勇者一行と魔王
そして――。
賢者メリーズに寝たままのオヤスミが引きずられるように連れられ。
勇者パーティの残り二人も合流した。
攻撃から支援まで、あらゆる魔法を使いこなす賢者――メリーズ。
回復と防御魔法を極めた聖女――オヤスミ。
これで、勇者一行はついに四人となった。
聖剣を振るう勇者。
魔剣を操る剣聖。
戦場を支配する賢者。
仲間を守り続ける聖女。
まさに、人類が誇る最強の勇者パーティである。
――ただし。
この四人を知る者たちは、決して「普通の勇者パーティ」とは呼ばなかった。
◆
まず、賢者メリーズ。
彼女が使える魔法の数は、常人の想像を遥かに超えていた。
火。
水。
風。
土。
基本属性はもちろんのこと。
雷。
氷。
光。
闇。
一般的な魔術師なら、一生をかけても習得できるか分からない高位魔法すら自在に操る。
敵が大軍なら広範囲魔法。
巨大な魔物が相手なら一点集中の高威力魔法。
敵の魔術師が魔法を放てば、即座に打ち消す。
味方が苦戦すれば、身体能力を強化する。
敵が逃げれば、足を封じる。
遠くの敵を見つければ、索敵魔法。
視界を奪われれば、暗視魔法。
道に迷えば、転移魔法。
敵に囲まれれば、結界を張る。
幻影を作ることもできれば、幻影を見破ることもできる。
要するに――。
戦場で必要となる魔法なら、大抵のことはできてしまう。
だが。
メリーズの本当の恐ろしさは、魔法の種類の多さではない。
彼女は、
**「いつ、どの魔法を使うべきか」**
という判断能力においても、他の追随を許さなかった。
「敵、右前方に三十!」
戦場を駆けるムーニーが叫ぶ。
「確認しています」
メリーズは即答した。
「グーン。五秒後、左から回り込んできます」
「了解した」
「ムーニーは、そのまま正面をお願いします」
「おう!」
メリーズが右手を掲げる。
「三」
周囲の魔力が集まる。
「二」
空気が震える。
「一」
――ドォォォォンッ!
次の瞬間。
ムーニーたちの背後へ回り込もうとしていた魔物の群れが、巨大な雷撃によってまとめて吹き飛んだ。
「……見事だ」
グーンが呟く。
「ありがとうございます」
メリーズは涼しい顔で答える。
敵の位置。
味方の位置。
地形。
風向き。
敵の魔力量。
味方の疲労。
さらには敵の次の行動まで。
それらを瞬時に把握し、最適な魔法を選択する。
まるで、戦場そのものを頭上から見下ろしているかのようだった。
だからこそ、彼女と共に戦った兵士たちは、こう評した。
『メリーズがいる戦場では、敵は一人増え、味方は十人増える』
決して大げさな表現ではない。
彼女一人がいるだけで、戦場そのものが変わる。
敵の攻撃は届かなくなり。
味方の攻撃は届くようになる。
敵の魔法は封じられ。
味方の身体能力は引き上げられる。
そして、勝つべき戦いを確実に勝たせる。
まさに――。
勇者一行の頭脳。
戦場を支配する賢者。
それがメリーズだった。
――ただし。
そんな彼女にも、致命的な弱点がある。
魔法以外が、壊滅的なのだ。
◆
「…………」
ある日の昼。
メリーズが料理をしていた。
鍋の中には、黒紫色をした何かが煮えている。
「メリーズ」
「はい」
「これは何だ?」
「シチューです」
「……本当に?」
「はい」
ムーニーが鍋を覗き込む。
「なんで紫色なんだ?」
「魔法で煮込みました」
「なんで?」
「普通に煮込むより早く完成するので」
「料理に魔法を使うなよ!」
「便利ですよ?」
「そういう問題じゃない!」
さらに。
「……このパンは?」
「焼きました」
「石みたいに硬いんだけど?」
「少し焼きすぎました」
「少しじゃないだろ!」
「こちらのスープは?」
「……それ、何?」
「スープです」
「色が毒々しいんだけど?」
「薬草を入れました」
「分量は?」
「適当です」
「料理を適当で作るな!」
――魔法の天才。
戦場では一切の無駄がない。
しかし。
戦闘以外になると、途端に怪しくなる。
それが賢者メリーズだった。
◆
そして、もう一人。
回復と防御魔法を極めた聖女――オヤスミ。
彼女もまた、メリーズとは別の意味で規格外だった。
女神から授かった聖なる力によって、治癒魔法を極めている。
切り傷。
打撲。
骨折。
火傷。
重度の裂傷。
毒。
麻痺。
呪い。
普通の治癒術師なら長時間の治療を必要とする傷であっても、オヤスミなら短時間で治してしまう。
「腕が……!」
腕を斬られた兵士が、苦痛に顔を歪める。
「動かさないでください」
オヤスミが傷口へ手をかざす。
「――聖癒」
淡い光が傷口を包み込んだ。
流れ出ていた血が止まり。
裂けた肉が塞がっていく。
「……治った?」
「はい」
オヤスミは静かに頷く。
「もう大丈夫です」
「ありがとうございます!」
兵士が立ち上がる。
だが。
オヤスミの本当の恐ろしさは、治癒魔法ではない。
彼女が最も得意とするのは――。
防御魔法だった。
「――聖域展開」
オヤスミが手を広げる。
次の瞬間。
勇者一行を中心に、巨大な光の結界が展開された。
――ドガァァァンッ!
