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大魔王ビックベンの伝説・その腹痛は世界を救う  作者: 水源


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6/10

人類最後の希望

 ――来る。


 黒い軍勢が。


 地平線を埋め尽くしていた。


 その数――十万。


 人間と魔族。


 合わせても、こちらは数万にも届かない。


「……多すぎないか?」


 勇者ムーニーが呟いた。


「多いな」


 グーンが答える。


「どうする?」


「戦うしかないだろ」


「だよなぁ……」


 ムーニーは聖剣を握り直した。


 その隣では。


「…………」


 大魔王ビッグ・ベンが、黙って敵軍を見つめている。


「魔王」


「なんだ?」


「怖いのか?」


「まさか」


 即答だった。


 だが。


 ビッグ・ベンの額には――。


 冷や汗が流れている。


「……怖いんじゃん」


「違う!」


「じゃあ何だよ」


「緊張しているだけだ!」


「同じだろ」


「違う!」


 ポコがため息をついた。


「二人とも、戦いの前に喧嘩しないでください」


「喧嘩じゃない」


「そうだ」


 二人が同時に答えた。


「……仲良いですね」


「「どこがだ!」」


 声まで揃った。


     ◆


「――全軍、構え!」


 王国軍総大将の号令が響いた。


 盾兵が前へ出る。


 弓兵が後方へ下がる。


 魔術師たちが一斉に詠唱を始める。


 その隣には――。


 魔族の戦士たち。


 昨日までなら。


 絶対にあり得なかった光景だった。


「……魔族が隣にいるぞ」


「俺たち、昨日まで殺し合ってたよな?」


「考えるな」


「そうだな」


「今は敵が違う」


 人間たちが前を向く。


 魔族たちも武器を構える。


 そして、その中央に。


 勇者ムーニーと、大魔王ビッグ・ベンが並んで立っていた。


「来るぞ」


 ムーニーが言う。


「分かっている」


 ビッグ・ベンが答える。


 その瞬間。


「――第一波、来ます!」


 誰かが叫んだ。


 遠くで。


 黒い軍勢が、一斉に駆け出した。


 ズズズズズズズ……!


 大地が震える。


 土煙が舞う。


 十万の軍勢が。


 こちらへ押し寄せてくる。


「弓兵!」


 総大将が叫んだ。


「放てぇぇぇっ!」


 ヒュンッ!


 無数の矢が空を埋め尽くした。


 そして――。


 ドドドドドドドドッ!


 邪神軍の先頭へ降り注ぐ。


「当たった!」


「倒せ!」


 兵士たちが叫ぶ。


 だが。


「……なっ」


 誰かが息を呑んだ。


 倒れない。


 何百。


 何千。


 矢を受けながらも。


 邪神軍は止まらない。


「魔術師!」


「詠唱完了!」


「撃てぇぇぇっ!」


 炎。


 雷。


 氷。


 風。


 無数の魔法が戦場を駆け抜ける。


 轟音。


 爆発。


 黒煙。


 それでも。


 敵軍は止まらない。


「……化け物かよ」


 ムーニーが呟いた。


「だから邪神軍なのだ」


 ビッグ・ベンが答える。


「普通の軍隊だと思うな」


「じゃあ、どうする?」


「正面から止める」


「できるのか?」


 ビッグ・ベンが笑った。


「余を誰だと思っている?」


「腹痛のおっさん」


「貴様ァ!」


 ビッグ・ベンが怒鳴った。


 その瞬間。


「来たぞ!」


 グーンが叫ぶ。


 敵軍の先頭が。


 目の前まで迫っていた。


「――突撃!」


 王国軍が動く。


 魔族軍も動く。


 人間と魔族。


 二つの軍勢が――。


 初めて。


 同じ敵へ向かって突撃した。


 そして。


 激突する。


     ◆


「うおおおおおおっ!」


 ムーニーが聖剣を振り抜いた。


 黒い兵士が吹き飛ぶ。


 一体。


 二体。


 三体。


「勇者殿!」


 王国兵が叫ぶ。


「右です!」


「任せろ!」


 ムーニーが振り返る。


 迫っていた敵を――。


 グーンの魔剣が斬り裂いた。


「助かった!」


「礼は後だ!」


 グーンが叫ぶ。


「今は生き残れ!」


「おう!」


 その反対側では。


「ぬおおおおおおっ!」


 ビッグ・ベンが拳を振り抜いた。


 ドゴォン!


