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大魔王ビックベンの伝説・その腹痛は世界を救う  作者: 水源


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2/11

勇者一行と魔王

 そして――。


 賢者メリーズに寝たままのオヤスミが引きずられるように連れられ。


 勇者パーティの残り二人も合流した。


 攻撃から支援まで、あらゆる魔法を使いこなす賢者――メリーズ。


 回復と防御魔法を極めた聖女――オヤスミ。


 これで、勇者一行はついに四人となった。


 聖剣を振るう勇者。


 魔剣を操る剣聖。


 戦場を支配する賢者。


 仲間を守り続ける聖女。


 まさに、人類が誇る最強の勇者パーティである。


 ――ただし。


 この四人を知る者たちは、決して「普通の勇者パーティ」とは呼ばなかった。


 ◆


 まず、賢者メリーズ。


 彼女が使える魔法の数は、常人の想像を遥かに超えていた。


 火。


 水。


 風。


 土。


 基本属性はもちろんのこと。


 雷。


 氷。


 光。


 闇。


 一般的な魔術師なら、一生をかけても習得できるか分からない高位魔法すら自在に操る。


 敵が大軍なら広範囲魔法。


 巨大な魔物が相手なら一点集中の高威力魔法。


 敵の魔術師が魔法を放てば、即座に打ち消す。


 味方が苦戦すれば、身体能力を強化する。


 敵が逃げれば、足を封じる。


 遠くの敵を見つければ、索敵魔法。


 視界を奪われれば、暗視魔法。


 道に迷えば、転移魔法。


 敵に囲まれれば、結界を張る。


 幻影を作ることもできれば、幻影を見破ることもできる。


 要するに――。


 戦場で必要となる魔法なら、大抵のことはできてしまう。


 だが。


 メリーズの本当の恐ろしさは、魔法の種類の多さではない。


 彼女は、


 **「いつ、どの魔法を使うべきか」**


 という判断能力においても、他の追随を許さなかった。


「敵、右前方に三十!」


 戦場を駆けるムーニーが叫ぶ。


「確認しています」


 メリーズは即答した。


「グーン。五秒後、左から回り込んできます」


「了解した」


「ムーニーは、そのまま正面をお願いします」


「おう!」


 メリーズが右手を掲げる。


「三」


 周囲の魔力が集まる。


「二」


 空気が震える。


「一」


 ――ドォォォォンッ!


