新しい日常の始まり
――ティベリウスが勇者パーティに加入してから。
さらに三日が経った。
「…………」
ティベリウスは。
朝食の席に座っていた。
目の前にはパン。
スープ。
卵。
野菜。
そして――。
『パン十五個』
「…………」
邪神が誇らしげに言った。
『今日は十五個だ』
「増えましたね」
『昨日より一個多い』
「成長していますね」
『そうだろう』
「…………」
ティベリウスは。
もう驚かなかった。
邪神が毎日パンを一個ずつ増やしていることにも。
勇者がそれを毎朝止めようとしていることにも。
魔王が密かに邪神の食欲に対抗しようとしていることにも。
すっかり慣れていた。
「ムーニー」
「なんだ?」
「パン、邪神様の分は十五個でいいですよ」
「…………」
ムーニーが固まる。
「お前、完全に慣れたな」
「はい」
「三日前まで『邪神様』って呼ぶだけで緊張してなかったか?」
「三日前の話でしょう?」
「そうだけど」
グーンが笑う。
「ティベリウスも立派な勇者パーティの一員になったな」
「そうでしょうか?」
「そうだ」
ビッグ・ベンが頷く。
「余も最初は苦労した」
「大魔王は何に苦労したんですか?」
「邪神よりパンを食おうとしたら負けた」
「…………」
「だから今、鍛えている」
「何を張り合ってるんですか……」
◆
朝食が終わる。
「では、今日の予定を確認しましょう」
メリーズが予定表を広げる。
「午前は魔法研究」
「はい」
「午後は王国軍との合同訓練」
「はい」
「夕方は治療所の手伝いです」
「分かりました」
ティベリウスが頷く。
そして。
「邪神様は?」
『我は畑』
「今日もですか?」
『今日もだ』
「昨日、全部耕したじゃないですか」
『もっと耕す』
「…………」
ティベリウスは少し考える。
「では、私も行きます」
『本当か?』
「はい」
『仲間だからか?』
「そうです」
『嬉しい』
邪神の瞳が輝いた。
「…………」
ティベリウスは思った。
――この人。
いや。
この邪神。
思った以上に単純なのではないだろうか。
◆
宿舎の裏。
畑。
「では、ここを耕します」
『ああ』
ザク。
ザク。
ティベリウスが鍬を振る。
邪神も鍬を振る。
ザク。
ザク。
ザク。
「…………」
『…………』
静かだった。
非常に平和だった。
世界を滅ぼすはずだった邪神と。
その元・巫女が。
並んで畑を耕している。
そこへ。
「おーい!」
ポコが走ってくる。
「邪神さん! ティベリウスさん!」
「どうしました?」
「大変です!」
『敵か?』
「違います!」
『では何だ?』
「ニンジンが足りません!」
『…………』
邪神が真剣な顔をする。
『それは大変だ』
「ですよね!」
ティベリウスが呆れる。
「……勇者パーティの『大変』の基準がおかしくありませんか?」
ポコが首を傾げる。
「そうですか?」
「はい」
『我もそう思う』
「邪神様まで同意しないでください」
◆
昼。
治療所。
「次の方どうぞ」
オヤスミが患者を呼ぶ。
入ってきたのは。
魔族の老人だった。
「腰が痛くてのう」
「見せてください」
オヤスミが診察する。
「少し炎症がありますね」
「そうか」
「今日は無理をせず休んでください」
ティベリウスが薬を用意する。
「こちらを食後に」
「ありがとう」
老人が薬を受け取る。
そして。
「…………」
ティベリウスを見る。
「何か?」
「いや……」
老人は少し困った顔をした。
「お前さん……邪神の巫女じゃろ?」
「…………」
ティベリウスの手が止まる。
「はい」
「昔、邪神に仕えていたという……」
「はい」
「…………」
老人が黙る。
周囲も少し静かになる。
ティベリウスは思った。
――やはり。
いつかは。
こういう日が来る。
自分が過去に何をしていたのか。
知られる日が。
「…………」
だが。
老人は。
「なら」
「?」
「邪神のことを頼む」
「…………え?」
