第3話 高難易度ダンジョンに金欠で来るな
どうやら世界が変わっても、人生の難易度だけは変わらないらしい。
俺は小さくため息をついた。
目の前では、金髪碧眼美少女エルフっ子のリアンが、相変わらず警戒するように俺を見ている。
助けた相手から、ここまで疑われるとは思わなかった。
いや。
全裸で現れ、いきなり大魔法を放ち、正体不明の言葉を口走り、首筋を褒めた。
並べてみると、疑われる理由しかない。
「それで」
リアンが口を開いた。
「ハルトは、いったい何者なの?」
来た。
いちばん聞かれたくない質問が来た。
俺が何者なのか。
そんなものは、俺が聞きたい。
前世では昭島透、30歳。
家電量販店のアルバイト。
彼女いない歴30年。
ラノベ作家志望。ただし、デビュー実績なし。
趣味はゲームと設定資料づくり。
特技は、新人賞の落選結果を何度も見直すこと。
そして今は、自分で考えた暗黒の魔導騎士らしき身体に入っている。
この説明をどこから始めれば、頭のおかしい男だと思われずに済むのだろう。
無理だ。
どこから始めても頭がおかしい。
「そうだな」
俺は考えるふりをして視線をそらした。
「話せば長くなる」
「じゃあ、長く話して」
「今は時間がない」
「さっきまで、自分の名前が恥ずかしいって叫ぶ時間はあったでしょう」
「そこは緊急性が高かった」
「何の緊急性よ」
鋭い。
非常に鋭い。
このままでは、すべてを白状させられる。
ならば先に、こちらから質問を投げるしかない。
会話の主導権を握る。
さっきも成功した高等技術だ。
一度使った手が、また通じる保証はないけれど。
「それより」
俺は倒れている傭兵たちへ視線を向けた。
「この人たち、全員やられたのか?」
リアンの表情が変わった。
警戒心がわずかに薄れ、その代わりに苦いもの噛んだような苦悶の表情が浮かぶ。
「……ええ」
「君が雇ったって言ってたよな」
「そうよ」
「何人で来たんだ?」
「私を入れて5人」
倒れている傭兵は4人。
つまり、生き残ったのはリアンだけだ。
「全員、あの緑のゴリラに?」
「グリーン・エイプよ」
「名前、そのままだな」
「何が?」
「いや、何でもない」
中学生の俺。
もう少しひねれ。
緑色の猿だからグリーン・エイプ。
無駄に凝った固有名詞と、投げやりな直訳名が同じ世界に混在している。
これもまた黒歴史の味わいである。
「全員がグリーン・エイプにやられたわけじゃないわ」
リアンは倒れた傭兵の一人を見た。
「上の階層で罠にかかった人もいるし、別の魔物にやられた人もいる。第三階層へ来る頃には、みんな傷ついていたの」
そんな危険なダンジョンで、なぜ俺は裸で顕現しちゃってんの?
「最初は二、三体ずつだった。でも途中から、倒しても倒しても奥から出てきて……」
リアンは壁へ背中を預けた。
「だから、精霊魔法を使った。何度も」
「精霊魔法?」
「契約している風の精霊に力を借りる術よ」
リアンは腰の小さな革袋を開き、俺へ見せた。
中には何も入っていない。
「精霊魔法は、ただでは使えないの。普段は精霊石や、精霊が好む香木や鉱石を触媒として捧げる。でも、それを使い切って術を発動すれば、足りない分は術者自身が支払うことになる」
「自分で?」
「体力や精神力を削られる。大きな術なら、命を持っていかれることだってあるわ」
その説明を聞いた瞬間、記憶の底に沈んでいた設定が浮かび上がった。
ああ。
そうだった。
俺が考えた世界では、魔法は大きく三系統に分かれている。
回復や浄化、補助を目的とする法術。
術者自身の魔力を、炎や雷といった力へ変換する魔導術。
そして、精霊との契約を通じて自然界の力を借りる精霊魔法。
精霊魔法は強力だが、必ず対価を求められる。
たしか中学生の俺は、設定資料の余白に、
『絶大な力には、必ず相応の代償が伴う』
と書き、赤いペンで二重線まで引いていた。
格好いいと思っていたのだ。
俺は改めてリアンを見る。
顔色が悪い。
呼吸も浅く、足元も安定していない。
さっき、グリーン・エイプに追いつめられても術を使わなかったのではない。
