第41章 開けない封筒
真壁が目を覚まします。
帰ってから開けると決めていた封筒は、まだ枕元にあります。
そして真壁は、黒色域の中に「もう一人の自分」を見たと語り始めます。
真壁が目を開けたのは、救助から二日後だった。
最初に見たのは振り子時計だった。
「うるさい」
声は紙を擦るようだった。
加藤は時計を止めなかった。
「生きてる音だ。我慢しろ」
真壁は目だけを動かし、枕元の封筒を見た。
「開けたか」
「人の手紙を読むほど暇じゃない」
「嘘つけ。暇そうな顔だ」
真壁は封筒を持ち上げた。指に力が入らず、胸へ落ちた。
「帰ってから開けるつもりだった」
「帰ったぞ」
「ここは月だ」
「帰る途中だ」
真壁は少し考え、封筒を開けなかった。
一度だけ、指が封の端にかかった。
爪が紙を起こしかけて、止まった。
加藤は、見て見ぬふりをした。
代わりに、黒色域で見たものを話した。
「あそこは、入ったものを返す。烈火を近づけたら、同じ烈火が向こうにいた。俺が腕を動かすより先に、向こうが動いた」
「敵か」
「分からん。俺が撃とうと思ったら、向こうも撃とうとした。だから、撃つのをやめた」
加藤は黙る。
「名前を送った」
真壁は続けた。
「真壁遥。烈火一号機。帰還努力継続。それだけ繰り返したら、向こうの俺が薄くなった」
医務室の入口に伊藤と奥山が立っていた。
「初ちゃんを連れていく話が出てる」
奥山が言った。
真壁の目つきが変わった。
「やめろ」
「理由は」
「俺は名を言えた。あの子は、父親に名前と役目を同じものにされている。向こうへ入ったら、自分と始まりを区別できなくなる」
封筒が、真壁の胸で小さく鳴った。
「先に、あの子が帰る理由を作れ。任務でも博士でもないやつを」
加藤は封筒を指した。
「お前のそれみたいな?」
「これは、まだ開けない」
「なぜだ」
真壁は目を閉じた。
「地球まで取っておく。途中で死ねなくなる」
加藤は、それ以上聞かなかった。
代わりに、振り子時計を止めずにおいた。
うるさい音が、二人の間で鳴り続けた。
生きている音だった。
お読みいただきありがとうございます。
第41章「開けない封筒」でした。
名を繰り返すことで、黒色域に現れた複製は薄くなりました。
真壁が初を止めようとしたのは、彼女の名前と役目が近すぎるためです。初には、任務でも父でもない帰還理由が必要になります。




