第42章 四機目
初が乗る四号機には、武器ではなく五本指の把持腕が取り付けられます。
戦うためではなく、掴んで帰るための腕です。
しかし出撃前の初には、まだ自分だけの帰還理由がありません。
四号機の左腕には、武器を付けなかった。
白瀬は予備の把持腕を選んだ。細かい作業ができる五本指。初が月華の試験後、最初に握ったのと同じ形だった。
「戦えませんよ」
黒崎が言う。
「戦わせないためです」
島を占拠しようとした部隊は、旧試験区画の直前で動きを止めていた。住民が通路に座り込んだからだ。救援物資を受け取った老人も、研究所を憎んでいた若者もいた。
初を兵器にするな。
誰かが段ボールにそう書いた。
初は、その文字を長く見た。
「私は兵器に乗ります」
「知ってます」
白瀬は配線を束ねる。
「だから、兵器にしないで帰すんです」
四号機の脚部バーニアは、完全には直らなかった。右は三秒遅れて点火する。左腕の回路は、動かすたびに記憶接続系へ雑音を返す。生命維持は十六時間。
荻野の遺産は、何一つ親切ではない。
初は操縦殻へ入った。
座席の背に、小さな傷が七本ある。かつての試験で、帰れなくなるたび、爪で付けた傷だった。
八本目を付けようとして、やめた。
「名前を言ってください」
白瀬が外から呼ぶ。
「荻野初」
「役目は」
「黒い信号を読むこと」
「帰る理由は」
初は答えられなかった。
通路の向こうで、振り子時計が鳴った。修理中、毎日、初がぜんまいを巻いた時計だ。
「あれを、明日も巻きます」
白瀬は頷いた。
大層な理由ではない。
だから、誰にも奪えなかった。
四号機「初」が立ち上がる。
右脚は遅れた。機体は不格好によろめき、壁へ手をついた。
それでも、倒れなかった。
お読みいただきありがとうございます。
第42章「四機目」でした。
初が選んだ帰還理由は、振り子時計のぜんまいを明日も巻くことでした。
誰かに与えられた使命ではない、小さな日課です。不調を抱えた四号機は、それでも自分の足で立ち上がりました。




