ティベリウスの休日
――それから。
さらに一週間が経った。
「…………」
朝。
勇者パーティの食堂。
いつものように。
『起きろぉぉぉぉぉぉぉっ!!』
――ズドォォォォォン!!
「うるさぁぁぁぁぁぁい!!」
ムーニーが飛び起きる。
「朝から何なんだ!」
『朝だからだ』
「それは分かってる!」
グーンも布団から顔を出す。
「……今日は何だ?」
『パンだ』
「毎日だろ」
『今日は十七個』
「増えてる!」
ビッグ・ベンが立ち上がる。
「余も十八個だ」
「対抗するな!」
そんな騒ぎの中。
「…………」
ティベリウスは。
静かに布団から起き上がった。
「おはようございます」
『おはよう』
「今日も元気ですね」
『ああ』
ティベリウスは時計を見る。
「…………」
そして。
「今日は――」
メリーズが予定表を確認する。
「あ」
「どうしました?」
「今日は何もありません」
「…………」
全員が止まった。
「何も?」
「はい」
メリーズが予定表を見せる。
「王国との会談もありません」
「魔法研究は?」
「休みです」
「治療所は?」
「今日は別の方が担当します」
「畑は?」
ポコが笑う。
「昨日、全部終わりました」
「…………」
ムーニーが呟く。
「つまり」
グーンが言う。
「今日は休日だ」
「…………」
ティベリウスは。
少し考えた。
「休日……」
◆
朝食。
いつもよりゆっくりと食事をする。
誰も急いでいない。
邪神も。
今日はパンを十七個食べながら。
『今日は何をする?』
と聞いている。
「何もしない」
ムーニーが答えた。
『何もしない?』
「ああ」
『それは何をするんだ?』
「何もしないんだよ」
『…………』
邪神が混乱する。
「休日なんだから休むんだ」
『休む……』
「そう」
『では寝る』
「それもいい」
『分かった』
邪神が目を閉じる。
――ズゥゥゥゥン。
「…………」
宿舎の外で。
邪神が寝始めた。
地面が揺れる。
「…………」
ティベリウスが窓を見る。
「……あれでいいんですか?」
「いつものことだ」
ムーニーが答える。
「そうですか……」
◆
午前。
ティベリウスは。
何をすればいいのか分からなかった。
「…………」
部屋を掃除する。
終わった。
本を読む。
終わった。
窓を開ける。
外を見る。
「…………」
暇だった。
「…………」
ティベリウスは。
廊下に出る。
「ムーニー」
「ん?」
「休日は何をするんですか?」
「寝る」
「グーンは?」
「寝る」
「オヤスミは?」
「昼寝です」
「メリーズは?」
「本を読みます」
「ポコは?」
「料理をします!」
「ビッグ・ベンは?」
「鍛える」
「…………」
ティベリウスは。
全員を見る。
「皆さん、休日でも普通に活動してませんか?」
「…………」
ムーニーが黙る。
「確かに」
◆
その頃。
宿舎の外。
『…………』
邪神は。
昼寝をしていた。
そこへ。
「邪神様」
『…………』
「邪神様?」
『…………』
ティベリウスが呼びかける。
返事がない。
「…………」
近づく。
『…………ぐぉぉぉぉぉ……』
「…………」
寝息だった。
ものすごく大きい。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
ティベリウスは。
しばらく眺める。
「…………」
そして。
邪神の巨大な頭の上に。
そっと。
布を掛けた。
『…………』
「風邪を引かないようにしてくださいね」
『…………』
返事はない。
ティベリウスは笑う。
「おやすみなさい」
◆
昼。
「ティベリウスさん!」
ポコが呼ぶ。
「一緒に料理しませんか?」
「料理ですか?」
「はい!」
「やったことがありません」
「大丈夫です!」
厨房。
「まず野菜を切ります」
「はい」
「こうです」
ポコが包丁を動かす。
「分かりました」
ティベリウスも切る。
トントントン。
「上手です!」
「本当ですか?」
「はい!」
ティベリウスは少し嬉しそうだった。
「では、次はスープを」
「はい」
鍋に野菜を入れる。
火をつける。
「…………」
ぐつぐつ。
「味見してみましょう」
「はい」
ティベリウスが一口飲む。
「…………」
「どうですか?」
「…………少し薄いですね」
「では塩を」
少し。
「どうですか?」
「もう少し」
少し。
「どうですか?」
「ちょうどいいです」
