第35章 封鎖軌道
澪標に灯りがともった直後、月の低軌道から砲弾が飛来します。
白い飛翔体が消えたあと、人類が最初に照準を向けたのは人類でした。
しかも相手の狙いは、帰還途中の烈火一号機です。
接近艦を率いるのは、ソコロワ少佐。名乗りを求める彼女に、加藤は名を返しません。
最初の砲弾は、澪標ではなく誘導灯を撃った。
三つのうち、一つが消えた。
伊藤は船外作業中だった。破片が宇宙服の肩を叩き、体が船殻から浮く。命綱が張り、腰を乱暴に引いた。
『識別を送れ』
接近艦から英語が届いた。機械音ではない。人間の声だった。
『当該施設は国際共同管理下に置かれる。武装を解除し、退去せよ』
女の声だった。落ち着いていて、どこか疲れていた。
『暫定機構第二派遣隊、ソコロワ少佐。そちらも名乗ってほしい』
加藤は名乗らなかった。
名乗れば、相手も人間になる。人間は、撃ちにくくなる。
「迎えに来るのが遅いくせに、土地だけは早いな」
伊藤は切れた灯りへ予備線を繋いだ。
月の低軌道に、小型艦が二隻いた。地上で残った打ち上げ能力を掻き集めた急造船だ。船腹には、ユニオンランスに参加した国の標章が並んでいる。
あの頃は同じ敵を見ていた。
敵が消えた途端、互いを見始めた。
加藤は帰路へ乗り込んだ。弾薬は地上で使い切っている。右腕の鉄拳と、姿勢制御剤が半分。それだけだった。
「奥山。怖いか」
『聞く必要あります?』
「確認だ」
『じゃあ、すごく怖いです。人間相手なのが、一番』
奥山機が格納口に立った。逃げ道を塞ぐようにではない。いつでも中へ逃げ込める向きだった。
接近艦から二発目が放たれた。
加藤は噴かした。
帰路の脚が船殻を蹴る。鉄の機体が砲弾の横へ飛び、腕で軌道を逸らした。爆発が近すぎて、外装板が剥がれた。
『正気か!』
相手の声が裏返る。
「こっちは、その検査を何年も前に諦めてる」
伊藤が直した灯りが、もう一度点いた。
その光の先に、黒い粒が見えた。
烈火。
まだ遠い。だが、確かにこちらへ来ている。
接近艦も気づいた。
二隻の向きが同時に変わる。
狙いは澪標から、烈火一号機へ移った。
伊藤の声が低くなった。
『あれは、帰ってくる途中だ』
加藤は帰路の拳を握った。
「途中のやつを撃つな」
返事の代わりに、二隻の砲門が開いた。
お読みいただきありがとうございます。
第35章「封鎖軌道」でした。
かつて同じ敵を見ていた国々が、荻野博士の遺産を巡って砲門を開きます。
加藤がソコロワ少佐の名乗りを拒んだのは、相手を人間にしないためでした。名乗れば、撃ちにくくなる。この小さな拒絶が、最終話で返ってきます。
次章では地上へ戻り、黒い信号を読む少女・初が負ってきた傷と、荻野博士との関係を描きます。




