第18章 奥山、壊れる
【前書き】
核を不発にした月華のあと、残ったのは「追いつけなかった」という事実だけでした。
荻野博士の離脱、加藤隊長の生存確認、そして奥山が自分の壊れ方を自覚する章です。
タイトルの「壊れる」は、暴走ではなく、助かった後に気づく種類の壊れ方。
光は、すぐには消えなかった。
篠籠島の空に、白い粒が漂っている。
雪ではない。
灰でもない。
核兵器だったものだ。
人間が人間を消すために放った火が、火になる前にほどかれ、名のない光へ変えられた。
それは美しかった。
だから、誰も喜べなかった。
美しいものが、必ず人を救うわけではない。
白い飛翔体も、遠くから見れば美しかった。
月華もそうだ。
山腹の上空に浮かぶ銀白の二足歩行重機は、壊れた研究所と燃える町の上で、異様なほど静かに輝いていた。翼状の姿勢制御板は半分閉じ、脚部の細いフレームからは白い蒸気が漏れている。
連華とは違う。
連華は地面を踏むたびに、土と油と焦げた金属の匂いを連れてくる。
月華は、地面から少しだけ逃げている。
脚を持っていても、泥の中に沈まない。
奥山凪三尉は、二号機の操縦殻でその姿を見上げていた。
手が震えている。
震えは止まらない。
町役場前で三十機近いピンポン野郎を叩き潰した時よりも、今の方が怖かった。
あの時は、目の前に敵がいた。
潰せば止まるものがいた。
でも今は違う。
空にあるのは、助けてくれたものだ。
核を不発にしてくれたものだ。
そして、自分たちの理解を超えたものだ。
奥山は、唇の内側を噛んだ。
血の味がした。
血の味はありがたい。
自分がまだ身体の中にいると分かる。
『月華一号機、応答。荻野博士、応答してください』
白瀬凛三尉の声が、何度も回線へ流れる。
その声には、職務上の冷静さが残っていた。
残っているだけだった。
『こちら統合作戦通信、白瀬三尉。荻野博士、聞こえているなら返答を。月華一号機、現在位置と操縦者の状態を送ってください』
返事はない。
月華は、山腹の風の中でわずかに揺れている。
無人のようにも見えた。
眠っているようにも見えた。
死んでいるようにも見えた。
伊藤二尉の三号機は、研究所ゲート前で片膝をついていた。
背部ブースターは片側を失い、もう片側も噴射口が裂けている。空自のエースを空へ投げるための泥縄の翼は、もう翼ではなく、焦げた鉄の荷物だった。
それでも伊藤は、キャノピー越しに月華を見ている。
目を逸らさない。
かつて空を捨てた男が、今、空へ消えかけている禁忌を見上げている。
『博士は、まだ繋がっている』
伊藤が言った。
声は低い。
『月華の姿勢が安定しすぎている。自律ではない。人間の癖が残っている』
奥山は、伊藤の言葉の意味を考えた。
人間の癖。
あの機体の動きに、人間が残っている。
それは希望なのか。
それとも、まだ壊れ続けているという意味なのか。
奥山には分からなかった。
分からないものが多すぎた。
飛翔体。
月華。
B-MAX。
核を撃つ人間。
核を消す人間。
そして、自分。
自分が一番分からない。
さっきまで、敵を潰していた手。
怖いと叫びながら、止まらなかった手。
その手が今は震えている。
震えているなら、まだ戻れる。
加藤隊長はそう言うだろう。
だが、戻るとはどこへ戻ることなのか。
出撃前の自分か。
医務室で染みを数えていた自分か。
怖いですと素直に言えた自分か。
それとも、怖いまま人を守るために敵を潰せる自分か。
奥山は喉を鳴らした。
「嫌だ」
言葉は、通信へ乗らないほど小さかった。
「どれも嫌だ」
その時、月華の黒い光学面が、わずかにこちらを向いた。
月色の光が細く揺れる。
全回線に、ひどいノイズが走った。
金属を擦る音。
波が岩へ砕ける音。
子どもが寝言で何かを呟くような音。
その奥から、荻野誠一博士の声がした。