 次の瞬間。


 ムーニーたちの背後へ回り込もうとしていた魔物の群れが、巨大な雷撃によってまとめて吹き飛んだ。


「……見事だ」


 グーンが呟く。


「ありがとうございます」


 メリーズは涼しい顔で答える。


 敵の位置。


 味方の位置。


 地形。


 風向き。


 敵の魔力量。


 味方の疲労。


 さらには敵の次の行動まで。


 それらを瞬時に把握し、最適な魔法を選択する。


 まるで、戦場そのものを頭上から見下ろしているかのようだった。


 だからこそ、彼女と共に戦った兵士たちは、こう評した。


『メリーズがいる戦場では、敵は一人増え、味方は十人増える』


 決して大げさな表現ではない。


 彼女一人がいるだけで、戦場そのものが変わる。


 敵の攻撃は届かなくなり。


 味方の攻撃は届くようになる。


 敵の魔法は封じられ。


 味方の身体能力は引き上げられる。


 そして、勝つべき戦いを確実に勝たせる。


 まさに――。


 勇者一行の頭脳。


 戦場を支配する賢者。


 それがメリーズだった。


 ――ただし。


 そんな彼女にも、致命的な弱点がある。


 魔法以外が、壊滅的なのだ。


 ◆


「…………」


 ある日の昼。


 メリーズが料理をしていた。


 鍋の中には、黒紫色をした何かが煮えている。


「メリーズ」


「はい」


「これは何だ?」


「シチューです」


「……本当に?」


「はい」


 ムーニーが鍋を覗き込む。


「なんで紫色なんだ?」


「魔法で煮込みました」


「なんで?」


「普通に煮込むより早く完成するので」


「料理に魔法を使うなよ!」


「便利ですよ?」


「そういう問題じゃない!」


 さらに。


「……このパンは?」


「焼きました」


「石みたいに硬いんだけど?」


「少し焼きすぎました」


「少しじゃないだろ!」


「こちらのスープは?」


「……それ、何?」


「スープです」


「色が毒々しいんだけど?」


「薬草を入れました」


「分量は?」


「適当です」


「料理を適当で作るな!」


 ――魔法の天才。


 戦場では一切の無駄がない。


 しかし。


 戦闘以外になると、途端に怪しくなる。


 それが賢者メリーズだった。


 ◆


 そして、もう一人。


 回復と防御魔法を極めた聖女――オヤスミ。


 彼女もまた、メリーズとは別の意味で規格外だった。


 女神から授かった聖なる力によって、治癒魔法を極めている。


 切り傷。


 打撲。


 骨折。


 火傷。


 重度の裂傷。


 毒。


 麻痺。


 呪い。


 普通の治癒術師なら長時間の治療を必要とする傷であっても、オヤスミなら短時間で治してしまう。


「腕が……!」


 腕を斬られた兵士が、苦痛に顔を歪める。


「動かさないでください」


 オヤスミが傷口へ手をかざす。


「――聖癒」


 淡い光が傷口を包み込んだ。


 流れ出ていた血が止まり。


 裂けた肉が塞がっていく。


「……治った?」


「はい」


 オヤスミは静かに頷く。


「もう大丈夫です」


「ありがとうございます!」


 兵士が立ち上がる。


 だが。


 オヤスミの本当の恐ろしさは、治癒魔法ではない。


 彼女が最も得意とするのは――。


 防御魔法だった。


「――聖域展開」


 オヤスミが手を広げる。


 次の瞬間。


 勇者一行を中心に、巨大な光の結界が展開された。


 ――ドガァァァンッ!


 魔物の爪が結界を叩きつける。


 だが。


 びくともしない。


 剣。


 槍。


 牙。


 爪。


 高位魔法。


 そのすべてを防ぎ切る。


 数百人規模の兵士をまとめて守ることすら可能な、大規模防御結界。


 だからこそ、戦場ではこう言われている。


『オヤスミがいる限り、後ろを心配する必要はない』


 前線で戦う者たちは、安心して背中を預けられる。


 負傷しても治してもらえる。


 敵の魔法が飛んできても防いでもらえる。


 その安心感は絶大だった。


 そして――。


 オヤスミには、もう一つ。


 勇者一行の誰もが恐れている、奇妙な特技があった。


「……眠いです」


「は?」


 魔物の群れに囲まれた戦場。


 ムーニーとグーンが必死に剣を振るい。


 メリーズが次々と魔法を放っている。


 そんな中。


 オヤスミは大きく欠伸をした。


「もう寝ます」


「いや、今!?」


 ムーニーが叫ぶ。


「今めちゃくちゃ戦ってる最中だぞ!?」


「はい」


「じゃあ寝るなよ!」


「でも、眠いので」


「理由が小学生なんだよ!」


 オヤスミは目を擦った。


「おやすみなさい」


「おい!」


 そのまま。


 すぅ……。


「…………」


「…………」


「オヤスミ?」


 返事はない。


「オヤスミ!」


「…………すぅ……」


「寝た!?」


 ムーニーが頭を抱えた。


「寝るなぁぁぁぁぁっ!」


 だが。


 起きない。


 爆発が起きても。


 大地が揺れても。


 魔物が叫んでも。


 仲間が騒いでも。


 起きない。


 もはや一種の特殊能力である。


 ――しかし。


 そんな彼女にも、たった一つだけ。


 絶対に許せないことがあった。


 仲間が傷つくことだ。


「…………」


 魔物の攻撃が、ムーニーの肩を切り裂いた。


「ぐっ!」


 血が飛び散る。


 その瞬間。


 眠っていたはずのオヤスミが、ゆっくりと顔を上げた。


「…………誰ですか?」


「オヤスミ?」


 彼女は寝ぼけた目で魔物を見る。


 髪は乱れ。


 目も半分しか開いていない。


 明らかに、まだ眠い。


 だが。


 その瞳だけは――。


 静かな怒りに満ちていた。


「誰が……」


 オヤスミが立ち上がる。


「私の仲間を傷つけたんですか?」


 魔物たちが、一歩後ずさる。


「――聖壁」


 瞬間。


 巨大な聖結界が戦場を覆った。


 ――ドォォォンッ!


