邪神買い出しに出る
――翌朝。
「起きろぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
『朝だぞぉぉぉぉぉぉぉっ!!』
「お前が言うなぁぁぁぁぁぁっ!!」
宿舎が揺れた。
ムーニーは布団から飛び起き。
グーンは壁に激突し。
オヤスミは寝ぼけたまま祈り。
メリーズは枕を投げ。
ポコは――。
「おはようございます」
普通に起きていた。
そして。
『朝食はパン十二個だ』
「だから増えてるじゃないか!」
『成長期だからな』
「邪神に成長期はない!」
『ある』
「ない!」
『ある』
「ない!」
「朝から何をやってるんですか」
ポコが呆れた。
◆
朝食を終えた後。
ポコが台所の棚を開けた。
「…………」
「どうした?」
ムーニーが尋ねる。
「食材がありません」
「え?」
「パンも残り少しです。野菜もありません。お粥用のお米もありません」
「…………」
全員が黙った。
そして。
ゆっくりと。
邪神を見る。
『…………』
邪神も。
ゆっくりと。
自分を見る。
「お前だな」
『何がだ?』
「食べたな?」
『…………』
「パン十二個」
『うむ』
「昨日より一個増えてたな」
『うむ』
「それだけじゃないだろ」
『…………』
「お粥も食べたな?」
『うむ』
「野菜も?」
『うむ』
「スープも?」
『うむ』
ムーニーが頭を抱えた。
「食料が足りなくなるわけだ……」
ポコが紙に買い物を書き始める。
「では、今日は買い出しですね」
「俺が行こう」
ムーニーが立ち上がる。
しかし。
『我が行こう』
「え?」
全員が邪神を見る。
『我も仲間だ』
「いや……」
ムーニーが窓の外を見る。
巨大な邪神。
山脈級。
町に入れば。
大混乱になる。
「……お前が市場に行ったら、町が大騒ぎになるぞ」
『そうか?』
「そうだよ」
『では小さくなる』
「小さく?」
『こうだ』
――ボフン。
「…………」
煙が晴れる。
そこに立っていたのは。
身長二メートルほどの――。
黒い肌。
角。
巨大な瞳。
邪神だった。
「…………」
ムーニーが言う。
「いや、まだ怖いな」
『そうか?』
「普通の人間くらいにはなれないのか?」
『できる』
――ボフン。
今度は。
普通の人間サイズ。
黒い髪。
黒い瞳。
ただし。
額から立派な角が二本生えている。
「…………」
グーンが言った。
「角を隠せ」
『分かった』
角が消える。
「目も普通にしろ」
『分かった』
巨大な瞳が普通になる。
「……これなら」
ムーニーが頷く。
「まあ、街を歩ける」
『では行こう』
邪神が立ち上がる。
「待て」
『なんだ?』
「その格好」
邪神は。
裸足だった。
『…………』
「服を着ろ」
『服?』
「普通は着るんだよ!」
◆
数分後。
邪神は服を着ていた。
白いシャツ。
黒いズボン。
そして――。
「なんでエプロン?」
ムーニーが聞く。
『ポコがくれた』
「買い物に行くのにエプロンはいらないだろ」
「似合ってますよ」
ポコが笑う。
『そうか』
邪神は嬉しそうだった。
「……まあいいか」
こうして。
勇者ムーニー。
剣聖グーン。
そして邪神。
三人は市場へ向かった。
◆
町に入る。
「…………」
邪神が歩く。
普通の人間と同じ速度。
普通の人間と同じ大きさ。
しかし。
「…………」
なぜか目立つ。
「…………」
「…………」
「…………」
道行く人々が。
ちらちらと邪神を見る。
『…………』
邪神が小声で言う。
『我、何か変か?』
「いや」
ムーニーが答える。
「たぶんエプロンだ」
『そうか』
「あと、その顔」
『どんな顔だ?』
「世界を滅ぼしそうな顔」
『……普通の顔をしているつもりだ』
「もっと笑え」
『こうか?』
邪神が笑った。
――ニィ。
「怖い!」
『なぜだ!?』
「笑い方の問題だ!」
グーンがため息をついた。
「まあ、慣れだ」
◆
市場。
「いらっしゃい!」
八百屋の店主が声をかける。
「今日は何にします?」
ムーニーが買い物メモを見る。
「野菜を……」
その横。
『これは何だ?』
邪神が野菜を指差す。