『……やれやれ』
白瀬が息を呑む。
『荻野博士!』
『凛、だったか。声が遠いな。いい耳をしている』
『状態を報告してください。現在、あなたは月華一号機を操縦しています。生体状態が不安定です。降下してください。繰り返します、降下してください』
『降りる場所は、まだあるか』
白瀬は一瞬、言葉に詰まった。
篠籠島は燃えている。
研究所は半壊し、町は砲撃と無人重機の跡で裂けている。
防衛庁は、この島へ核を撃った。
降りる場所。
それは地面のことではない。
荻野が言っているのは、帰る場所のことだった。
加藤一尉の声が入らない。
奥山はそのことに、今さら気づいた。
「隊長?」
応答なし。
一号機の信号は、研究所内部から出ている。
だが、回線は弱い。
B-MAX起動後、加藤は基地内部へ突入し、物理資料の搬送箱を確保したはずだ。
それから外へ出た。
伊藤が外部遮断線を切り、一号機はゲート前で膝をついた。
そう聞こえていた。
だが、奥山は見ていない。
核弾頭を見ていた。
月華を見ていた。
白い光を見ていた。
隊長を見ていなかった。
その事実が、突然、胸を殴った。
『隊長?』
奥山は送話レバーを押し込む。
『隊長、応答してください』
返事はない。
月華の回線では、荻野が薄く笑っている。
『加藤は、昔からそうだ。帰ると言って、帰り道を壊しながら進む』
『博士、隊長はどこですか』
奥山の声が震えた。
『僕の隊長はどこですか』
自分で言って、奥山は泣きそうになった。
僕の隊長。
そんな言い方をするつもりはなかった。
だが、出てしまった。
加藤は怖い。
B-MAXを使った加藤は、もっと怖い。
篠籠島への出撃前、奥山はそう言った。
それでも今、加藤がいないことの方が怖かった。
伊藤の声が割り込む。
『一号機は研究所中央搬入口付近。生体反応、微弱。機体反応、不安定』
白瀬が続けた。
『映像、出します。待って、ノイズが』
奥山の操縦殻に、粗い白黒映像が浮かんだ。
研究所内部の監視カメラ。
古い。
焼けている。
画面の半分は砂嵐だ。
それでも見えた。
連華一号機。
ボロボロだった。
右肩装甲は剥がれ、胸部は裂け、頭部光学器は片側が潰れている。脚部杭は片方が折れ、左腕の指は二本しか残っていない。
だが、その腕で赤い封印帯の搬送箱を抱えていた。
壊れた機体の胸の前に、資料の箱だけが守られている。
まるで、子どもを抱くように。
奥山は息を吸った。
肺がうまく動かない。
『隊長〜加藤隊長!! 無事ですか?』
声が裏返った。
呼びかけではない。
叫びだった。
通信が沈黙する。
一秒。
二秒。
三秒。
その三秒で、奥山は何度も死んだ。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
また誰かが帰れない話は嫌だ。
烈火はまだ宇宙にいる。
月華は空にいる。
荻野博士は戻らないかもしれない。
その上、加藤までいなくなるのは嫌だ。
奥山は送話レバーを握り潰しそうなほど力を込めた。
『隊長!』
白黒映像が揺れた。
連華一号機の操縦殻内部へ、映像が切り替わる。
そこは、機械の中というより、事故現場だった。
計器盤は割れ、アナログ針のいくつかは根元から折れている。
油圧管が裂け、白い蒸気が床を這っていた。
座席の横には、血が飛んでいる。
非常灯の赤い光が、煙の中で明滅していた。
その中央に、加藤がいた。
ヘルメットのバイザーは割れ、額から血が流れている。口元にも血がある。搭乗服の胸部固定具は半分外れ、右手はまだ操縦桿を握っていた。
生きているのか。
死んでいるのか。
分からないほど、動かなかった。
奥山の喉から、音が漏れた。
言葉ではなかった。
加藤の指が動いた。
ほんの少し。
通信に、かすれた息が入る。
『……うるせえ』
奥山は目を見開いた。
『隊長!』
