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中二病の頃に作った設定厨ノートが連綿と息づく異世界だけど、見知らぬヒロインが多すぎる  作者: 永庵呂季
断絶の神殿ギル・ザハド編

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第7話 古代文字と世界の成り立ちが恥ずかしすぎる

 黒い階段の先で。

 巨大な何かの目が、ゆっくりと赤く光った。


「今、何か光らなかったか?」

 俺は足を止めた。

「光ったわね」

 リアンも止まる。

「やっぱり?」

「ええ」

「見間違いでは?」

「ふたり同時に?」

「この神殿なら、集団幻覚くらいありそうだ」

「ふたりで集団を名乗らないで」


 たしかに少ない。

 では、共同幻覚。

 いや、言葉を変えても危険度は変わらない。


 俺たちは階段の途中から、下の暗闇を見つめた。

 赤い光はすでに消えている。

 気配もない。

 聞こえるのは、壁に灯る紫色の炎がかすかにはぜる音だけだ。


「邪神像の目かしら」

 リアンがつぶやく。

「だろうな」

「怖いの?」

「怖いよ」

「その割には平然としてるけど」

「表情に出すと負けた気がする」


 何に負けるのかはわからない。

 邪神か。

 過去の自分か。

 あるいは、横で強がっているリアンか。


 たぶん全部だ。


 俺たちは再び階段を下り始める。

 リアンの身体は、まだ俺の腕へ密着している。

 足取りは少ししっかりしてきている。

 それでも、ひとりで歩くには心もとない。

 俺は転ばせないよう、できるだけ歩幅を合わせる。


 ゆっくりと、着実に。

 かなり意識している。


 決して密着を楽しんでいるわけではない。


 断じて違う。


 人命救助である。

 公共性の高い接触だ。


「ハルト」

「何だ」

「また変な言い訳を考えてる顔をしてる」

「顔に出すぎだろ、俺」

「わかりやすくて助かるわ」

「褒められてる気がしない」

「褒めてないもの」


 そうだろうな。

 階段は思ったより長かった。

 真っすぐ下りているだけなのに、周囲の空気が少しずつ変わっていく。

 冷気が強くなる。

 紫色の炎も、下へ進むほど暗くなる。

 その代わり、階段の先から漏れてくる光が強くなっていた。

 黒に近い紫。

 光と呼んでいいのかわからない。

 照らしているというより、闇そのものが発光しているように見える。


「ヴォルガサイトの光か?」

「おそらくね」

 リアンの声に緊張が混じった。

「見たことはあるのか?」

「ないわ。実物は王都の宝物庫にあるものくらいよ。一般に出回るような鉱石じゃない」

「高い?」

「とんでもなく」

「どのくらい?」

「1カラット……ひとつまみほどの大きさでも、豪華な屋敷が買えるくらいね」


 俺は危うく足を止めそうになった。


「ひとつまみで屋敷?」

「それだけ高密度の魔力を蓄えているの。武器や法具の核に使えば、何世代にもわたって受け継げる品になる」


 なるほど。

 命をかけて取りに来る者がいるのも理解できる。

 いや。

 理解はできるが、納得はしない。


 豪華な屋敷を買える宝石を取りに来て、帰りの交通費を惜しんだ結果、帰れなくなっているエルフっ子がここにいる。


 海外旅行へ行き、高級腕時計を買ったあとで、空港までの電車賃がなくなったようなものだ。

 規模が違うだけで、やっていることは同じである。


「何よ」

 リアンが俺を見上げる。

「また何か言いたそうな顔をしてる」

「言わない」

「言いなさいよ。気になるでしょう」

「転移石は買おうな」

「今それを言う!?」


 怒られた。

 しかし大切なことだ。