「それはキャベツだよ」
『キャベツ』
「そう」
『何に使う?』
「スープとか」
『スープ』
邪神が真剣な顔で頷く。
『買おう』
「何個?」
『全部』
「待て」
ムーニーが止める。
『なぜだ?』
「そんなに食べるのか?」
『我が食べる』
「だから食費が――」
『……仲間の分も買う』
「…………」
ムーニーが黙った。
『皆で食べる』
「…………そうか」
ムーニーは少し笑った。
「じゃあ、二個で」
『二個か』
「二個」
『分かった』
邪神が頷く。
その横で。
八百屋の店主が呟いた。
「……兄ちゃん」
『ん?』
「もしかして、勇者様の仲間か?」
『そうだ』
「へえ」
店主が笑う。
「じゃあ、少しおまけしてやるよ」
『…………』
邪神が固まった。
「どうした?」
『……おまけ』
「うん」
『初めてだ』
「そうかい?」
『うむ』
邪神は。
キャベツを大切そうに抱えた。
『……ありがとう』
「どういたしまして」
◆
市場を歩いていると。
「おい!」
突然。
少年が声を上げた。
「勇者ムーニーだ!」
「え?」
「本物だ!」
子供たちが集まってくる。
「勇者様!」
「魔王を倒したんだよね!」
「邪神も倒したって!」
「すげえ!」
「…………」
ムーニーが困った顔をする。
「いや、その……」
隣を見る。
『…………』
邪神がいる。
ムーニーは言葉に詰まった。
子供の一人が邪神を見る。
「…………」
『…………』
「おじちゃん」
『なんだ?』
「勇者様の仲間?」
『そうだ』
「強い?」
『強い』
「どれくらい?」
『…………』
邪神が考える。
『世界を三回ほど滅ぼせる』
「…………」
「ムーニー!」
「言わせるな!」
子供たちが笑う。
「おじちゃん、面白い!」
『…………』
邪神が少し驚いた。
そして。
小さく笑った。
『そうか』
◆
帰り道。
荷物は大量になっていた。
野菜。
肉。
米。
パン。
果物。
調味料。
そして――。
「なんでパンが二十個あるんだ?」
ムーニーが聞く。
『店主がくれた』
「…………」
『仲間だからな』
「そうか」
ムーニーは笑った。
「じゃあ、帰ろう」
『ああ』
三人は宿舎へ戻った。
◆
「お帰りなさい」
ポコが出迎える。
「買ってきましたよ」
ムーニーが荷物を置く。
「ありがとうございます」
そして。
ポコが邪神を見る。
「どうでした?」
『…………』
邪神は。
少しだけ笑った。
『楽しかった』
「それはよかったです」
『また行きたい』
「はい」
ポコが頷く。
「また一緒に行きましょう」
『……ああ』
その言葉を聞いて。
邪神は。
とても嬉しそうだった。
――かつて。
世界を滅ぼそうとしていた存在。
誰からも恐れられ。
誰とも食卓を囲まなかった存在。
それが今では。
「邪神さん」
『なんだ?』
「パンを一つ、台所に置いておいてください」
『分かった』
「みんなの明日の朝食です」
『…………』
邪神が真剣な顔になる。
『一つで足りるか?』
「足ります」
『……本当に?』
「本当です」
『…………』
邪神は少し考え。
『では二つ』
「一つです」
『二つ』
「一つ」
『…………』
邪神は渋々。
『分かった』
パンを一つ置いた。
その横に。
自分用のパンを――。
二つ置いた。
「邪神さん?」
『…………』
「それは?」
『予備だ』
「…………」
ムーニーが笑う。
「完全に仲間になったな」
『そうか?』
「ああ」
こうして。
世界を滅ぼす邪神の一日は。
また一つ。
普通の日常になっていった。
――ただし。
その夜。
『…………』
邪神は台所に戻ってきた。
『…………』
そして。
自分用のパンを一つ。
こっそり食べようとした。
「邪神さん」
『!?』
背後から。
ポコの声。
『…………』
「夜食は禁止です」
『…………』
「明日の朝食が減りますよ」
『…………』
邪神は。
静かにパンを戻した。
『……分かった』
「おやすみなさい」
『おやすみ』
そして翌朝。
『起きろぉぉぉぉぉぉぉっ!!』
「だからうるさいって言ってるだろぉぉぉぉぉっ!!」
勇者パーティの一日は。
今日も平和に始まった。:::




