邪神の居る日常
――邪神が勇者パーティに加入してから。
さらに三日が経った。
「…………」
朝。
勇者パーティの宿舎。
ムーニーはまだ眠っていた。
グーンも眠っていた。
オヤスミも眠っていた。
メリーズも眠っていた。
ポコも眠っていた。
ビッグ・ベンも――。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
寝息を立てていた。
「…………」
そして。
その宿舎の外。
空を覆う巨大な影があった。
『…………』
邪神である。
その大きさ。
山脈級。
巨大な瞳。
世界を喰らう存在。
その邪神が。
宿舎の屋根を覗き込んでいた。
『…………』
じーっ。
窓から中を見る。
『…………』
しばらくして。
『……起きないな』
邪神は考えた。
『…………』
そして。
大きく息を吸い込む。
『――起きろぉぉぉぉぉぉぉっ!!』
――ズドォォォォォン!!
大地が揺れた。
「うわあああああああっ!?」
「何事だ!?」
「敵襲!?」
「邪神です!」
「分かってる!」
勇者パーティ全員が飛び起きた。
ムーニーが剣を抜く。
「何だ!?」
『朝だ』
「…………」
ムーニーが固まる。
「……朝?」
『朝食の時間だ』
「…………」
グーンが布団から顔を出す。
「お前……」
『なんだ?』
「我々を起こすために叫んだのか?」
『そうだ』
「…………」
グーンが額を押さえる。
「邪神が目覚ましになっている」
「便利ですね」
ポコが言った。
「便利じゃない!」
ムーニーが叫ぶ。
『朝食は何だ?』
「……パン」
『パンか』
「そうだ」
『足りるか?』
「一人分ならな」
『我の分は?』
「…………」
ムーニーが邪神を見る。
「お前、どれくらい食べる?」
『…………』
邪神は真剣に考えた。
『山一つ分くらい』
「却下」
『なぜだ!?』
「宿舎がなくなる!」
『…………』
邪神は少し寂しそうにした。
「…………」
ムーニーがため息をつく。
「分かった」
『おお!』
「今日はパン十個」
『十個!?』
「それ以上は駄目だ」
『…………』
邪神はしばらく考えた。
『……交渉できるか?』
「できない」
『十二個』
「十一個」
『十一個でいい』
「よし」
こうして。
邪神の朝食はパン十一個に決まった。
◆
午前。
「さて」
グーンが魔剣を腰に差す。
「今日は何をする?」
メリーズが予定表を見る。
「午前中は魔法研究」
「午後は?」
「治療所の手伝いです」
「俺は?」
ムーニーが聞く。
「王国との和平交渉」
「忙しいな……」
ビッグ・ベンが腕を組む。
「余は魔族領の視察だ」
邪神が手を挙げる。
『我は?』
全員が邪神を見る。
「…………」
「…………」
「…………」
誰も答えない。
『我は何をすればいい?』
ムーニーが考える。
「……留守番?」
『嫌だ』
「じゃあ……」
ポコが手を挙げる。
「畑仕事はどうですか?」
『畑?』
「はい」
『我が?』
「はい」
『邪神が?』
「はい」
『…………』
邪神は黙った。
そして。
『分かった』
「素直ですね」
『仲間だからな』
ポコが笑った。
「ではお願いします」
◆
勇者パーティの宿舎の裏。
小さな畑がある。
そこでは。
「…………」
邪神が立っていた。
巨大な影。
世界を滅ぼせる力。
神話級の存在。
その邪神が。
――鍬を持っていた。
『…………』
邪神は鍬を見る。
『…………』
畑を見る。
『…………』
そして。
鍬を振り下ろす。
――ズドォン!
