メリーズは激怒した
――翌朝。
「…………」
メリーズは怒っていた。
ものすごく。
それはもう。
世界を滅ぼそうとする邪神よりも。
人類を支配しようとする魔王よりも。
遥かに――。
静かに怒っていた。
「…………」
朝食の席。
ムーニーはパンを食べている。
グーンは紅茶を飲んでいる。
ビッグ・ベンは肉を食べている。
ポコは薬を整理している。
オヤスミは治療計画を書いている。
そして。
メリーズだけが。
何も食べずに座っていた。
「…………」
ムーニーがちらりと見る。
「メリーズ」
「なんですか?」
「食べないのか?」
「食欲がありません」
「珍しいな」
「ええ」
メリーズは静かに答える。
「昨日、私は賢者として存在していなかったようなので」
「…………」
ムーニーが目を逸らした。
「まだ怒ってるのか?」
「怒ってません」
「怒ってるだろ」
「怒ってません」
グーンが紅茶を飲みながら呟く。
「怒っている人間ほど『怒っていない』と言う」
「グーンさん?」
「なんだ?」
「あなたも私の存在を忘れてましたよね?」
「…………」
グーンが紅茶を置いた。
「すまない」
「謝罪が早いですね」
「怖いからな」
「何がです?」
「今のお前が」
「…………」
メリーズのこめかみに青筋が浮かんだ。
「私は――」
ゆっくり立ち上がる。
「勇者パーティの賢者ですよ?」
「ああ」
「攻撃魔法が使えます」
「ああ」
「防御魔法も使えます」
「ああ」
「補助魔法も使えます」
「ああ」
「回復魔法も使えます」
「…………」
「転移魔法も使えます」
「…………」
「結界魔法も使えます」
「…………」
「鑑定魔法も使えます」
「…………」
「古代魔法も使えます」
「…………」
「つまり――」
メリーズが机を叩いた。
「めちゃくちゃ便利なんですよ!?」
「それは知ってる」
「だったらもっと使ってください!」
「いや……」
ムーニーが困った顔をする。
「邪神戦争ではポコが――」
「腹痛だったからでしょう!?」
「そうだけど」
「私の出番がない理由になってません!」
「…………」
確かに。
ムーニーは反論できなかった。
そこへ。
「メリーズさん」
ポコが手を挙げる。
「はい?」
「昨日はごめんなさい」
「ポコさん?」
「私が邪神さんを治してしまったので」
「…………」
メリーズの表情が少し和らぐ。
「……ポコさんは悪くありません」
「本当ですか?」
「はい」
「よかったです」
ポコが笑う。
しかし。
「問題は――」
メリーズが三人を見る。
「あなたたちです!」
「「「…………」」」
ムーニー、グーン、ビッグ・ベン。
三人とも姿勢を正した。
「勇者!」
「はい!」
「剣聖!」
「はい!」
「大魔王!」
「うむ!」
「あなたたちは昨日、何をしていました?」
「邪神と戦っていた」
「そうですね」
メリーズが頷く。
「では質問します」
一歩近づく。
「その戦いで、私が使えそうな魔法はありませんでしたか?」
「…………」
「ありませんでしたか!?」
「……あった」
ムーニーが小さく答えた。
「ありましたよね!?」
「あった」
「たくさんありましたよね!?」
「あった」
「ではなぜ!」
メリーズが叫ぶ。
「私を呼ばなかったんですか!?」
「…………」
沈黙。
ビッグ・ベンが恐る恐る手を挙げる。
「余は――」
「なんですか?」
「その……」
大魔王が視線を逸らす。
「ポコが治してくれたから……」
「それは知っています!」
「はい」
「だからといって!」
メリーズが拳を握る。
「賢者を忘れていい理由にはならないでしょう!」
「ごもっともです」
グーンが素直に頷いた。
「でしょう!?」
「ああ」
「もっと早く言ってください!」
「すまない」
そのとき。
「まあまあ」
オヤスミが割って入った。
「メリーズさん」
「なんですか?」
「私も昨日、似たような気持ちでした」
「…………」
「私は聖女なのに、ポコさんに全部持っていかれました」
「…………」
「だから気持ちは分かります」
メリーズはオヤスミを見る。
そして。