 魔物の攻撃が弾き飛ばされる。


「聖癒」


 続けて放たれた治癒魔法が、ムーニーの傷を瞬時に塞いだ。


「え?」


 ムーニーが肩を見る。


「治った……」


「もう大丈夫です」


 オヤスミは眠そうに答える。


「よかったですね」


 そして。


 大きく欠伸をする。


「では……」


 目を閉じる。


「また寝ます」


「いや寝るな!」


 ムーニーが叫ぶ。


 だが。


 オヤスミはすでに眠っていた。


「すぅ……」


「早い!」


 これが聖女オヤスミ。


 回復と防御においては、人類最高峰。


 そして――。


 眠っているときは、絶対に起こしてはいけない聖女である。


 後に魔族たちは、彼女についてこう語ることになる。


『寝ている聖女は油断できる』


『だが――』


『起こしてはいけない』


 そして度々パンツをなくす勇者。


「いかん、パンツがまたなくなった」


「んなわけあるかー」


 ぶりぶりぶりぶりという音とともに黄金色の魔力を纏い、切りつけた場所から相手を蝕む魔剣ブリブリブリンガーを用いる剣聖。


「やべえ、うんこ剣の剣聖だぞ!」


「えんがちょー」


「誰がうんこ剣の剣聖だ!」


 なお、このパーティ唯一の常識人兼ツッコミでもある。


 ◆


 こうして。


 攻撃を担う勇者ムーニー。


 魔剣を操る剣聖グーン。


 戦場を支配する賢者メリーズ。


 仲間を守る聖女オヤスミ。


 この四人が、人類最後の希望として揃った。


 ――もっとも。


 この四人だけなら、まだ話は簡単だった。


 問題は。


 そこに薬師ポコまで加わってしまったことである。


 ポコ本人には、その自覚がない。


 自分はただの薬師。


 怪我をした人がいれば治す。


 病気の人がいれば薬を渡す。


 それだけ。


 本人は、本気でそう思っている。


 だが。


 この少女が勇者一行にもたらす影響は――。


 本人の想像を遥かに超えることになる。


 ◆


 その頃。


 森の奥では――。


「ぐぬぬぬぬぬ……っ!」


 大魔王ビッグ・ベンが、木の陰で悶絶していた。


「ま、まずい……!」


 額から滝のような汗が流れている。


 両足は、生まれたての小鹿のように震えていた。


 そして何より深刻なのは――。


 大魔王ともあろう者が、必死に内股を擦り合わせていることだった。


「ぐ、ぐぬぬぬぬぬ……っ!」


 魔王の顔が苦悶に歪む。


「こ、このままでは……!」


 限界は近い。


 いや。


 もう、とっくに限界を超えている。


「この大魔王ビッグ・ベンの……」


 ビッグ・ベンは涙目になった。


大便ビッグ・ベンが……!」


 ぷるぷると震えながら拳を握る。


大爆発ビッグ・バンを起こしてしまうぅぅぅぅぅ――――っ!!」


「魔王様……」


 遠巻きに見守っていた魔族兵が、おそるおそる声をかける。


「近寄るな!」


「しかし……」


「近寄るなと言っているだろう!」


「は、はい!」


「絶対に誰も近づくな!」


「了解しました!」


「見てもいけない!」


「見てません!」


「聞いてもいけない!」


「それは無理です!」


「うるさい!」


 魔族兵たちは、そっと耳を塞いだ。


 そのときだった。


「……魔王さん?」


「!?」


 ビッグ・ベンが振り返る。


 そこには――。


 小さな薬箱を抱えた少女が立っていた。


「だ、誰だ貴様!」


「ポコです」


「ポコ……?」


「薬師です」


「薬師だと?」


 ビッグ・ベンの目が鋭くなる。


「勇者の仲間か!」


「はい」


「ならば、なぜ余の前にいる!」


 ポコは首を傾げた。


「お腹が痛そうだったので」


「…………」


「薬を持ってきました」


「…………」


 ビッグ・ベンは絶句した。


「……余に?」


「はい」


「余は魔王だぞ?」


「知っています」


「人類の敵だぞ?」


「それも知っています」


「貴様ら人間を滅ぼそうとしているのだぞ?」


「それも知っています」


「ならば、なぜ余を助ける!?」


 ビッグ・ベンが叫ぶ。


 ポコは、きょとんとした。


「薬師だからです」


「…………」


「それに」


 ポコは優しく続けた。


「今は世界を滅ぼすことより、お腹の痛みを治すほうが先じゃないですか?」


「…………」


 大魔王ビッグ・ベンは。


 何も言い返せなかった。


 人間は自分を恐れる。


 憎む。


 殺そうとする。


 それが当然だと思っていた。


 自分自身も、そうなるように仕向けてきた。


 だからこそ。


 目の前の少女の言葉が理解できない。


「……貴様」


「はい?」


「余を……助けるのか?」


「もちろんです」


 ポコは迷いなく答えた。


「まず、どこが痛いのか教えてください」


「腹だ」


「上ですか? 下ですか?」


「全体だ!」


「吐き気は?」


「ある!」


「熱は?」


「少し!」


「昨日、何を食べました?」


「…………」