魔物の爪が結界を叩きつける。
だが。
びくともしない。
剣。
槍。
牙。
爪。
高位魔法。
そのすべてを防ぎ切る。
数百人規模の兵士をまとめて守ることすら可能な、大規模防御結界。
だからこそ、戦場ではこう言われている。
『オヤスミがいる限り、後ろを心配する必要はない』
前線で戦う者たちは、安心して背中を預けられる。
負傷しても治してもらえる。
敵の魔法が飛んできても防いでもらえる。
その安心感は絶大だった。
そして――。
オヤスミには、もう一つ。
勇者一行の誰もが恐れている、奇妙な特技があった。
「……眠いです」
「は?」
魔物の群れに囲まれた戦場。
ムーニーとグーンが必死に剣を振るい。
メリーズが次々と魔法を放っている。
そんな中。
オヤスミは大きく欠伸をした。
「もう寝ます」
「いや、今!?」
ムーニーが叫ぶ。
「今めちゃくちゃ戦ってる最中だぞ!?」
「はい」
「じゃあ寝るなよ!」
「でも、眠いので」
「理由が小学生なんだよ!」
オヤスミは目を擦った。
「おやすみなさい」
「おい!」
そのまま。
すぅ……。
「…………」
「…………」
「オヤスミ?」
返事はない。
「オヤスミ!」
「…………すぅ……」
「寝た!?」
ムーニーが頭を抱えた。
「寝るなぁぁぁぁぁっ!」
だが。
起きない。
爆発が起きても。
大地が揺れても。
魔物が叫んでも。
仲間が騒いでも。
起きない。
もはや一種の特殊能力である。
――しかし。
そんな彼女にも、たった一つだけ。
絶対に許せないことがあった。
仲間が傷つくことだ。
「…………」
魔物の攻撃が、ムーニーの肩を切り裂いた。
「ぐっ!」
血が飛び散る。
その瞬間。
眠っていたはずのオヤスミが、ゆっくりと顔を上げた。
「…………誰ですか?」
「オヤスミ?」
彼女は寝ぼけた目で魔物を見る。
髪は乱れ。
目も半分しか開いていない。
明らかに、まだ眠い。
だが。
その瞳だけは――。
静かな怒りに満ちていた。
「誰が……」
オヤスミが立ち上がる。
「私の仲間を傷つけたんですか?」
魔物たちが、一歩後ずさる。
「――聖壁」
瞬間。
巨大な聖結界が戦場を覆った。
――ドォォォンッ!