 次回があれば、ぜひ学習してほしい。

 俺の人生と違って、リアンにはまだ修正の余地がある。


 階段が終わった。

 その先にあったのは、ちょっと広めのコンビニほどの石室だった。


 第五階層。

 邪神の祭壇。

 狭い。

 想像していたよりも、ずっと狭い。


 体育館のような大広間を予想していたが、実際には数十人も入れば窮屈になりそうな空間だった。


 壁も天井も黒い石で覆われている。

 とうぜん窓はない。

 出入口は、今下りてきた階段だけ。

 部屋の中央には円形の祭壇があり、その上に巨大な邪神像が鎮座していた。

 狭い部屋の大半を、像が占領している。


 複数の腕。

 山羊のような角。

 人間に似ているが、たくさんの目や鼻の位置がわずかにずれた異形の顔。

 全身には、ねじれた鎖のような紋様が刻まれている。

 像の下半身は人の形ではない。

 何本もの触手が折り重なり、床と一体化していた。


「うわあ……」

「何よ、その反応」

「昔の俺、全力だなと思って」

「昔のあなた?」

「気にするな」


 すごい。

 邪神らしい要素を、ひとつも引き算していない。

 角。

 多腕。

 触手。

 鎖。

 崩れた人面。

 思いついたものを全部載せている。


 闇鍋ならぬ闇邪神である。


 見る側への配慮はない。

 若さとは恐ろしい。


 邪神像の手は、全部で6本あった。

 そのうち4本は、何かを握る形で胸元へ寄せられている。

 残りの2本は左右へ広げられ、その左手は硬く握られ、指の隙間から黒紫色の光が漏れている。


 近づいてみると、掌の中にピンポン玉ほどの鉱石があった。

 紫がかった黒。

 表面が光を反射しているのではない。

 石の奥で何かが脈打つたび、内側から明滅している。


「あれが」とリアンがつぶやく。「冥輝鉄石ヴォルガサイト」

 鉱石の周囲では、空気そのものが揺らいで見えた。

 魔力の密度が高すぎるのだ。

 たぶん。

 設定上は。

 作者の俺も、そのあたりは雰囲気で書いていた気がする。


「思ったより大きいな」

 家どころか、町が買えるのではないか。

「全部持って帰る必要はないわ」

 リアンが言う。

「依頼されたのは、このくらい」

 親指と人差し指で、小さな輪を作る。

「それだけ?」

「冥輝鉄石は、加工前でも強い魔力を持っているの。大きすぎる塊を無理に運べば、それだけで魔物を引き寄せるわ」

「なるほど」


 便利な宝ほど、扱いにくい。

 また代償だ。

 中学生の俺は、強い力へ弱点をつけることに取りつかれていたらしい。

 ヴォルガサイトへ近づく。

 リアンを支えたままでは難しい。

 俺は祭壇の手前で彼女を座らせた。


「ここで待ってろ」

「ひとりで行くの?」

「もう守護者はいないだろ」

「どうして言い切れるのよ」

「部屋が狭い」

「理由になってない」

「邪神像の前に、でかい敵を置く場所がない」


 ゲーム的発想である。

 この部屋に巨大ボスを配置したら、カメラが壁へ埋まる。

 プレイヤーから苦情が出る。

 ゲーム化まで考えていた中学生の俺の設定。

 恥ずかしいほどの先読みだが、そういう意味で、たぶん安全だ。


 俺は祭壇へ近づいた。

 一歩。

 床の紋様が光る。

 俺は飛び退いた。


「うおっ!」

「何!?」


 リアンが細剣へ手を伸ばす。

 だが、何も起こらない。

 床に刻まれていた円形の紋様が、薄紫色に輝いただけだった。


「脅かすなよ」

「誰に言ってるの?」

「神殿に」

「答えるわけないでしょう」


 こういうとき、中学生の俺なら神殿そのものに意思を持たせている可能性もある。

 油断はできない。

 俺は慎重に祭壇へ上がる。