使えなかったのだ。
「最初は風刃で数を減らしていた。でも、みんなが動けなくなって、広範囲の術を使うしかなくなったの」
「触媒は?」
「使い切った。空っぽの革袋を見たでしょう」
「回復薬は?」
「ない」
「予備は?」
「ないわよ」
「ないもの、多くない?」
「うるさいわね!」
怒られた。
だが、これは言いたくもなる。
「つまり、予想より魔物が多くて、傭兵たちは途中で傷つき、リアンは精霊魔法を連発。触媒も使い切って、今はほぼ空っぽ」
「言い方!」
「燃料切れ」
「もっと悪い!」
リアンが頬を膨らませる。
かわいい。
いや。
金髪碧眼美少女エルフっ子を愛でている場合ではない。
俺は、近くに落ちていた長剣を拾い上げた。
「重っ」
と言うつもりだった。
言うつもりだったのだが。
軽い。
長さは1メートル近くある。
前世の俺なら、両手で持っても10秒で腕が震えていたはずだ。
それなのに今は、木の棒でも持っているような感覚だった。
「やっぱり、この身体すごいな」
「自分の身体でしょう」
「その話はあとで」
「また、はぐらかす」
俺は剣を目の高さまで持ち上げた。
刃には傷がある。
だが、大きく欠けてはいない。
鍔も柄も、手入れが行き届いていた。
そのとき。
頭の中へ、情報が流れ込んできた。
鋼製。
鍛造。
量産品だが、鍛冶師による調整済み。
刃の根元に微細なゆがみ。
あと数度、強い衝撃を受ければ折れる可能性がある。
「……は?」
何だ、今の。
考えたのではない。
見た瞬間に、わかった。
素材も。
作りも。
損傷も。
まるで剣が自己紹介してきたようだった。
「どうしたの?」
「この剣、刃の根元にゆがみがある。あと何度か強く打ち合えば折れる」
リアンが目を見開く。
「見ただけでわかるの?」
「たぶん」
「たぶんって何よ」
俺にもわからない。
だが、この能力には覚えがある。
ザインハルト・フォン・ノワール。
暗黒の魔導騎士。
絶大な魔導力。
超絶的な剣技。
特殊な血統。
古代遺物に関する膨大な知識。
そして、あらゆる物の本質を見抜く――『鑑識眼』
もちろん搭載済みだった。
昔の俺は、便利な能力を思いつくたびにザインハルトへ追加していた。
武器を見れば品質がわかる。
扉を見れば構造がわかる。
罠を見れば仕組みがわかる。
困ったら、とりあえずザインハルトに見抜かせる。
作者にとって非常に便利な男だった。
ありがとう、ザインハルト。
ありがとう、昔の俺。
主人公を食うほど設定を盛った甲斐が、今ここで発揮されている。
俺は、ほかの傭兵たちの装備へ視線を巡らせた。
鋼の長剣。長槍。重厚な鉄の盾。
使い込まれた硬革鎧。
補修跡は多いが、手入れはされている。
一人は鎖帷子まで身につけていた。
「この人たちは、弱くなかったはずだ」
「ええ。それなりにギルドで名の売れた傭兵たちだったわ」
「護衛や普通の魔物討伐なら、十分に通用したはずだ。ただ、この場所がそれ以上に危険だった、ということか」
リアンは答えず、倒れた傭兵たちを見た。
自分が雇い、自分の判断で連れてきた者たち。
責任を感じているのだろう。
薄情な人間ではないらしい。
いや。
薄情なエルフではない、が正解。
「ギルドでは何て言われた?」
「何のこと?」
「推奨人数と等級だよ」
リアンの肩がわずかに動いた。
「……最低でも6人」
「等級は?」
「アールム」
聞いた瞬間、頭の奥が痛くなった。
知っている。
冒険者の等級だ。
初級がキプルム。
中級がアルジャンテ。
上級がアールム。
どうして普通に初級、中級、上級では駄目だったのか。
中学生の俺は、何にでも専用の名前をつけたがった。
しかも途中で別の名称へ変更し、設定資料の中で呼称が統一されていない。
作者本人が混乱する世界設計。
斬新である。
「最低でもアールム6人。それなのに、来たのは5人?」
「……ええ」
「全員アールムだったのか?」
リアンが黙った。
嫌な予感しかしない。
「私と、もう一人だけよ」
「残りは?」
「アルジャンテ」