二人は固い握手を交わした。
「……同志ですね」
「ええ」
「私たちは――」
「忘れられた女たち」
「…………」
ムーニーが小声で言った。
「その言い方はやめたほうがいいと思うぞ」
「勇者」
「はい」
「黙っていてください」
「はい」
完全に怒らせた。
◆
その日の昼。
王国軍の臨時会議が開かれた。
人間側の代表。
魔族側の代表。
そして勇者パーティ。
全員が集まっている。
「では」
王国軍総大将が口を開いた。
「今後の人間と魔族の関係について――」
「その前に」
メリーズが手を挙げた。
「はい?」
「提案があります」
全員がメリーズを見る。
「今後、魔族と人間の間で戦争が起きないよう、共同で研究機関を作りませんか?」
「研究機関?」
「はい」
メリーズは立ち上がった。
「私は賢者です」
「知っています」
「魔法について研究できます」
「なるほど」
「人間と魔族、それぞれの魔法体系を研究し、共有するんです」
「…………」
「さらに――」
メリーズが続ける。
「ポコさんの薬学」
「はい」
「オヤスミさんの回復魔法」
「はい」
「魔族の魔法技術」
「ほう」
「そして私の魔術知識」
「…………」
ビッグ・ベンが笑った。
「なるほど」
「何です?」
「これは面白い」
大魔王が腕を組む。
「戦うための力を、救うための力へ変えるのか」
「その通りです」
メリーズは頷いた。
「邪神戦争が終わった今だからこそできることです」
ムーニーも笑った。
「いいじゃないか」
グーンも頷く。
「ああ」
オヤスミも笑顔になる。
「私も賛成です」
ポコも手を挙げる。
「私もです」
「…………」
メリーズは四人を見る。
「……本当に?」
「何が?」
「私の提案を、ちゃんと聞いてくれるんですか?」
「当たり前だろ」
ムーニーが笑う。
「メリーズは賢者なんだから」
「…………」
メリーズの目が少し潤む。
「……それなら」
小さく笑った。
「許します」
「よかった」
ムーニーが胸を撫で下ろす。
しかし。
「ただし」
「ん?」
メリーズが笑顔のまま言った。
「次に私の存在を忘れたら――」
「忘れたら?」
「あなたたち全員に、三日間『賢者の説教』を聞かせます」
「…………」
「魔法より効きますよ?」
「やめてくれ」
ムーニーが即答した。
グーンも頷く。
「それは恐ろしい」
ビッグ・ベンも真顔になる。
「邪神より怖い」
「大魔王にそこまで言わせるな!」
メリーズが笑った。
久しぶりに。
本当に楽しそうに。
その姿を見ながら。
オヤスミが呟く。
「よかったですね、メリーズさん」
「はい」
「これでちゃんと賢者ですよ」
「…………」
メリーズが微笑む。
「ええ」
そして。
「私は――」
胸を張った。
「勇者パーティの賢者です!」
その瞬間。
会議室の扉が勢いよく開いた。
「大変です!」
兵士が駆け込んでくる。
「どうした?」
「魔族領から緊急連絡です!」
「何があった?」
兵士が震える声で答える。
「邪神が――」
「「「!?」」」
全員が立ち上がった。
「まさか……復活したのか!?」
「違います!」
「では何だ!?」
兵士は叫んだ。
「邪神がまた腹痛を起こしたそうです!」
「…………」
「…………」
「…………」
全員が固まった。
そして。
ポコが立ち上がる。
「行きましょう」
「待て!」
ムーニーが止める。
「なんで!?」
「患者さんですよ?」
「邪神だぞ!?」
「患者さんです」
「…………」
オヤスミが立ち上がる。
「私も行きます」
「聖女まで!?」
メリーズも立ち上がった。
「私もです」
「賢者まで!?」
グーンが魔剣を取る。
「俺も行こう」
「剣聖まで!?」
ビッグ・ベンが拳を握る。
「ならば余も行くぞ!」
「大魔王まで!?」
ムーニーは頭を抱えた。
「……俺だけ置いていくわけにもいかないだろ!」
こうして。
勇者。
剣聖。
大魔王。
聖女。
賢者。
薬師。
六人の英雄たちは――。
再び世界を救うため。
邪神のもとへ向かうことになった。
ただし。
今回の敵は――。
**腹痛だった。**




