昨日の敵は今日は仲間
――翌朝。
勇者パーティの宿舎。
「起きろぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
『――ズドォォォォォン!!』
「うるさぁぁぁぁぁぁい!!」
ムーニーの絶叫が響き渡った。
「朝食はパン十二個だ」
「増えてるじゃないか!」
「成長期だからな」
「だから邪神に成長期があるのか!?」
『ある』
「あるのかよ!」
いつもの朝だった。
――ただし。
勇者たちは、まだ知らなかった。
その宿舎へ向かって。
一人の少女が、必死に歩いていることを。
◆
「…………」
森の中。
一人の女が歩いていた。
長い髪。
薄汚れた巫女服。
疲れ切った顔。
そして――腹を押さえている。
「うぅぅぅぅ……」
邪神の巫女。
ティベリウス。
かつて邪神に仕え。
世界の終焉を見届けるはずだった女。
その彼女は。
「……お腹、痛い……」
未だに腹痛に苦しんでいた。
なぜこうなったのか。
話は一週間前に遡る。
邪神が勇者パーティに加入したあの日。
ティベリウスもまた。
邪神を追っていた。
追っていた――はずだった。
「…………」
ティベリウスは立ち止まる。
「……ここ、どこ?」
周囲を見回す。
森。
木。
森。
木。
そして森。
「…………」
完全に迷っていた。
「……邪神様?」
返事はない。
「邪神様ぁぁぁぁぁ……!」
叫んでも。
返事はない。
当然だった。
邪神は今。
勇者パーティの宿舎で。
パン十二個を食べている。
「…………」
ティベリウスは知らない。
自分が。
完全に。
――忘れられていることを。
◆
その頃。
「パン、もう一個食べるか?」
『食べる』
「十三個目だぞ?」
『成長期だからな』
「便利な言葉だな……」
宿舎では。
邪神が朝食を満喫していた。
ポコがスープを渡す。
「邪神さん、熱いので気をつけてくださいね」
『分かった』
グーンが呆れる。
「……一週間前まで世界を滅ぼそうとしていた存在とは思えんな」
ビッグ・ベンが頷く。
「うむ」
メリーズが笑う。
「でも、すっかり仲間ですよ」
オヤスミも頷く。
「そうですね」
ムーニーがパンをかじる。
「……ところで」
「ん?」
「何か忘れてないか?」
全員が止まった。
「…………」
「…………」
「…………」
邪神も考える。
『…………』
「何だっけ?」
グーンが首を傾げる。
「誰かいたような……」
メリーズが腕を組む。
「女性でしたよね?」
「いたな」
オヤスミが思い出す。
「邪神さんの巫女さん」
「…………」
ムーニーが立ち上がった。
「ティベリウス!」
『…………』
邪神の巨大な瞳が見開かれる。
『…………あ』
「お前!」
『忘れていた』
「忘れるなよ!」
『一週間間、すっかり忘れていた』
「一週間間!?」
グーンが頭を抱える。
「生きているのか?」
『たぶん』
「たぶんじゃない!」
ポコが慌てて立ち上がった。
「探しに行きましょう!」
「そうだ!」
ムーニーが剣を手に取る。
「今すぐだ!」
『我も行く』
「お前は目立ちすぎる!」
『…………』
「いや、もういい。お前が一番早い!」
『分かった』
邪神が立ち上がる。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
「待ってろ、ティベリウス!」
『今、迎えに行く!』
◆
その頃。
森の中。
「…………」
ティベリウスは。
木の根元に座っていた。
「……もう駄目かもしれない」
腹を押さえる。
「一週間……」
空を見上げる。
「一週間も誰も迎えに来ない……」
目に涙が浮かぶ。
「邪神様……」
そして。
「私のこと……」
ぐっと拳を握る。
「忘れてる……?」
その瞬間。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
「…………?」
大地が震えた。
木々が揺れる。
鳥たちが一斉に飛び立つ。
「な、何……?」
ティベリウスが立ち上がる。
森の向こう。
山のような巨大な影が迫ってくる。
「…………」
ティベリウスは固まった。