 巨大な邪神兵が吹き飛ぶ。


「オラァッ!」


 もう一体。


「次!」


 さらに一体。


 魔族たちが歓声を上げる。


「さすが魔王様!」


「魔王様についていけ!」


 ビッグ・ベンが吠える。


「怯むな!」


 その声が戦場に響き渡る。


「人間も魔族も関係ない!」


 拳を握る。


「今日だけは――」


 一拍。


「全員、仲間だ!」


 その言葉に。


 王国兵たちが顔を見合わせた。


「……仲間?」


 誰かが呟く。


 別の兵士が笑った。


「そうだ」


「今だけはな!」


「だったら――」


 剣を握り直す。


「負けるなぁぁぁぁっ!」


 人間から。


 魔族から。


 同時に雄叫びが上がった。


     ◆


「……数が減らない」


 後方。


 ポコが呟いた。


「次の人!」


「こっちです!」


「包帯を!」


「薬が足りません!」


「倉庫から持ってきて!」


 次々と運ばれてくる負傷兵。


 人間も。


 魔族も。


 区別なく治療を受けている。


 だが――。


 敵は十万。


 こちらは数万。


 戦力差は、あまりにも大きい。


「このままじゃ……」


 ポコが前線を見る。


 そのとき。


「ポコ!」


「ムーニーさん!」


 傷を負ったムーニーが戻ってきた。


「敵の中央に妙な奴がいる」


「妙な奴?」


「ああ」


 ムーニーが指差す。


 戦場の中央。


 黒い軍旗の下。


 一人だけ。


 微動だにせず立っている男がいた。


 周囲では激しい戦闘が続いている。


 それなのに。


 その男だけは。


 まるで戦場そのものを眺めているようだった。


「……指揮官?」


 ポコが呟く。


「たぶんな」


 グーンが答える。


「奴を倒せば、敵軍の動きを止められるかもしれん」


 ムーニーが頷いた。


「行くぞ」


「待て」


 低い声。


 ビッグ・ベンだった。


「余も行く」


「お前も?」


「当然だ」


 ビッグ・ベンが拳を握る。


「十万を相手にするなら、指揮官を潰すのが一番早い」


「じゃあ――」


 ムーニーが聖剣を構える。


「勇者と魔王で行くか」


「ああ」


「グーンは?」


「俺はここを守る」


 グーンが答えた。


「二人なら十分だろ」


「……本当に?」


「たぶんな」


「たぶんかよ!」


 ムーニーが笑う。


 そして。


「行くぞ、魔王!」


「遅れるな、勇者!」


 二人は同時に駆け出した。


     ◆


「来たか」


 黒い鎧の男が呟いた。


 赤い瞳が。


 二人を捉える。


「勇者ムーニー」


「……」


「そして――」


 男の視線がビッグ・ベンへ向く。


「大魔王ビッグ・ベン」


 ビッグ・ベンが足を止めた。


「貴様……何者だ?」


「お前たちが手を組むとはな」


 男が笑う。


「少々、予定が狂った」


「だったら――」


 ムーニーが聖剣を構える。


「予定を全部、狂わせてやるよ!」


 踏み込む。


 同時に。


 ビッグ・ベンも駆けた。


「行くぞ!」


「応!」


 二人の攻撃が。


 同時に――。


 叩き込まれる。


 聖剣。


 大魔王の拳。


 左右からの同時攻撃。


 だが。


 ガキィィィンッ!


「なっ……!」


 一本の剣。


 たった一本の剣で。


 二人の攻撃が。


 同時に受け止められていた。


「…………」


「…………」


 ムーニーとビッグ・ベンの顔が引きつる。


 男が笑った。


「面白い」


 そして。


 剣を振り払う。


「二人まとめて――」


 ドォンッ!


「「ぐあああああっ!」」


 勇者と魔王が。


 同時に吹き飛ばされた。


 地面を何度も転がる。


 ムーニーが聖剣を突き立て、どうにか止まる。


「ぐっ……!」


 その隣では。


「ぬおおおおおっ!」


 ビッグ・ベンが地面にめり込んでいた。


「魔王!」


「……無事だ」


 二人が立ち上がる。


 そのとき。


 背後から声が飛んできた。


「お前ら、何やってんだ!」


 グーンだった。


 戦場を駆け抜け、二人のもとへ合流する。


 そして。


 黒い鎧の男を見上げた。


「……女?」


 男――いや。


 その声を聞いた瞬間。


 黒い鎧の人物が眉をひそめた。


「我が名は――」


 一歩。


 前へ出る。


「邪神軍第一将――」


 赤い瞳が怪しく輝いた。


「邪神の巫女、ティベリウス」


「第一将……」


 ビッグ・ベンが呟く。


 グーンが首を傾げた。


「お前女だったのかよ」


 ティベリウスの眉が跳ね上がる。


「……」


 沈黙。


「ティベリウスが女の名前で何が悪い!」


 戦場のど真ん中に。


 怒声が響き渡った。


「いや、別に悪くはないけど……」


 グーンが困った顔をする。


「だったら言うな!」


「すまん」


「絶対にすまないと思っていないだろう!」


 ティベリウスが怒鳴る。


 その隣で。


 ムーニーが小声で言った。


「……あいつ、強いのか?」


「かなり強い」


 ビッグ・ベンが答える。


「だが、短気だな」


「聞こえているぞ!」


 ティベリウスが叫んだ。


「…………」


 三人が顔を見合わせる。


 なんだか。


 思っていたより。


 話が通じそうな相手だった。


 ――だが。


 次の瞬間。


 ティベリウスの殺気が膨れ上がった。


「ふざけるな……」


 空気が震える。


 地面が軋む。


「貴様ら――」


 剣を構える。


「私を侮辱したことを後悔させてやる!」


「来るぞ!」


 ムーニーが叫ぶ。


 聖剣を構える。


 ビッグ・ベンも拳を握る。


 グーンが魔剣を構えた。


「今度は三人だ」


 ムーニーが笑う。


「勇者と魔王と――」


 グーンが笑う。


「俺もいる」


 ティベリウスが踏み込んだ。


「まとめて相手をしてやる!」


 次の瞬間。


 四人の姿が――。


 戦場の中央から消えた。


 直後。


 ガキィィィン!


 ドゴォン!


 ズガァン!


 凄まじい衝撃音が戦場を震わせる。


 勇者。


 魔王。


 剣聖。


 そして――。


 邪神軍第一将。


 十万の軍勢が激突する戦場の中央で。


 世界の命運を懸けた戦いが――。


 本格的に始まった。

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