第40章 真壁の灯
烈火一号機の操縦殻は、内側から開きません。
流れ出した血。送信レバーを握ったままの手。
加藤たちは、帰還努力を続けた真壁を生きて連れ戻せるのでしょうか。
烈火の操縦殻は、内側から開かなかった。
伊藤は非常解放輪を回した。凍りついている。奥山が工具を持ってきて、二人で回す。
三周目に、黒い液体が隙間から浮いた。
血だった。
加藤が二人を押しのけた。輪に両手を掛ける。片足を失った帰路が背後で船殻に這いつくばっている。
「真壁!」
返事はない。
輪が動く。
操縦殻が開き、冷えた空気が白く噴き出した。
真壁遥は座席に縛られたまま、目を閉じていた。髭が伸び、唇は割れ、右手だけが送信レバーを握っている。指を一本ずつ外しても、手は握った形のままだった。
送信レバーには、電源の死んだ記録器がぶら下がっていた。最後の数行だけ、針が刻んでいる。
マカベ。マカベ。マカベ。
自分の名前だけを、繰り返していた。
なぜそうし続けたのか、このときはまだ、誰にも分からなかった。
奥山が首筋へ触れる。
「あります。すごく弱いけど」
三人で真壁を運んだ。
医務室の酸素を入れると、真壁の胸が一度、大きく持ち上がった。目は開かない。
伊藤が、操縦殻から小さな封筒を持ってきた。
「胸ポケットにありました」
開封されていない。
宛名もない。角が汗と時間で丸くなっている。
加藤は封筒を真壁の枕元へ置いた。
「自分で開けろ」
真壁の指が、ほんの少し動いた。
その夜、澪標の誘導灯は二つしか点かなかった。
だが二つの灯りの下に、四人いた。
地上へ短い信号を送る。
烈火一号機、収容。
真壁遥二佐、生存。
第七区画で紙テープを受け取った白瀬は、椅子に座り損ねた。床へ尻をつき、そのまま笑った。笑いながら顔を両手で隠した。
初は、紙テープの端をそっと撫でた。
「一つ、帰りました」
「ええ」
白瀬は鼻をすすった。
「次はあなたじゃありません。まだ順番がある」
初は反論しなかった。
四号機の修理表へ、真壁生存、と鉛筆で書き足した。
お読みいただきありがとうございます。
第40章「真壁の灯」でした。
烈火一号機を収容。真壁遥二佐、生存。
真壁の記録器には、自分の名前だけが繰り返し刻まれていました。なぜ名を送り続けたのか――その意味は、次章で明かされます。
白瀬と初のもとへ、ようやく一つの帰還報告が届きました。ただし、真壁が黒色域で見たものは、次の危機へ繋がっています。