加藤は、ひどくゆっくり顔を上げた。
目は焦点が合っていない。
だが、笑っていた。
血まみれで。
疲れきって。
それでも、笑っていた。
『人生……こうでなきゃ、おもしろくねー』
奥山は、泣いた。
泣きながら怒った。
『何言ってるんですか! 全然おもしろくないです! こっちは心臓止まるかと思ったんですよ!』
『止まってねえなら、いいだろ』
『よくないです!』
伊藤が静かに言った。
『加藤一尉、生存確認。意識混濁あり。B-MAX後遺症、外傷、機体損傷多数。搬送箱確保』
白瀬の声が震えた。
『資料奪取、成功。繰り返します。物理資料の奪取は成功』
成功。
その言葉は、空っぽに聞こえた。
加藤は生きている。
資料もある。
核も不発に終わった。
住民も、今はまだ生きている。
成功と言っていいものは、いくつもある。
だが、荻野博士はまだ月華の中にいる。
確保できていない。
帰せていない。
加藤が小さく咳き込んだ。
『荻野は』
白瀬が答えられない。
伊藤も黙っている。
奥山は月華を見上げた。
銀白の機体が、ゆっくりと高度を上げ始めている。
『博士、待ってください』
奥山は叫んだ。
『どこへ行くんですか。隊長、生きてます。資料も取りました。だから戻ってきてください。戻るための足なんでしょう。博士が言ったんでしょう』
月華の脚が、空中でわずかに曲がる。
まるで、地面のない場所を踏みしめるように。
荻野の声が返ってきた。
『足は、帰るためだけにあるんじゃない』
『じゃあ何のためにあるんですか』
『迷うためだ』
奥山は言葉を失った。
荻野は続ける。
『人間は、まっすぐ帰れない。まっすぐ行くこともできない。怖がり、間違え、止まり、戻り、また別の道へ行く。そのために足がある』
『博士』
『私は、少し迷ってくる』
伊藤が回線へ入った。
『月華を持ち去るつもりですか』
『持ち去る? 違うな。月華が私を持っていく』
『あなたは戻れなくなる』
『もう半分は戻っていない』
伊藤の声が鋭くなった。
『それを自覚しているなら、なおさら降りてください。月華は危険です。あなたの精神は、すでに』
『伊藤』
荻野の声が、急に静かになった。
『お前は、空が嫌いか』
伊藤は答えなかった。
『嫌いなら、見ていろ。嫌いなものから目を逸らすな。空は、人を奪う。だが、奪われたものが全部死ぬわけではない』
伊藤の手が、操縦桿の上で止まった。
奥山には、その言葉の深さは分からない。
だが、伊藤の沈黙が痛んでいることは分かった。
加藤が、かすれた声で言う。
『荻野』
『何だ、加藤』
『帰れ』
『命令か』
『頼みだ』
通信の向こうで、荻野が笑った。
今度の笑いは、少しだけ寂しそうだった。
『お前が頼むようになったか』
『歳を取った』
『まだ若い』
『お前よりはな』
『なら、若い方が資料を持って走れ。年寄りは、少し遠回りをする』
月華の姿勢制御板が開いた。
さっき核を不発にした時のような、骨を広げる形。
だが今回は、戦うためではない。
去るためだ。
奥山は、そのことが分かってしまった。
『博士、駄目です』
声が子どもみたいだった。
『せっかく助かったのに、せっかく生きてるのに、どこかへ行かないでください』
荻野は、しばらく何も言わなかった。
月華の黒い光学面が、奥山の二号機へ向く。
薄い月色の光が揺れる。
『奥山』
『はい』
『怖いままでいろ』
奥山は、泣きながら笑った。
『簡単に言いますね』
『難しいから言う』
荻野の声が遠くなる。
月華が、少しずつ上昇していく。
山腹。
研究所。
燃える町。
住民たち。
壊れたピンポン野郎。
ボロボロの連華。
その全てを下に置いて、銀白の機体が空へ向かう。
白瀬が必死に呼びかけた。
『荻野博士、待ってください。中央へ説明します。保護手続きを取ります。月華一号機を降ろしてください。お願いです』