「中級か」
「言い方が雑!」
「意味は合ってるだろ」
「合ってるけど!」
つまり。
上級者6人を推奨される場所へ、上級者二人と中級者三人で入った。
しかも全滅の危機において、精霊魔法の触媒も回復薬もない。
「どうして、そんな編成で来たんだよ」
リアンが顔をそらした。
「お金がなかったの」
「え?」
「傭兵を4人雇っただけで、ほとんどお金がなくなったの!」
「人数がそろうまで貯めるとか——」
言いかけて、やめた。
このままでは、30歳独身フリーターが異世界の美少女へ生活指導を始めてしまう。
早く寝なさい。
お金を貯めなさい。
危ない場所へ行くなら、レベルを上げてアイテムを準備しなさい。
完全に母親の小言だ。
しかし、口を閉じても顔には出ていたらしい。
「初心者でもしない失敗だって言いたいんでしょう」
「言ってない」
「顔に書いてある」
「そんなに?」
「大きく」
イケメンの顔は、感情まで格好よく隠してくれるものだと思っていた。
どうやら違うらしい。
「帰る方法くらいは用意していたんだろ?」
「帰る方法?」
その反応で、また嫌な予感がした。
俺は頭の中に残る設定を探る。
高難易度ダンジョンから脱出する手段は、いくつか考えたはずだ。
転移の魔導具。
離脱用の術式。
ザインハルトにも移動用の魔導術があったような気がする。
だが、名前も術式も出てこない。
一時期の俺は『冥府の竜帝と五大世界の崩壊史』を土台に、別主人公、別時代、別大陸の派生作品を乱造していた。
その結果、似たような術や魔導具が別作品へ大量発生している。
空間転移を使えたのはザインハルトだったか。
追放された荷物持ちだったか。
魔王が転生した悪役令嬢だったか。
もう全部ごちゃごちゃだ。
中学生の頃、敵を派手に吹き飛ばす魔法には何ページも使って詳細に書いた記憶はある。しかし、安全な帰宅方法について詳細に記述していたかはまったく記憶にない。
現実でも異世界でも、帰宅手段を軽視するやつはろくな目に遭わない。
ただし、転移石は覚えている。
使用者と周囲の仲間を、あらかじめ記録した場所へ転移させる使い切りの魔導具。
高価だが、深いダンジョンへ挑むなら命綱になる。
「転移石は?」
リアンは、すっと視線をそらした。
「……高かったのよ」
「買わなかったのか?」
「傭兵を雇ったら、お金が残らなかったって言ったでしょう!」
「そこで削るのが帰還手段なの!?」
「全員で無事に帰れば、問題ないと思ったのよ!」
「その全員が全滅して、取り残されてるけど」
リアンは黙った。
沈黙が痛い。
主にリアンの判断力へ刺さっている。
「次からは、ちゃんと準備しような」
「子供に言い聞かせるみたいに言わないで」
「転移石なしで高難易度ダンジョンへ来た人に言ってるんだよ」
「うるさいわね!」
リアンが頬を膨らませる。
見た目だけなら、どう考えても注意されている子供の側だ。
本人の名誉のために黙っておく。
「……でも、どうしても急ぐ必要があったの」
リアンが、ぽつりと言った。
声の調子が変わる。
俺は続きを待った。
しかし、リアンはそれ以上話さない。
言いたくないらしい。
「まあ、よくわからないけど、事情があったなら仕方ないな」
「聞かないの?」
「話したくないから、言わないんだろ?」
「そうだけど……」
「なら、無理に聞けないよ」
本音を言えば、かなり気になる。
だが、俺も自分の事情を何一つ話していない。
相手にだけ説明を求めるのは不公平だ。
何より、しつこく聞いて美少女に嫌われるのが怖い。
こちらの理由が九割である。
「それより、今いるのは第三階層って言ったよな」
「ええ」
「ここは、どんなダンジョンなんだ?」
リアンが固まった。
「……え? どういうこと?」
「だから、この場所……」
「ここにいて知らないの?」
「ええと……」
まずい。
非常にまずい質問をした。
危険なダンジョンの第三階層。そこへ全裸で出現した男。
なのに、自分がいる場所の名前すら知らない。
怪しさが天元突破している。
「ハルト」
「はい」