「よかった!」
そこへ。
『何を作っている?』
「邪神さん!」
巨大な顔が窓の外から覗いていた。
「スープですよ」
『スープか』
「はい」
『味見していいか?』
「もちろんです」
邪神が。
鍋に近づく。
そして。
――ずずずずずっ。
「…………」
鍋の中身が。
一瞬で消えた。
「…………」
「…………」
『美味い』
「邪神さん」
『なんだ?』
「全部飲まないでください」
『…………』
「みんなの分です」
『…………すまん』
ティベリウスが笑った。
「では、もう一度作りましょう」
『我も手伝う』
「鍋を持つだけですよ?」
『それでも手伝いだ』
「そうですね」
◆
午後。
全員で街へ出ることになった。
「休日なんだから」
ムーニーが言った。
「たまには遊ぼう」
「遊ぶ?」
ティベリウスが首を傾げる。
「ああ」
「何をするんですか?」
「市場を見たり」
「はい」
「菓子を買ったり」
「はい」
「服を見たり」
「…………」
ティベリウスの目が少し輝いた。
「行きます」
「分かりやすいな……」
◆
市場。
「…………」
ティベリウスは。
露店を眺めていた。
焼き菓子。
果物。
装飾品。
色とりどりの布。
「…………」
ポコが隣に立つ。
「欲しいものがあったら言ってくださいね」
「ありがとうございます」
ティベリウスが。
一つの髪飾りを見る。
小さな花を模したものだった。
「…………」
「それ、可愛いですね」
ポコが言う。
「そうですね」
「買います?」
「…………」
ティベリウスは首を振った。
「いいえ」
「どうして?」
「私には贅沢ですから」
ムーニーが後ろから聞いていた。
「…………」
そして。
「店員さん」
「はい?」
「これ、いくらですか?」
「銀貨一枚です」
「じゃあ買う」
「ムーニー?」
「休日だろ」
「でも……」
「仲間へのプレゼントくらい、いいだろ」
「…………」
ティベリウスは。
髪飾りを受け取った。
「…………ありがとうございます」
「どういたしまして」
ティベリウスは。
その髪飾りを髪につけた。
「…………」
ポコが笑う。
「似合っています」
「はい」
ティベリウスも笑った。
「……嬉しいです」
◆
夕方。
宿舎へ戻る。
「今日は楽しかったですね」
ティベリウスが言う。
「だろ?」
ムーニーが笑う。
「休日っていいでしょう?」
「はい」
宿舎の前。
邪神が待っていた。
『遅かったな』
「寝ていたんじゃないんですか?」
『起きた』
「そうですか」
『…………』
邪神が。
ティベリウスの髪を見る。
『それは?』
「髪飾りです」
『綺麗だ』
「ありがとうございます」
『誰がくれた?』
「ムーニーです」
『…………』
邪神がムーニーを見る。
『我も何か買う』
「お前は何を買うんだよ」
『ティベリウスに』
「…………」
『何がいい?』
ティベリウスは笑った。
「それなら」
少し考えて。
「今度、一緒に選びましょう」
『…………』
邪神の瞳が輝く。
『分かった』
「約束ですよ」
『約束だ』
そして。
ティベリウスは。
髪飾りに触れた。
「…………」
かつて。
休日などなかった。
邪神に仕える日々。
命令に従う日々。
終末を待つ日々。
けれど。
今は違う。
今日は。
ただ遊んだ。
ただ笑った。
ただ買い物をした。
そして。
誰かから贈り物をもらった。
「…………」
ティベリウスは。
小さく笑った。
「……休日って」
隣の邪神を見る。
「こんなに楽しいものだったんですね」
『ああ』
邪神が頷く。
『我も楽しかった』
「邪神様は寝ていただけでしょう?」
『それも休日だ』
「…………」
ティベリウスは笑った。
「そうですね」
こうして。
邪神とその巫女。
そして勇者たちの休日は。
静かに終わった。
――だが。
その夜。
ムーニーが。
「…………」
財布を見る。
「…………」
残金を見る。
「…………」
「どうした?」
グーンが聞く。
「……明日から節約する」
「なぜ?」
「邪神の食費が高すぎる」
その瞬間。
『ムーニー』
「なんだ?」
『明日の朝食は十八個だ』
「増やすなぁぁぁぁぁぁっ!」
宿舎に。
勇者の悲鳴が響き渡った。
ティベリウスは。
自分の部屋で笑っていた。
「…………」
そして。
髪飾りに触れる。
「……いい休日でした」
その笑顔は。
もう。
邪神の巫女だけのものではなかった。