『凛』
『はい』
『良い声だ。最後まで、人の名前を呼べ』
白瀬は何も言えなくなった。
荻野は、全回線へ最後の一言を残した。
『生きていたらまた会おう』
月華が、空へ消えていった。
飛ぶというより、薄い雲の向こうに溶けた。
銀白の機体は、姿勢制御板を閉じる直前、ほんの一瞬だけ人間のように振り返った。
それが本当に振り返ったのか、奥山の願望だったのかは分からない。
次の瞬間、月華は白い光の粒が残る空の奥へ入り、見えなくなった。
荻野博士も、消えた。
誰も追えなかった。
伊藤の三号機は飛べない。
奥山の二号機は膝を壊している。
加藤の一号機は、基地内部で半壊している。
白瀬の通信は届いても、手は届かない。
手が届かないこと。
それが、これほど痛いものだと奥山は知らなかった。
加藤は、操縦殻の中で目を閉じた。
荻野の言葉が、耳に残っている。
生きていたらまた会おう。
生きていたら。
そこには約束がない。
保証もない。
だが、完全な別れでもない。
荻野らしい言葉だった。
残酷で、無責任で、少しだけ優しい。
加藤は笑おうとして、咳き込んだ。
血が喉に絡む。
操縦殻の中は、ひどい有様だった。
非常灯が赤く点滅している。
割れた計器の針が、床に落ちている。
B-MAXの過負荷で焼けた配線から、焦げた匂いがする。
右手の感覚が薄い。
左目の視界が狭い。
頭の中には、まだ速すぎる時間の残響がある。
全てが敵に見える一歩手前。
全てを壊せると思った瞬間。
そこから戻った。
いや、戻された。
奥山の声。
伊藤の遮断線。
白瀬の誘導。
荻野の資料。
赤い封印帯の搬送箱。
掴むものがあったから、壊すだけにならずに済んだ。
加藤は、搬送箱を見た。
連華一号機の壊れた腕は、まだそれを抱えている。
資料奪取は成功した。
荻野博士の確保は失敗した。
その報告文が、もう頭の中に浮かんでいる。
成功と失敗。
紙の上では二行で済む。
だが現場には、その二行の間に人間がいる。
泣いている奥山。
黙って空を見る伊藤。
名前を呼び続けた白瀬。
空へ消えた荻野。
そして、連華の中で血を吐きながら生きている自分。
加藤は、かすれた声で言った。
『白瀬』
『はい』
『報告しろ』
白瀬は息を整えた。
通信士の声に戻ろうとして、戻りきれない声で、ゆっくりと言った。
『作戦N000001。第1特務機械化隊は、篠籠島研究所地下二階防火保管室より、鉄脚系列設計原本、連華初期制御図、月華神経接続ログ、無人自律重機運用データを含む物理資料を奪取。搬送箱一基、確保』
白瀬は一度、言葉を切った。
『荻野誠一博士の身柄確保は失敗。博士は月華一号機を操作したまま、篠籠島上空より離脱。現在、追跡不能』
追跡不能。
また、その言葉だ。
烈火。
月華。
荻野。
人類は、大切なものをすぐ追えなくする。
奥山は、二号機の操縦殻で膝を抱えたかった。
だが連華の中では、それもできない。
機体は人間の形をしているが、人間の弱さを全部許してくれるわけではない。
奥山は送話レバーを押した。
『隊長』
『何だ』
『僕、ちょっと壊れました』
加藤は、少し黙った。
それから言った。
『ちょっとで済んだか』
『たぶん、けっこうです』
『なら、けっこう戻す』
『戻りますかね』
『戻す』
『命令ですか』
『頼みだ』
奥山は泣いた。
今度は声を殺さなかった。
泣き声が通信に乗った。
白瀬も、伊藤も、加藤も、誰も切らなかった。
戦場の回線に、兵士の泣き声が流れる。
本来なら、規律違反かもしれない。
だが今、篠籠島で最も人間らしい音は、それだった。
町役場から避難してきた住民たちが、山道の下から連華を見上げている。
彼らには通信の内容は聞こえない。
ただ、三機の鉄の巨人が、動かずに立ち尽くしているのが見えるだけだ。
さっきまで恐怖だったもの。
今も恐怖であるもの。