「あなた、本当に何者なの?」
「それは話せば長くなる」
「またそれ?」
「今は時間がない」
「最初に戻ったじゃない!」
本当だ。
会話の主導権を握ったつもりが、きれいに一周して元の場所へ帰ってきた。
「とりあえず、この場所の名前だけ教えてくれ」
リアンは疑いと呆れの混じったジト目で、しばらく俺を見た。
「本当に知らないのね」
「知らないというか、思い出せないというか」
「記憶喪失?」
「それだ!」
俺は指を鳴らし、リアンを指さした。
「それがいい!」
「それがいいって何よ!」
便利な言葉だ。
記憶喪失。
異世界転生者が困ったときに使う、万能の身分証明書。
服がないことも、一般常識を知らないことも、多少は説明できる。
なぜ大魔法を使えるのかは説明できない。
そこは気合いで押し切る。
「ここはね」
リアンは疑いを残しながらも、説明を始めた。
「古代の邪教神、ガラエルナ・グラントを祀った地下神殿……」
その名を聞いた瞬間、記憶の奥で何かが弾けた。
黒い石柱。
五つの階層。
封じられた祭壇。
最深部の邪神像。
そして、希少鉱石。
「通称――断絶の神殿ギル・ザハド」
うわあ。
思い出してしまった。
古代。
邪教。
神殿。
断絶。
封印。
俺の好きだった言葉を、これでもかと詰め込んだ場所だ。
重い。
重ねすぎだ。
スパゲティ・ナポリタンをピザで挟み、その上へサーロインステーキを載せ、仕上げに生クリームをかけたくらい重い。
中学生の胃袋でも胸焼けする。
「どうしたの?」
「古傷が痛んだ」
「傷なんて見当たらないけど」
「心の傷だ」
「急に重いわね」
重くのしかかるのは昔の俺である。
そして、そんな設定過多のダンジョンへ、俺は全裸で転生した。
もう少し初心者向けの草原とか、平和な村の近くとか、そういう場所はなかったのか。
この世界には、転生者への配慮が足りない。
作者の顔が見てみたい。
俺だった。
最悪だ。
「それで、私がここへ来た目的は――」
「冥輝鉄石ヴォルガサイトか」
俺が先に言うと、リアンの口が止まった。
「……どうして、それを?」
「いや、その」
しまった。
また先走った。
断絶の神殿ギル・ザハド。
その最深部にある邪神像。
像の手に握られた希少鉱石。
そこまで思い出せば、目的も自然につながる。
だが、リアンからすれば、現在地すら知らなかった男が、いきなり最深部の秘宝を言い当てたことになる。
怪しい。
自分で考えても、とても怪しい。
「今、思い出したんだ」
「都合よく?」
「記憶というのは、関連する言葉を聞くと芋づる式によみがえることがある」
「何よ、それ」
リアンが疑わしそうに目を細める。
実際は、昔の設定資料を頭の中で検索しているような状態だった。
知っているはずの世界。
知らない人物。
思い出せる設定。
思い出せない設定。
しかも検索性能が悪い。
必要な情報は出てこないくせに、恥ずかしい魔法名や長すぎる固有名詞だけは予測変換のように先回りする。
黒歴史にだけ最適化された欠陥検索エンジンである。
「まあ、当たりよ」
リアンは、ひとまず追及を諦めたようだった。
「ギルドから受けた依頼は、最深部にある冥輝鉄石ヴォルガサイトの回収」
「やっぱりな」
「でも」
リアンの声が低くなる。
「それだけじゃないの」
「え?」
リアンは一度ためらい、意を決したように俺を見る。
「私がこの場所へ来た、本当の理由は――」
彼女が答えようとした、そのとき。
通路の奥から、低いうなり声が聞こえた。
一つではない。
二つ。
三つ。
もっと多い。
暗闇の中に、黄色い光が浮かぶ。
目だ。
緑色の体毛を持つ影が、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
リアンの顔から血の気が引いた。
「グリーン・エイプ……」
俺は長剣を握り直す。
暗闇の奥で、黄色い目が次々と増えていく。
5体。
10体。
数えきれない。
どうやら、詳しい説明を聞く前に。
この身体が剣でも戦えるのか、確かめることになりそうだった。