 ビッグ・ベンが黙り込む。


「魔王さん?」


「……魔族用の保存食を」


「他には?」


「…………」


「教えてください」


「……人間の町を襲ったときに」


「はい」


「祭壇に供えられていた菓子を……」


 ポコの眉がぴくりと動く。


「……勝手に食べました?」


「……はい」


「なるほど」


 ポコは深く頷いた。


「原因、それですね」


「やはりか……!」


 ビッグ・ベンは頭を抱えた。


「供え物を食べた罰が当たったのだ!」


「いえ」


 ポコは首を横に振る。


「単純に食べ過ぎだと思います」


「…………」


 魔王の動きが止まった。


「……罰ではない?」


「たぶん」


「…………」


 ビッグ・ベンは小さく呟いた。


「余は……食べ過ぎただけなのか?」


「はい」


「…………」


 世界を滅ぼす大魔王が。


 しばらく黙り込んだ。


 やがて。


「……薬をくれ」


「はい」


 ポコは薬箱を開く。


「胃腸を整える薬です」


「毒ではないのか?」


「薬師が患者に毒を渡すわけないでしょう」


「……患者?」


 ビッグ・ベンは、その言葉を繰り返した。


 魔王として扱われたことは何度もある。


 恐れられたことも。


 憎まれたことも。


 討伐対象として狙われたことも。


 だが。


「患者」と呼ばれたのは――。


 初めてだった。


「……いただこう」


 魔王は薬を受け取った。


 そして。


 ごくり。


「…………」


 数秒。


「…………」


 さらに数秒。


「……お?」


 腹部の痛みが、少しずつ引いていく。


「おお……!」


 ビッグ・ベンの目が輝いた。


「効いている!」


「よかったですね」


「素晴らしい!」


 魔王は感動した。


「貴様……いや、ポコよ!」


「はい?」


「余の専属薬師にならぬか!?」


「お断りします」


「即答!?」


「私は病などで苦しんでいる人を助けたいだけのただの薬師です」


 そのときだった。


「ポコー!」


 森の向こうから、ムーニーたちが走ってくる。


「大丈夫か!?」


「大丈夫ですよ」


 ポコは笑顔で答えた。


「魔王さんのお腹は治ってきました」


「…………」


 ムーニーは魔王を見る。


 次にポコを見る。


 そして。


「魔王さんって普通に呼んでる……」


 グーンが魔剣を抜いた。


「勇者、油断するな」


「分かってる」


 ムーニーも聖剣を構える。


 メリーズは周囲を見回し、魔力の流れを確認した。


 そしてオヤスミは――。


「…………すぅ……」


「寝てる!?」


 ムーニーが叫んだ。


「なんで寝られるんだよ!」


「オヤスミー、おきてー」


 メリーズがオヤスミの頬をペチペチ叩く。


「zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz」


 全く起きる気配はなかった。


 しかし。


 ビッグ・ベンは、そんな勇者たちを見ながら、ふと考えた。


 本来なら。


 今すぐ殺し合うべきなのだろう。


 目の前にいるのは、人類の敵。


 自分を倒すために集められた勇者たち。


 だが。


「…………」


 ビッグ・ベンは腹を押さえた。


 まだ少しだけ痛い。


「……待て」


 魔王が手を上げる。


「どうしました?」


 ポコが首を傾げる。


「余は……」


 ビッグ・ベンは真剣な顔で言った。


「まだ、少しだけ腹が痛い」


「…………」


 ムーニーは聖剣を下ろした。


「……もう一回、薬を飲ませてあげたら?」


「はい」


「お前もそれでいいのかよ!」


 グーンが思わず叫ぶ。


 メリーズも小さくため息をついた。


「まあ、腹痛の患者を放置するのもどうかと思いますが。」


「賢者まで!?」


 その横で。


「…………すぅ……」


 オヤスミは寝ていた。


「それに」


 メリーズは続けた。


「戦っているときにおもらしされても困ります」


 この状況でも。


 爆発寸前の魔王がいても。


 勇者が剣を構えていても。


 敵味方が入り乱れていても。


 寝ていた。


 ビッグ・ベンは、そんな勇者一行を見つめる。


 そして。


 ほんの少しだけ。


 口元を緩めた。


「……変な奴らだ」


 こうして。


 人類と魔族の最終決戦は――。


 またしても延期された。


 原因は、魔王の腹痛。


 そして。


 その魔王を治療する薬師。


 世界の歴史において、後世まで語り継がれることになる勇者と魔王の出会いは――。


 あまりにも締まらない形で始まった。


 だが。


 この日を境に。


 世界の運命は、大きく変わっていくことになる。


 ――魔王の腹痛から始まる、勇者と魔王の奇妙な共闘。


 それが後に。


 人類と魔族の歴史を変える、最初の一歩となった。

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