第34章 歩けない巨人
未完成の月面戦闘空母「澪標」。
人が暮らすはずだった部屋、繋がっていない配管、途中で止まった荻野博士の仕事。
加藤たちは、宇宙で最初の修理を始めます。
赤い単眼は、撃ってこなかった。
三体の無人重機は、格納区の床に膝をついたまま、首だけで加藤たちを追った。篠籠島で人を潰したピンポン野郎と同じ形だ。ただし脚には白い線が一本、手で引かれている。
「識別線です」
奥山がしゃがみ込んだ。
「島にいたやつにはなかった。たぶん、整備用」
「たぶんで近寄るな」
「じゃあ加藤さんが近寄ってください」
「俺は、たぶんを言ってない」
伊藤が吹き出した。笑い声が空の格納区に妙に響いた。三人とも、その音に少し戸惑った。地上を出てから、初めて聞くまともな笑いだった。
無人重機の腹には、手回しハンドルがあった。奥山が回すと、単眼の明滅が変わる。赤、赤、長い赤。
壁の受信機も同じ調子で点滅した。
伊藤が紙に間隔を書き取る。
「格納区、気密維持。主炉、停止。姿勢制御、不能。居住区――生存者なし」
最後だけ、三人とも黙った。
加藤は空母の中を歩いた。
食堂には固定されていない椅子が六脚。医務室には未開封の包帯。寝台の枕元には、誰かが置いた将棋の駒が一枚あった。歩兵。前にしか進めない駒だ。
荻野は、ここへ人を住まわせるつもりだった。
主炉室で、伊藤が声を上げた。
炉は月華の高炉を横倒しにしたような形をしていた。だが配管の三分の一が繋がっていない。壁のチョーク書きは途中で途切れ、その下に、油の指跡が残っている。
「博士一人で、どこまでやる気だったんですかね」
奥山が言った。
「一人で完成させる気はなかった」
加藤は指跡を見た。
「あいつは道だけ作った。歩くのは俺たちだ」
三人は、帰還に必要なものから直した。
酸素循環。格納扉。短距離灯。主炉は後回し。武装はもっと後だ。
八時間後、澪標の外板に三つの誘導灯が点いた。
弱い光だった。
それでも黒い宇宙の向こうで、烈火一号機の信号が、初めてわずかに向きを変えた。
真壁が、灯りを見たのだ。
お読みいただきありがとうございます。
第34章「歩けない巨人」でした。
荻野博士が遺したのは、完成品ではありません。道と、手を入れる余地だけでした。
三つの誘導灯を見つけ、烈火一号機がわずかに進路を変えます。しかし、その灯りを見つけたのは真壁だけではありませんでした。