 ヴォルガサイトは固く握られていて、簡単には取れなさそうだ。

 石だと思っていた像だが、表面は妙に滑らかだった。

 黒曜石に近いが、そんな普通の材質では作らないだろう。

 昔の俺は。

 鑑識眼で見ても、素材がわからない。

 頭の中へ情報が入ってこない。


「珍しいな」

「何が?」

「材質が読めない」

「読めるほうがおかしいのよ」


 リアンは、俺が見ただけで物の情報を判断できることを、すでに諦めて受け入れているらしい。

 適応が早い。

 ヴォルガサイトへ手を伸ばす。

 その瞬間。

 邪神像の赤い目が光った。


「うわっ!」


 俺は反射的に手を引く。

 像は動かない。

 目だけが赤く輝いている。


「どうしたの?」

「目が光った!」

「さっきも光ってたでしょう」

「近くで見ると怖いんだよ!」


 暗闇で見る赤い目と、顔のすぐ横で光る赤い目は別物だ。

 近所の野良猫でも、顔面10センチで目を光らせたら怖い。

 まして多腕触手邪神である。

 しかし。

 攻撃は来ない。

 声も聞こえない。

 しばらく待っても、何も起きなかった。


「ただの演出か?」

「演出?」

「雰囲気づくり」

「邪神像が?」

「そういうの好きだったからな」


 誰が。

 とは言わない。

 俺である。

 俺はもう一度、ヴォルガサイトへ手を伸ばす。

 触れる。

 冷たい。

 石というより、氷に近い。

 だが、手を離したくなるほどではない。

 掌へかすかな振動が伝わってくる。

 生き物の鼓動のようだ。


「取れそう?」

「待ってくれ」


 力を込める。

 動かない。

 邪神像の握る指と一体化しているようだ。


「なにか方法は?」と俺はリアンに聞く。

「専用の採掘具があるはずなんだけど」

「持ってる?」


 リアンが黙る。

 俺は邪神像の上から彼女を見る。

 リアンは目をそらした。


「まさか」

「傭兵のひとりが持ってた」

「死体と一緒に第三階層ってこと?」

「……ええ」


 完璧だ。

 隙のない準備不足である。

 帰還手段なし。

 回復薬なし。

 触媒なし。

 目的物を採取する道具もなし。

 何をしに来たんだ。


 観光か。


「何よ!」

「何も言ってない」

「顔がうるさい!」


 表情だけで怒られた。

 新しい。

 俺はヴォルガサイトを見る。

 専用工具がなければ取れない。


 だが、ザインハルトなら何かできるかもしれない。

 魔導術は危険だ。

 鉱石ごと消し飛ばす可能性がある。

 剣も折れた。

 ならば。


「手刀でいけるか?」

「やめなさい!」


 即座に止められた。

 正しい。

 希少鉱石へ素手のチョップを試そうとする人間など、誰でも止める。

 俺は像から下りた。


「別の方法を探す」

「そうして」

「何か仕掛けがあるはずだ」


 祭壇の周囲を見回す。

 床。

 台座。

 邪神像の腕。

 壁。

 黒い石室には、ほかに何もない。


 出入口は、さっき入ってきた階段だけ。

 振り返る。


「閉まってるな」


 第五階層へ入ってきた扉は、いつの間にか閉じていた。

 階段は見えない。

 黒い壁しかない。


「え?」

 リアンが立ち上がろうとする。

「いつ閉まったの?」

「俺が邪神像に登ってる間だろうな」

「音、しなかったわよ」

「すばらしい静音設計だ。これまでは、これみよがしに大きな音で閉まってたのに、ここだけ静かとは」

「褒めてる場合じゃない!」


 俺は壁へ近づく。

 手で押す。

 動かない。

 隙間もない。

 鑑識眼を使う。


 黒い壁。

 古代の魔力回路。

 外側からの操作。

 内側には開閉装置なし。

 そんな情報が頭へ流れ込む。


「開かないな」

「見ればわかるわよ」