「…………」
畑が消滅した。
『…………』
邪神が固まる。
「邪神さん」
ポコが駆け寄ってくる。
『……すまん』
「力を入れすぎです」
『そうか』
「もう少し優しく」
『分かった』
邪神が再び鍬を持つ。
今度は。
――ザク。
『…………』
土が少しだけ掘れた。
「上手です!」
『…………』
邪神の瞳が少し輝いた。
『……褒められた』
「はい」
『……嬉しい』
「よかったですね」
邪神は黙々と畑を耕し始めた。
ザク。
ザク。
ザク。
その姿を見て。
ムーニーが呟いた。
「……あの邪神が畑を耕してるぞ」
グーンが頷く。
「平和だな」
「だからその言葉、もう信用できないんだが」
メリーズが笑う。
「でも、いいじゃないですか」
オヤスミも頷く。
「邪神さんも楽しそうです」
ビッグ・ベンは腕を組んだ。
「うむ」
「何だ?」
「余より農業が上手い」
「大魔王、対抗するなよ」
◆
昼。
「お昼ご飯ですよー!」
ポコが呼ぶ。
『…………』
邪神が顔を上げる。
『昼か』
「はい」
テーブルの上には。
パン。
野菜。
スープ。
そして――。
「邪神さんにはお粥です」
『おお』
邪神が嬉しそうにする。
「…………」
ムーニーがその様子を見る。
「お前、完全に馴染んだな」
『そうか?』
「ああ」
『我は邪神だぞ』
「知ってる」
『世界を喰らう存在だぞ』
「それも知ってる」
『なのに……』
邪神がスプーンを持つ。
『……お粥が楽しみだ』
「…………」
ムーニーは何も言えなかった。
◆
午後。
魔法研究室。
メリーズが魔法陣を描いている。
「ここをこうして――」
邪神が覗き込む。
『何をしている?』
「新しい魔法です」
『どんな魔法だ?』
「小規模な転移魔法です」
『なるほど』
邪神が魔法陣を見る。
『この術式は効率が悪い』
「え?」
『ここをこうする』
邪神が指を動かす。
魔力が流れる。
魔法陣が一瞬で完成する。
「…………」
メリーズが固まった。
「……これ」
『どうした?』
「私が三日かけて考えた術式です」
『そうか』
「あなた、今、一秒で直しましたよね?」
『そうだな』
「…………」
メリーズの目が輝く。
「邪神さん!」
『なんだ?』
「もっと教えてください!」
『いいぞ』
「古代魔法についても!?」
『知っている』
「世界創世魔法は!?」
『知っている』
「神代魔法は!?」
『知っている』
「時間魔法は!?」
『知っている』
「空間魔法は!?」
『知っている』
メリーズが震えた。
「…………」
そして。
「邪神さん!」
『なんだ?』
「今日から師匠と呼ばせてください!」
『…………』
邪神は少し考えた。
『……いいぞ』
「ありがとうございます!」
メリーズが嬉しそうに笑う。
ムーニーが遠くから見ていた。
「……賢者が邪神を師匠にした」
グーンが頷く。
「世界最強の魔術師が誕生するかもしれんな」
「いや」
ビッグ・ベンが呟く。
「もう誕生している気がするぞ」
◆
夕方。
治療所。
オヤスミとポコが患者を診ている。
「次の方どうぞ」
「はい!」
魔族の子供が入ってくる。
「転んで怪我をしました」
「見せてくださいね」
ポコが薬を塗る。
オヤスミが回復魔法を使う。
「はい、終わりました」
「ありがとう!」
子供が笑う。
その後ろ。
邪神が座っていた。
『…………』
子供が邪神を見る。
「……怖い」
邪神が少し俯く。
『……そうか』
ポコが笑う。
「邪神さん」
『なんだ?』
「大丈夫ですよ」
『…………』
「そのうち、みんな慣れます」
『…………本当か?』
「はい」
すると。
さっきの子供が振り返った。
「……おじちゃん」
『ん?』
「おじちゃんも病気なの?」
『…………』
邪神が固まる。
オヤスミが吹き出す。
メリーズも笑う。
ムーニーも笑う。
グーンも肩を震わせる。
ビッグ・ベンに至っては大爆笑していた。
『…………』
邪神はしばらく黙った。
そして。
『……少しだけ』
子供が近づく。
「じゃあ、早く治してね」
『…………』
邪神は静かに笑った。
『ああ』
その日。
邪神は初めて。
人間の子供に恐れられるのではなく――。
心配された。
◆
夜。
全員が宿舎に戻る。
「今日は疲れたな」
ムーニーが椅子に座る。
「ああ」
グーンが頷く。
「農作業」
「魔法研究」
「治療」
「和平交渉」
「全部やったな」
ビッグ・ベンが笑う。
「しかし」
邪神が言った。
『悪くない』
「何が?」
『こういう生活も』
全員が邪神を見る。
『我はずっと、一人だった』
「…………」
『世界を喰らうことしか知らなかった』
邪神が静かに続ける。
『だが――』
窓の外を見る。
『誰かと飯を食い』
『土を耕し』
『魔法を研究し』
『病人を治し』
『笑う』
『…………』
『こういう日々も、悪くない』
誰も笑わなかった。
誰も茶化さなかった。
ただ。
ムーニーが言った。
「なら、これからも一緒にいればいい」
グーンが頷く。
「そうだ」
オヤスミが笑う。
「仲間ですから」
メリーズも笑う。
「師匠でもありますし」
ビッグ・ベンが腕を組む。
「余の畑仕事の師匠でもある」
『…………』
「それは違う」
邪神が即答した。
「なんでだ!?」
全員が笑った。
そして。
ポコが立ち上がる。
「では、そろそろ寝ましょう」
『ああ』
邪神も立ち上がる。
「おやすみなさい」
『おやすみ』
――こうして。
世界を滅ぼそうとした邪神は。
勇者パーティの一員として。
普通に生活を始めた。
朝は起こし。
昼は畑を耕し。
午後は魔法を教え。
夕方は治療を手伝い。
夜は皆と食事をする。
世界を喰らうことは――。
もう、なかった。
ただし。
翌朝。
『起きろぉぉぉぉぉぉぉっ!!』
「うるさぁぁぁぁぁぁい!!」
宿舎に勇者の絶叫が響き渡る。
そして。
『朝食はパン十二個だ』
「昨日より増えてるじゃないか!」
『成長期だ』
「邪神に成長期があるのか!?」
『ある』
「あるのかよ!」
今日も。
勇者パーティの一日は――。
平和に始まった。