魔物の攻撃が弾き飛ばされる。
「聖癒」
続けて放たれた治癒魔法が、ムーニーの傷を瞬時に塞いだ。
「え?」
ムーニーが肩を見る。
「治った……」
「もう大丈夫です」
オヤスミは眠そうに答える。
「よかったですね」
そして。
大きく欠伸をする。
「では……」
目を閉じる。
「また寝ます」
「いや寝るな!」
ムーニーが叫ぶ。
だが。
オヤスミはすでに眠っていた。
「すぅ……」
「早い!」
これが聖女オヤスミ。
回復と防御においては、人類最高峰。
そして――。
眠っているときは、絶対に起こしてはいけない聖女である。
後に魔族たちは、彼女についてこう語ることになる。
『寝ている聖女は油断できる』
『だが――』
『起こしてはいけない』
そして度々パンツをなくす勇者。
「いかん、パンツがまたなくなった」
「んなわけあるかー」
ぶりぶりぶりぶりという音とともに黄金色の魔力を纏い、切りつけた場所から相手を蝕む魔剣ブリブリブリンガーを用いる剣聖。
「やべえ、うんこ剣の剣聖だぞ!」
「えんがちょー」
「誰がうんこ剣の剣聖だ!」
なお、このパーティ唯一の常識人兼ツッコミでもある。
◆
こうして。
攻撃を担う勇者ムーニー。
魔剣を操る剣聖グーン。
戦場を支配する賢者メリーズ。
仲間を守る聖女オヤスミ。
この四人が、人類最後の希望として揃った。
――もっとも。
この四人だけなら、まだ話は簡単だった。
問題は。
そこに薬師ポコまで加わってしまったことである。
ポコ本人には、その自覚がない。
自分はただの薬師。
怪我をした人がいれば治す。
病気の人がいれば薬を渡す。
それだけ。
本人は、本気でそう思っている。
だが。
この少女が勇者一行にもたらす影響は――。
本人の想像を遥かに超えることになる。
◆
その頃。
森の奥では――。
「ぐぬぬぬぬぬ……っ!」
大魔王ビッグ・ベンが、木の陰で悶絶していた。
「ま、まずい……!」
額から滝のような汗が流れている。
両足は、生まれたての小鹿のように震えていた。
そして何より深刻なのは――。
大魔王ともあろう者が、必死に内股を擦り合わせていることだった。
「ぐ、ぐぬぬぬぬぬ……っ!」
魔王の顔が苦悶に歪む。
「こ、このままでは……!」
限界は近い。
いや。
もう、とっくに限界を超えている。
「この大魔王ビッグ・ベンの……」
ビッグ・ベンは涙目になった。
「大便が……!」
ぷるぷると震えながら拳を握る。
「大爆発を起こしてしまうぅぅぅぅぅ――――っ!!」
「魔王様……」
遠巻きに見守っていた魔族兵が、おそるおそる声をかける。
「近寄るな!」
「しかし……」
「近寄るなと言っているだろう!」
「は、はい!」
「絶対に誰も近づくな!」
「了解しました!」
「見てもいけない!」
「見てません!」
「聞いてもいけない!」
「それは無理です!」
「うるさい!」
魔族兵たちは、そっと耳を塞いだ。
そのときだった。
「……魔王さん?」
「!?」
ビッグ・ベンが振り返る。
そこには――。
小さな薬箱を抱えた少女が立っていた。
「だ、誰だ貴様!」
「ポコです」
「ポコ……?」
「薬師です」
「薬師だと?」
ビッグ・ベンの目が鋭くなる。
「勇者の仲間か!」
「はい」
「ならば、なぜ余の前にいる!」
ポコは首を傾げた。
「お腹が痛そうだったので」
「…………」
「薬を持ってきました」
「…………」
ビッグ・ベンは絶句した。
「……余に?」
「はい」
「余は魔王だぞ?」
「知っています」
「人類の敵だぞ?」
「それも知っています」
「貴様ら人間を滅ぼそうとしているのだぞ?」
「それも知っています」
「ならば、なぜ余を助ける!?」
ビッグ・ベンが叫ぶ。
ポコは、きょとんとした。
「薬師だからです」
「…………」
「それに」
ポコは優しく続けた。
「今は世界を滅ぼすことより、お腹の痛みを治すほうが先じゃないですか?」
「…………」
大魔王ビッグ・ベンは。
何も言い返せなかった。
人間は自分を恐れる。
憎む。
殺そうとする。
それが当然だと思っていた。
自分自身も、そうなるように仕向けてきた。
だからこそ。
目の前の少女の言葉が理解できない。
「……貴様」
「はい?」
「余を……助けるのか?」
「もちろんです」
ポコは迷いなく答えた。
「まず、どこが痛いのか教えてください」
「腹だ」
「上ですか? 下ですか?」
「全体だ!」
「吐き気は?」
「ある!」
「熱は?」