「内側から開ける仕組みがないみたいだ」

「ハルト、あなた盗賊スキルまで持ってるわけ?」

「別の出口があるはずだ」


 俺は誤魔化すように周囲を見渡す。

 それに、出口がなければ困る。

 本当に困る。

 ゲーム化までを想定したダンジョンなら、最深部へ着いたあと入口まで歩いて戻るだけということはない……と思いたい。


 ボス攻略後の転移装置。

 脱出用の通路。

 ショートカット。

 何かしら存在するはずだ。

 少なくとも、中学生の俺はプレイヤーへ無意味な帰り道を歩かせるほど不親切ではなかった。


 いや。

 自信がない。

 面倒なほど達成感がある。

 などと考えていた可能性がある。

 過去の自分を信用しすぎるのは危険だ。


 俺たちは祭壇の周囲を調べ始めた。

 リアンはまだふらついている。

 それでも、壁へ手をつきながら歩く。


「無理するな」

「座っていたって出口は見つからないわ」

「倒れたらお姫様抱っこで運ぶぞ」

「あなたが?」

「ほかに誰がいる」

「変なところを触らないでしょうね」

「生命の危機というときに、なにを言ってるんだ。たとえ変なところを触ってしまっても、尊い命を守るためなら仕方がないだろう」

「全裸で現れた変態に、命の尊さをを語られたくない」


 また全裸。

 全裸が強すぎる。

 いつになったら罪は償われるのか。


 俺は邪神像の裏側へ回った。

 祭壇の柵と像の裏側には、人がひとり通れるほどの隙間がある。


「リアン」

「何?」

「こっちに空間がある」


 俺たちは邪神像の裏へ入る。

 狭い。

 像の下部。触手に覆われるようにして、小さな石板が埋め込まれていた。

 表面には、何かの文字が刻まれている。


「碑文?」

 リアンが石板へ顔を近づける。

 俺も隣からのぞく。

 暗い。

 彼女が手をかざすと、石板の文字が淡く光った。

「失われた古代文明の文字だわ。エルフの文献や高位の術師じゃなければ解読できないくらい古い文字よ」


 そこで。

 俺は固まった。


「え」


 見覚えがある。

 ありすぎる。

 古代文字。

 失われた文明の碑文。

 幻想的な光。

 そこへ刻まれていたのは。


 カタカナだった。


「おい」


 俺は目をこする。

 もう1度見る。

 変わらない。

 上から下へ。

 やや崩した字体ではある。

 だが、どう見てもカタカナだ。


「何よ」

「これ、古代文字なのか?」

 俺が尋ねると、リアンは碑文を目で追った。

 そして、何気なく読み上げる。

「セキゾウノ、ヒダリウデニ、フレ……」

 俺はリアンを見る。

「読めるのか?」

「ええ。この程度なら――」

 リアンの視線が、次の行へ移った。



 そういうことだ。

 思い出した。

 思い出したくなかった。

 中学生時代の俺が考えた、世界の根幹に関わる巨大設定。

 この世界は、実は異世界ではない。

 遠い未来の地球。

 西暦を遥かに超えた超未来が超古代文明として一度滅び、その遺産が魔法として残った世界。

 日本語は失われた古代文字。

 魔導術は科学技術の変質したもの。

 精霊は人工知能か、ナノマシンか、あるいは集合意識。

 そのへんは最後まで決めきれなかった。

 設定だけ壮大。

 細部は未定。

 いつか物語の中で明かす予定だった。


 しかし、物語は完成しなかった。


「あるよな」

 俺は頭を抱える。

「何が?」

「いや、なんでもない」


 あるよな。ある。ファンタジー世界だと思っていたら、実は文明崩壊後の地球だったってやつ。

 誰だって一度は考えるだろ! 一万年前の文明が残した文字とか、古代兵器とか、魔法の正体は科学だったとか!


 言うな! わかってる! 王道設定だ!


