。
空で失ったものを、ずっと書きつけてきた手だった。
「降りたんじゃない」
伊藤の声は低い。
「拾いに来たんだ。今度は、ここまで」
翼のある機体が、ゆっくり透けていく。
奥山の首には、奥山の手が掛かっていた。
同じ顔だ。けれど、その顔は怖がっていない。
『楽だろう』
複製が囁く。
『怖くなくなれば、ぜんぶ楽になる。お前だって、本当はそうなりたいはずだ』
奥山は、笑わなかった。
泣きそうな顔のまま、首を絞める手を、両手で掴んだ。
「なりたく、ないです」
声は震えている。震えたままだった。
「怖いまま、帰りたいんです」
絞める手から、力が抜けた。
怖がっている奥山だけが、残った。
初の通信だけがない。
十五分まで、残り四分。
加藤は強制巻き上げレバーを引いた。
帰路に残っていた右脚のバーニアが焼け、接合部から裂けた。
鋼索が、十センチ戻る。
そのとき、澪標側の索が切れた。
烈火一号機が、ゆっくりこちらへ流れてくる。
最後の錨を失った。
『加藤さん』
真壁の声が澪標から届く。
『烈火を使え。あいつには足がない。だから、落ちることだけは得意だ』
脚のない黒い機体が、黒色域へ向けて加速を始めた。
お読みいただきありがとうございます。
第46章「帰路喪失」でした。
加藤は過去の失敗を否定せず、「だから今度は戻す」と答えました。
伊藤は死んだ倉田に、奥山は怖くないもう一人の自分に、それぞれの答えを返しました。怖いまま帰る――それが、奥山の出した答えです。
しかし帰還索が切れ、最後の錨だった烈火が動き始めます。脚のない機体が選んだ最後の落下です。