『ティベリウスゥゥゥゥゥゥゥッ!!』
「…………」
聞き覚えのある声。
世界を震わせる声。
そして。
巨大な邪神が。
森の向こうから顔を出した。
『無事か!?』
「…………」
ティベリウスはしばらく黙っていた。
「…………遅い」
『すまん』
「一週間です」
『すまん』
「一週間間ですよ?」
『本当にすまん』
「…………」
ティベリウスの目から。
涙が一粒落ちた。
「……寂しかったです」
『…………』
邪神は黙った。
そして。
巨大な腕を。
そっと差し出した。
『……帰ろう』
「…………はい」
ティベリウスは。
その腕に乗った。
◆
「……で?」
宿舎に戻ったムーニーが腕を組む。
「どうしてこうなった?」
ティベリウスは食卓に座っていた。
目の前には。
温かいスープ。
パン。
そして。
「……お粥です」
ポコが笑う。
「お腹に優しいものを用意しました」
「ありがとうございます……」
ティベリウスは涙ぐんだ。
その隣では。
『ティベリウス』
「はい」
『仲間だ』
「…………」
『もう忘れない』
「…………本当ですか?」
『本当だ』
「……絶対ですよ?」
『絶対だ』
ティベリウスは少しだけ笑った。
「では……」
スプーンを握る。
「私も、この勇者パーティに加入します」
「…………」
ムーニーが固まる。
「え?」
「私も邪神様についていきます」
「いや、もう邪神はこっちにいるんだが……」
『仲間が増えたな』
邪神が嬉しそうに言う。
グーンが笑う。
「これで正式に八人目か」
「いや、人数を数えるならちゃんと最初から数えろ」
メリーズが手を挙げる。
「歓迎します!」
オヤスミも笑う。
「よろしくお願いします」
ビッグ・ベンが腕を組む。
「うむ。歓迎しよう」
ポコがティベリウスの前に料理を並べる。
「たくさん食べてくださいね」
「…………」
ティベリウスは。
目の前の食卓を見た。
かつては。
邪神に仕えることだけが。
自分のすべてだった。
けれど。
今は。
勇者がいる。
魔王がいる。
賢者がいる。
聖女がいる。
そして。
自分の主だった邪神もいる。
敵だった者たちと。
同じ食卓を囲んでいる。
「…………ふふ」
ティベリウスが笑った。
「悪くないですね」
邪神が頷く。
『ああ』
ムーニーも笑う。
「じゃあ――」
パンを一つ取る。
「改めて歓迎する」
全員が食卓を囲む。
こうして。
勇者パーティには。
新たな仲間が加わった。
――邪神の巫女。
ティベリウス。
ただし。
彼女には一つだけ問題があった。
「…………」
ティベリウスが腹を押さえる。
「まだ少し……お腹が痛いです」
オヤスミが立ち上がる。
「無理しないでくださいね」
「はい……」
邪神が心配そうに覗き込む。
『大丈夫か?』
「大丈夫です」
『本当か?』
「はい」
『ならいい』
「…………」
ティベリウスは少し笑った。
そして。
その日の夜。
勇者パーティの宿舎には。
新たな部屋が一つ用意された。
ティベリウスの部屋である。
ようやく。
彼女にも。
帰る場所ができた。
――そして翌朝。
『起きろぉぉぉぉぉぉぉっ!!』
「うるさぁぁぁぁぁぁい!!」
「きゃああああああっ!?」
「何ですか今の!?」
「朝だ」
『朝だ』
「邪神様!?」
宿舎中に悲鳴が響き渡る。
ムーニーが頭を抱えた。
「……そういえば」
「何だ?」
「新入りが増えたから、目覚ましも二倍うるさくなったな」
『任せろ』
「任せるな!」
こうして。
邪神。
勇者。
魔王。
賢者。
聖女。
ポコ。
そして。
邪神の巫女ティベリウス。
新たな七人の共同生活が――。
そこにグーンのツッコミが入った!
「おーい俺を忘れるなー」
地の文につっこみを入れるな。
それはともかく8人の共同生活が始まった。
……なお。
ティベリウスは。
この日から毎朝。
邪神の大声で叩き起こされることになる。
「…………」
「…………」
『起きろぉぉぉぉぉぉぉっ!!』
「……邪神様」
『なんだ?』
「一度、殺してもいいですか?」
『仲間だから駄目だ』
「…………そうですか」
勇者パーティの一日は。
今日も平和だった。