 俺が狭い空間で悶絶しているのを冷めた目つきでリアンが見ていた。

 完全に引いている。

 だが、止まらない。

 恥ずかしい。

 今までの魔法名や剣技名とは、規模が違う。

 これは世界設定そのものの黒歴史だ。

 しかも俺は今、その黒歴史の内部に立っている。


「それで、何て書いてあるんだ?」

 リアンが気を取り直して読み上げる。

「邪神像の左手に触れ」

「左手?」

 つまりヴォルガサイトを握っている腕ということだろう。

「それで? その先は」

 リアンは答えない。

「どうした? 何かあったのか?」

「何でもない」

「耳が赤いぞ」

「何でもないって言ってるでしょう!」


 おかしい。

 さっきまで青白かった耳が、火傷しそうなほど赤くなっている。


「どうした?」

 俺はもう一度聞く。

「……読めない」

「今、一行目を普通に読んだよな?」

「急に読めなくなったの」

「文字は同じだぞ」

「読めないったら読めないの!」


 怪しい。

 あまりにも怪しい。


 最初の行は、

『セキゾウノ ヒダリウデニ フレ』

 邪神像の左腕に触れ。

 ヴォルガサイトを握っている腕だ。

 そして、その下にも文字が続いている。

 しかし俺からではリアンの後頭部が邪魔でよく見えない。

 俺はリアンの顔を押しやるようにして石板へ顔を近づけた。


 読める。

 完全に読める。

 日本人だから。


『セキゾウノ ヒダリウデニ フレ』

 その下。


『トモニ キタル オトメト クチヅケヲ カワセ』


 俺は黙った。

 もう一度読む。

 読み間違いではない。


 邪神像の左腕に触れ。

 ともに来たる乙女と、口づけを交わせ。


「……」

「……」


 狭い隙間に、重い沈黙が落ちた。

 俺とリアンの距離は、肩が触れそうなほど近い。

 ただでさえ狭い。

 今はその狭さが、異様な圧迫感となって俺たちを追いつめていた。


 俺も顔が熱い。


 困った。


 非常に困った。


 俺は碑文を見る。何度も見る。

 落選したとき、出版社の受賞者発表ページが間違っているんじゃないかと思い、隅から隅まで舐め尽くすように眺めていた時よりもさらに念入りに。


『トモニ キタル オトメト クチヅケヲ カワセ』


 中学生の俺。


 おまえ、何を考えていた。


 なぜダンジョン脱出の仕掛けに、キスイベントを組み込んだ。

 男二人で来た場合はどうする。

 女性だけのパーティーなら。

 ソロ攻略者は詰みか。


 システム設計が雑すぎる。


 いや、当時の俺は、この場所へ主人公とヒロインがふたりで来る展開しか想定していなかったのだろう。


 世界は設定どおりでも、現実はプロットどおりには進まない。


「リアン」

「嫌よ」

「まだ何も言ってない」

「顔を見ればわかる!」

「俺だって困ってるんだよ!」

「何よ、その言い方!」

「あ、違う。君とアレをナニするのが嫌という意味ではなくてだな」


 自分で言っておいて、さらに気まずくなった。

 30年間彼女なし。

 当然、キス経験もなし。

 異世界で初めて女性と口づけを交わす理由が、邪神像の指示。


 王様ゲームよりひどい。

 ロマンの欠片もない。


「別の方法を探そう」

 俺は即座に結論を出した。

「そうね」

 リアンも即答する。

 出会ってから最速の意見一致だった。


 その瞬間。

 石室全体が低く振動した。

 ゴゴゴゴゴ。

 邪神像の赤い目が輝き、床の紋様へ紫色の光が走る。

 狭い部屋の中央に、巨大な魔法陣が展開した。


 いや。

 部屋が狭いため、魔法陣がほとんど床一面を埋めている。

 逃げ場がない。

 ヴォルガサイトの光も、急激に強くなった。

 同時に、石板へ新しい文字が浮かび上がる。


『ノコリジカン 300』

 数字が減る。

 299。

 298。

 297。

「制限時間!?」

 俺は叫んだ。

 中学生の俺。

 やっぱりゲーム化を意識していた。

 いらないところまで、しっかりと。


「何て書いてあるの?」

「残り5分! それまでに仕掛けを解けってことだ!」

「解かなかったら?」

「昔の俺なら、この部屋を崩壊させるか、邪神を復活させるか――」

 俺は狭い部屋を見回す。

「たぶん両方だ!」

「昔のあなた、何者なのよ!」


 俺も聞きたい。

 閉ざされた祭壇。

 逃げ場のない狭い石室。

 邪神の左手に握られた、ピンポン玉ほどのヴォルガサイト。

 カタカナで書かれた脱出条件。


 そして。


 ともに来たる乙女との口づけ。


 294。

 293。

 292。


 30年間彼女なし。

 キス経験なし。


 そんな俺へ、異世界は難易度の高すぎる課題を突きつけてきた。


 邪神より。

 魔物より。


 俺にとっては、はるかに難易度の高い試練だった。


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