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大魔王ビックベンの伝説・その腹痛は世界を救う  作者: 水源


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9/13

私は聖女なんですから!

 ――翌朝。


 戦場跡には、まだ宴の名残が残っていた。


 人間と魔族。


 昨日までなら互いに剣を向けていた者たちが、今では肩を組み、酒を酌み交わしている。


「いやぁ、昨日はすごかったな!」


「邪神が帰っていくとはな!」


「まさか腹痛で世界が救われるとは!」


「ポコ様万歳!」


「ポコ様!」


「ポコ様ぁ!」


「…………」


 その頃。


 少し離れた場所では。


「…………」


 オヤスミが一人で座っていた。


「…………」


 朝食を食べている。


 パンを一口。


 スープを一口。


「…………」


 そして。


 ため息。


「…………」


 誰も来ない。


 誰も話しかけない。


 誰も――。


「オヤスミさん!」


「はい!」


 突然、兵士が駆け寄ってきた。


「昨日の戦い、本当にありがとうございました!」


「え?」


「あなたの防御魔法がなかったら、俺は死んでいました!」


「…………」


 オヤスミの目が潤む。


「覚えていてくれたんですね……」


「もちろんです!」


「…………」


 オヤスミは胸に手を当てた。


「よかった……」


 すると兵士が続ける。


「それにしても、ポコさんは凄いですよね!」


「…………」


「邪神の腹痛を治してしまうなんて!」


「…………」


「まさに聖女ですね!」


「…………」


 オヤスミの笑顔が固まった。


「……私も聖女なんですけど」


「え?」


「なんでもありません」


「?」


 兵士は去っていった。


 オヤスミは一人になった。


「…………」


「……私は聖女」


「…………」


「私は聖女……」


 自分に言い聞かせるように呟く。


「……たぶん」


 意を決したようにオヤスミは立ち上がり走り出した。


 そして勇者パーティの元へ辿りつく。


「……おかしくないですか?」


 近くにいたムーニーが振り返る。


「何が?」


「何がじゃありません!」


 オヤスミが詰め寄る。


「私は聖女ですよ!?」


「知ってる」


「勇者パーティの一員ですよ!?」


「知ってる」


「回復魔法の専門家ですよ!?」


「それも知ってる」


「なのに!」


 オヤスミが指を突きつける。


「私、聖女として認識されてませんよね!?」


「…………」


 ムーニーが黙った。


 グーンも黙った。


 ビッグ・ベンも黙った。


 そして三人は――。


 ゆっくりとポコを見る。


「…………」


 ポコは朝食のパンを食べていた。


「おいしいです」


「ポコぉぉぉぉぉぉっ!」


「はい?」


 オヤスミが叫ぶ。


「あなたのせいで私の出番が全部なくなったんですよ!」


「私のせいですか?」


「そうです!」


「でも、邪神さん、お腹が痛そうだったので」


「そういうところです!」


「?」


 ポコは首を傾げる。


「でもオヤスミさんも聖女ですよね?」


「そうですよ!」


「なら、私と一緒に治せばよかったのでは?」


「…………」


 オヤスミが固まる。


「……一緒に?」


「はい」


「どうやって?」


「二人で回復魔法を使えば、もっと早く治ったかもしれません」


「…………」


 オヤスミは考え込んだ。


 確かに。


 自分は回復と防御魔法を極めた聖女。


 ポコは薬師。


 本来なら、二人が力を合わせれば――。


「……待ってください」


「はい?」


「つまり」


 オヤスミの目が輝いた。


「私とポコさんが組めば――」


「はい」


「世界最強の治療コンビになれる?」


「たぶん」


「…………」


 オヤスミが拳を握る。


「それです!」


 立ち上がった。


「私はまだ終わっていません!」


「お?」


 ムーニーが笑う。


「何をするつもりだ?」


「決まっています!」


 オヤスミが胸を張る。


「人間と魔族、すべての怪我人を治します!」


「ほう」


「そして!」


 さらに胸を張る。


「世界中の病人を治します!」


「…………」


 グーンが腕を組む。


「壮大だな」


「聖女ですから!」


「さすが聖女だ」


 ビッグ・ベンも頷く。


「ならば余も協力しよう」


「本当ですか?」


「ああ」


 大魔王が胸を張る。


「魔族領には怪我人も多い。治療施設を作るぞ」


「ありがとうございます!」


 オヤスミの顔が輝く。


「では人間側も!」


 ムーニーが頷く。


「王国にも協力してもらおう」


「ありがとうございます!」


 グーンも頷いた。


「俺は薬草の採取場所を探そう」


「ありがとうございます!」


 ポコが手を挙げる。


「私は薬を作ります」


「はい!」


 こうして。


 新たな計画が始まった。


 ――世界規模医療改革。


 人間と魔族。


 昨日まで戦っていた両者が、今度は病気や怪我と戦うために手を組むことになったのである。


「…………」


 その様子を眺めながら。


 ムーニーがぽつりと呟く。


「……なんか、邪神を倒した後のほうが忙しくないか?」


「そうだな」


 グーンが頷く。


「戦争が終わったからといって、問題がなくなるわけではない」


「むしろ増えている気がするぞ」


「それは気のせいではない」


 ビッグ・ベンが真顔で答えた。


「人間と魔族が仲良くなったことで、余の仕事も三倍になった」


「大魔王なのに?」


「大魔王だからだ」


 そこへ。


「みなさーん!」


 オヤスミが走ってくる。


「まずは治療所を作りましょう!」


「……もう始まったか」


「当然です!」


 オヤスミが笑う。


「私は――」


 一度、空を見上げる。


 邪神が去った青空。


 もう戦いの気配はない。


「――聖女なんですから!」


 その笑顔を見て。


 ムーニーは笑った。


「そうだな」


 グーンも頷く。


「ああ」


 ビッグ・ベンも笑う。


「間違いなく聖女だ」


 ポコも笑顔で頷いた。


「はい。オヤスミさんは聖女です」


「…………」


 オヤスミの目に涙が浮かぶ。


「……ポコさん」


「はい?」


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


「私、頑張ります!」


「はい!」


 こうして。


 勇者ムーニー。


 剣聖グーン。


 大魔王ビッグベン。


 薬師ポコ。


 そして――。


 ようやく存在を認められた聖女オヤスミ。


 五人の新たな旅が始まろうとしていた。


 ただし。


「まずは治療所の場所を決めましょう!」


「はい!」


「その前に食事だ」


「またですか!?」


「腹が減っては戦はできん」


「もう戦争は終わりましたよ!?」


「……そうだったな」


 全員が笑った。


 そして。


 誰も気づいていなかった。


 遥か彼方。


 空の裂け目の向こうから。


『…………』


 一つの巨大な瞳が、こちらを見ていることに。


『…………』


 邪神は静かに呟いた。


『……あいつら、まだ元気なのか』


 そして。


 腹を押さえる。


『…………』


 少しだけ不安そうに。


『……薬、もう一つもらっておけばよかった』


 ――世界は救われた。


 だが。


 新たな物語は、これから始まる。


 そして聖女オヤスミは――。


「私は聖女なんですから!」


 今度こそ。


 誰にも忘れられない聖女になるために。


 勇者たちと共に歩き始めたのだった。


 そして


 メリーズ「あれ私は?」

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