私は聖女なんですから!
――翌朝。
戦場跡には、まだ宴の名残が残っていた。
人間と魔族。
昨日までなら互いに剣を向けていた者たちが、今では肩を組み、酒を酌み交わしている。
「いやぁ、昨日はすごかったな!」
「邪神が帰っていくとはな!」
「まさか腹痛で世界が救われるとは!」
「ポコ様万歳!」
「ポコ様!」
「ポコ様ぁ!」
「…………」
その頃。
少し離れた場所では。
「…………」
オヤスミが一人で座っていた。
「…………」
朝食を食べている。
パンを一口。
スープを一口。
「…………」
そして。
ため息。
「…………」
誰も来ない。
誰も話しかけない。
誰も――。
「オヤスミさん!」
「はい!」
突然、兵士が駆け寄ってきた。
「昨日の戦い、本当にありがとうございました!」
「え?」
「あなたの防御魔法がなかったら、俺は死んでいました!」
「…………」
オヤスミの目が潤む。
「覚えていてくれたんですね……」
「もちろんです!」
「…………」
オヤスミは胸に手を当てた。
「よかった……」
すると兵士が続ける。
「それにしても、ポコさんは凄いですよね!」
「…………」
「邪神の腹痛を治してしまうなんて!」
「…………」
「まさに聖女ですね!」
「…………」
オヤスミの笑顔が固まった。
「……私も聖女なんですけど」
「え?」
「なんでもありません」
「?」
兵士は去っていった。
オヤスミは一人になった。
「…………」
「……私は聖女」
「…………」
「私は聖女……」
自分に言い聞かせるように呟く。
「……たぶん」
意を決したようにオヤスミは立ち上がり走り出した。
そして勇者パーティの元へ辿りつく。
「……おかしくないですか?」
近くにいたムーニーが振り返る。
「何が?」
「何がじゃありません!」
オヤスミが詰め寄る。
「私は聖女ですよ!?」
「知ってる」
「勇者パーティの一員ですよ!?」
「知ってる」
「回復魔法の専門家ですよ!?」
「それも知ってる」
「なのに!」
オヤスミが指を突きつける。
「私、聖女として認識されてませんよね!?」
「…………」
ムーニーが黙った。
グーンも黙った。
ビッグ・ベンも黙った。
そして三人は――。
ゆっくりとポコを見る。
「…………」
ポコは朝食のパンを食べていた。
「おいしいです」
「ポコぉぉぉぉぉぉっ!」
「はい?」
オヤスミが叫ぶ。
「あなたのせいで私の出番が全部なくなったんですよ!」
「私のせいですか?」
「そうです!」
「でも、邪神さん、お腹が痛そうだったので」
「そういうところです!」
「?」
ポコは首を傾げる。
「でもオヤスミさんも聖女ですよね?」
「そうですよ!」
「なら、私と一緒に治せばよかったのでは?」
「…………」
オヤスミが固まる。
「……一緒に?」
「はい」
「どうやって?」
「二人で回復魔法を使えば、もっと早く治ったかもしれません」
「…………」
オヤスミは考え込んだ。
確かに。
自分は回復と防御魔法を極めた聖女。
ポコは薬師。
本来なら、二人が力を合わせれば――。
「……待ってください」
「はい?」
「つまり」
オヤスミの目が輝いた。
「私とポコさんが組めば――」
「はい」
「世界最強の治療コンビになれる?」
「たぶん」
「…………」
オヤスミが拳を握る。
「それです!」
立ち上がった。
「私はまだ終わっていません!」
「お?」
ムーニーが笑う。
「何をするつもりだ?」
「決まっています!」
オヤスミが胸を張る。
「人間と魔族、すべての怪我人を治します!」
「ほう」
「そして!」
さらに胸を張る。
「世界中の病人を治します!」
「…………」
グーンが腕を組む。
「壮大だな」
「聖女ですから!」
「さすが聖女だ」
ビッグ・ベンも頷く。
「ならば余も協力しよう」
「本当ですか?」
「ああ」
大魔王が胸を張る。
「魔族領には怪我人も多い。治療施設を作るぞ」
「ありがとうございます!」
オヤスミの顔が輝く。
「では人間側も!」
ムーニーが頷く。
「王国にも協力してもらおう」
「ありがとうございます!」
グーンも頷いた。
「俺は薬草の採取場所を探そう」
「ありがとうございます!」
ポコが手を挙げる。
「私は薬を作ります」
「はい!」
こうして。
新たな計画が始まった。
――世界規模医療改革。
人間と魔族。
昨日まで戦っていた両者が、今度は病気や怪我と戦うために手を組むことになったのである。
「…………」
その様子を眺めながら。
ムーニーがぽつりと呟く。
「……なんか、邪神を倒した後のほうが忙しくないか?」
「そうだな」
グーンが頷く。
「戦争が終わったからといって、問題がなくなるわけではない」
「むしろ増えている気がするぞ」
「それは気のせいではない」
ビッグ・ベンが真顔で答えた。
「人間と魔族が仲良くなったことで、余の仕事も三倍になった」
「大魔王なのに?」
「大魔王だからだ」
そこへ。
「みなさーん!」
オヤスミが走ってくる。
「まずは治療所を作りましょう!」
「……もう始まったか」
「当然です!」
オヤスミが笑う。
「私は――」
一度、空を見上げる。
邪神が去った青空。
もう戦いの気配はない。
「――聖女なんですから!」
その笑顔を見て。
ムーニーは笑った。
「そうだな」
グーンも頷く。
「ああ」
ビッグ・ベンも笑う。
「間違いなく聖女だ」
ポコも笑顔で頷いた。
「はい。オヤスミさんは聖女です」
「…………」
オヤスミの目に涙が浮かぶ。
「……ポコさん」
「はい?」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
「私、頑張ります!」
「はい!」
こうして。
勇者ムーニー。
剣聖グーン。
大魔王ビッグベン。
薬師ポコ。
そして――。
ようやく存在を認められた聖女オヤスミ。
五人の新たな旅が始まろうとしていた。
ただし。
「まずは治療所の場所を決めましょう!」
「はい!」
「その前に食事だ」
「またですか!?」
「腹が減っては戦はできん」
「もう戦争は終わりましたよ!?」
「……そうだったな」
全員が笑った。
そして。
誰も気づいていなかった。
遥か彼方。
空の裂け目の向こうから。
『…………』
一つの巨大な瞳が、こちらを見ていることに。
『…………』
邪神は静かに呟いた。
『……あいつら、まだ元気なのか』
そして。
腹を押さえる。
『…………』
少しだけ不安そうに。
『……薬、もう一つもらっておけばよかった』
――世界は救われた。
だが。
新たな物語は、これから始まる。
そして聖女オヤスミは――。
「私は聖女なんですから!」
今度こそ。
誰にも忘れられない聖女になるために。
勇者たちと共に歩き始めたのだった。
そして
メリーズ「あれ私は?」