だが、その中に人間がいると、少しだけ分かる。
加藤は、外部スピーカーを開こうとした。
手がうまく動かない。
伊藤が代わりに開いた。
『住民各位へ。核攻撃は回避されました。研究所防衛網は一時沈黙。負傷者を優先し、町役場地下へ再集結してください。防衛庁第1特務機械化隊が誘導します』
淡々とした声だった。
だからこそ、人々は動き出した。
泣き崩れる者。
座り込む者。
子どもを抱えて走る者。
老人を支える者。
皆、助かったとは思っていない。
ただ、今この瞬間に死ななかっただけだ。
それでも人間は動く。
今この瞬間に死ななかったから、次の一歩を探す。
奥山は、二号機をゆっくり動かした。
左膝が悲鳴を上げる。
痛くはない。
だが痛い気がする。
彼は、機体の巨大な手を住民の進路から退けた。
その手はさっきまで敵を潰していた。
今は、道を空けている。
同じ手だ。
それが恐ろしかった。
そして、少しだけ救いでもあった。
伊藤は空を見ている。
月華が消えた方角。
彼の声が、低く通信へ入った。
『隊長』
『何だ』
『荻野博士は、月華を使って核を不発にした。その事実は、中央にとって希望ではなく脅威になります』
『分かってる』
『次は、月華を奪うために戦争が起きる』
加藤は答えなかった。
伊藤の言葉は予測ではない。
ほとんど確定した未来だった。
白い飛翔体を倒せない世界で、核を消せる月華が現れた。
各国は欲しがる。
政府は管理しようとする。
軍は兵器として数える。
宗教は奇跡と呼ぶかもしれない。
住民は救いと呼ぶかもしれない。
そして荻野博士は、そのどれからも逃げた。
生きていたらまた会おう。
その言葉は、再会の約束ではなく、世界への拒絶だったのかもしれない。
加藤は、目を閉じたまま言った。
『まずは帰る』
『帰れますか』
『帰る』
短い言葉だった。
自信ではない。
意地でもない。
それは、連華班に残った最後の命令だった。
戻る。
資料を持って。
住民を残して。
荻野を失って。
月華を追えず。
核を撃った人間の世界へ、それでも戻る。
奥山は、泣き終わった顔で前を見た。
怖い。
まだ怖い。
自分が壊れたことも怖い。
加藤が笑ったことも怖い。
荻野が空へ消えたことも怖い。
月華が美しかったことも怖い。
それでも、足は動く。
連華二号機の足が、一歩、山道を踏んだ。
ひび割れたアスファルトが沈む。
機体は軋む。
奥山は言った。
『隊長、帰りましょう』
加藤の返事は、少し遅れた。
『ああ』
その声は弱い。
だが、そこにいた。
奥山は、その声だけを目印にした。
空には、もう月華はいない。
白い光の粒も、少しずつ薄れている。
残ったのは、燃える島と、壊れた基地と、資料の入った搬送箱と、三機の傷だらけの連華。
そして、戻らなければならない人間たち。
作戦は終わっていない。
勝ってもいない。
むしろ、取り返しのつかないものをいくつも失った。
それでも、奥山は思った。
自分は壊れた。
でも、壊れたままでも、誰かの声を聞くことはできる。
壊れたままでも、足を動かすことはできる。
壊れたままでも、帰りたいと思うことはできる。
なら、まだ終わりではない。
連華班は、篠籠島の山道を下り始めた。
空の奥では、月華が消えた方角だけが、いつまでも薄く明るかった。
お読みいただきありがとうございます。
第18章「奥山、壊れる」でした。
荻野博士は「生きていたらまた会おう」と言い残し、月華とともに空へ消えます。加藤隊長はB-MAXの代償でボロボロになりながらも生存。資料は守り抜きました。ただ、荻野博士を連れて帰ることはできませんでした。
「壊れる」は暴走ではなく、助かった後に自分の中の壊れた部分を自覚する意味で書いています。
次章では、篠籠島の結果が外の世界へ波及し、人類自滅の流れがさらに強まっていきます。