「最近、あいつは畑仕事ばかりしておるじゃろう」
「はい」
「昔の邪神とはえらい違いじゃ」
「…………」
老人が笑った。
「なら、今の邪神を守ってやってくれ」
「…………」
ティベリウスは。
少しだけ目を見開いた。
「……はい」
老人が帰っていく。
ポコが隣に立つ。
「よかったですね」
「…………」
「はい」
ティベリウスは小さく笑った。
「今の邪神様を守る」
「はい」
「……それなら」
拳を握る。
「私にもできます」
◆
午後。
合同訓練場。
「今日は実戦形式だ!」
ムーニーが叫ぶ。
王国軍の兵士たちが並ぶ。
その中央に。
邪神。
ビッグ・ベン。
ティベリウス。
そして勇者たち。
兵士たちは緊張していた。
「…………」
「…………」
誰も口を開かない。
ティベリウスが首を傾げる。
「どうしました?」
一人の兵士が答える。
「いや……」
「はい」
「邪神と大魔王が並んでいる光景に慣れてなくて……」
「…………」
ティベリウスは振り返る。
邪神。
大魔王。
そして勇者。
「…………」
確かに。
普通ではない。
「気にしなくて大丈夫です」
ティベリウスが笑う。
「この人たち、普段はもっと普通じゃないですから」
「おい!」
ムーニーが叫ぶ。
「俺たちまで巻き込むな!」
「事実でしょう?」
「否定できない!」
兵士たちから笑いが起きた。
緊張が少し解ける。
そして。
「では、始める!」
訓練が始まった。
◆
しばらくして。
「――そこまで!」
ムーニーが叫ぶ。
兵士たちは息を切らしていた。
「強い……」
「これが勇者パーティ……」
ティベリウスは周囲を見る。
勇者。
魔王。
賢者。
聖女。
邪神。
そして自分。
「…………」
少し前まで。
こんな光景は想像もしなかった。
敵同士だった者たちが。
今では。
同じ場所で汗を流している。
そして。
『ティベリウス』
「はい?」
『楽しかったな』
「…………」
「はい」
ティベリウスは笑った。
「楽しかったです」
◆
夜。
宿舎。
「今日も疲れたな」
ムーニーが椅子に座る。
「そうですね」
ティベリウスが答える。
「ところで」
「はい?」
「最近のお前」
「?」
「妙に馴染んでないか?」
「そうでしょうか?」
「そうだ」
グーンが笑う。
「もう誰も新人扱いしてない」
メリーズも頷く。
「今日なんて普通に私より先に研究室に来ていましたし」
「それは師匠が遅いだけです」
「…………」
メリーズがショックを受ける。
「師匠に厳しい……」
オヤスミが笑う。
「いいことだと思います」
ビッグ・ベンも頷く。
「うむ」
「何ですか?」
「もはや完全に仲間だ」
「…………」
ティベリウスは。
食卓を見回した。
そして。
「……そうですね」
笑った。
「私も、そう思います」
邪神が隣で頷く。
『我もそう思う』
「邪神様」
『なんだ?』
「パン」
『?』
「今日は何個ですか?」
『十六個』
「…………」
ティベリウスは無言でパンを一つ取り上げた。
『あ』
「十五個です」
『…………』
「食べ過ぎです」
『…………』
邪神がしょんぼりする。
「…………」
全員が笑った。
かつて。
世界を滅ぼそうとした邪神。
その巫女。
勇者。
魔王。
そして仲間たち。
誰も。
この光景を。
「世界の終わり」とは呼ばない。
むしろ。
これは。
――新しい日常の始まりだった。
◆
そして。
翌朝。
『ティベリウス』
「はい」
『起きているか?』
「はい」
『…………』
「どうしました?」
『今日は起こさなくてもいいのか?』
「もう起きています」
『そうか』
「はい」
『…………』
「…………」
『では、我も寝る』
「え?」
『おやすみ』
「今、朝ですよ!?」
廊下の向こうから。
「邪神ぃぃぃぃぃん!」
ムーニーの叫び声が響いた。
『…………』
ティベリウスは。
思わず笑った。
「……今日も平和ですね」
勇者パーティの一日が。
また始まった。