「少し!」
「昨日、何を食べました?」
「…………」
ビッグ・ベンが黙り込む。
「魔王さん?」
「……魔族用の保存食を」
「他には?」
「…………」
「教えてください」
「……人間の町を襲ったときに」
「はい」
「祭壇に供えられていた菓子を……」
ポコの眉がぴくりと動く。
「……勝手に食べました?」
「……はい」
「なるほど」
ポコは深く頷いた。
「原因、それですね」
「やはりか……!」
ビッグ・ベンは頭を抱えた。
「供え物を食べた罰が当たったのだ!」
「いえ」
ポコは首を横に振る。
「単純に食べ過ぎだと思います」
「…………」
魔王の動きが止まった。
「……罰ではない?」
「たぶん」
「…………」
ビッグ・ベンは小さく呟いた。
「余は……食べ過ぎただけなのか?」
「はい」
「…………」
世界を滅ぼす大魔王が。
しばらく黙り込んだ。
やがて。
「……薬をくれ」
「はい」
ポコは薬箱を開く。
「胃腸を整える薬です」
「毒ではないのか?」
「薬師が患者に毒を渡すわけないでしょう」
「……患者?」
ビッグ・ベンは、その言葉を繰り返した。
魔王として扱われたことは何度もある。
恐れられたことも。
憎まれたことも。
討伐対象として狙われたことも。
だが。
「患者」と呼ばれたのは――。
初めてだった。
「……いただこう」
魔王は薬を受け取った。
そして。
ごくり。
「…………」
数秒。
「…………」
さらに数秒。
「……お?」
腹部の痛みが、少しずつ引いていく。
「おお……!」
ビッグ・ベンの目が輝いた。
「効いている!」
「よかったですね」
「素晴らしい!」
魔王は感動した。
「貴様……いや、ポコよ!」
「はい?」
「余の専属薬師にならぬか!?」
「お断りします」
「即答!?」
「私は病などで苦しんでいる人を助けたいだけのただの薬師です」
そのときだった。
「ポコー!」
森の向こうから、ムーニーたちが走ってくる。
「大丈夫か!?」
「大丈夫ですよ」
ポコは笑顔で答えた。
「魔王さんのお腹は治ってきました」
「…………」
ムーニーは魔王を見る。
次にポコを見る。
そして。
「魔王さんって普通に呼んでる……」
グーンが魔剣を抜いた。
「勇者、油断するな」
「分かってる」
ムーニーも聖剣を構える。
メリーズは周囲を見回し、魔力の流れを確認した。
そしてオヤスミは――。
「…………すぅ……」
「寝てる!?」
ムーニーが叫んだ。
「なんで寝られるんだよ!」
「オヤスミー、おきてー」
メリーズがオヤスミの頬をペチペチ叩く。
「zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz」
全く起きる気配はなかった。
しかし。
ビッグ・ベンは、そんな勇者たちを見ながら、ふと考えた。
本来なら。
今すぐ殺し合うべきなのだろう。
目の前にいるのは、人類の敵。
自分を倒すために集められた勇者たち。
だが。
「…………」
ビッグ・ベンは腹を押さえた。
まだ少しだけ痛い。
「……待て」
魔王が手を上げる。
「どうしました?」
ポコが首を傾げる。
「余は……」
ビッグ・ベンは真剣な顔で言った。
「まだ、少しだけ腹が痛い」
「…………」
ムーニーは聖剣を下ろした。
「……もう一回、薬を飲ませてあげたら?」
「はい」
「お前もそれでいいのかよ!」
グーンが思わず叫ぶ。
メリーズも小さくため息をついた。
「まあ、腹痛の患者を放置するのもどうかと思いますが。」
「賢者まで!?」
その横で。
「…………すぅ……」
オヤスミは寝ていた。
「それに」
メリーズは続けた。
「戦っているときにおもらしされても困ります」
この状況でも。
爆発寸前の魔王がいても。
勇者が剣を構えていても。
敵味方が入り乱れていても。
寝ていた。
ビッグ・ベンは、そんな勇者一行を見つめる。
そして。
ほんの少しだけ。
口元を緩めた。
「……変な奴らだ」
こうして。
人類と魔族の最終決戦は――。
またしても延期された。
原因は、魔王の腹痛。
そして。
その魔王を治療する薬師。
世界の歴史において、後世まで語り継がれることになる勇者と魔王の出会いは――。
あまりにも締まらない形で始まった。
だが。
この日を境に。
世界の運命は、大きく変わっていくことになる。
――魔王の腹痛から始まる、勇者と魔王の奇妙な共闘。
それが後に。
人類と魔族の歴史を変える、最初の一歩となった。




