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中二病の頃に作った設定厨ノートが連綿と息づく異世界だけど、見知らぬヒロインが多すぎる  作者: 永庵呂季
城塞都市ローグナット編

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第20話 エルフっ子の監視つきで、日雇い仕事をはじめる

 デーリックと別れ、宿屋へ戻る道を歩いていると、通りの向こうに金色の髪が見えた。


 リアンだ。


 人の往来を縫うように歩きながら、きょろきょろと左右を見回している。

 まるで迷子の少女が親を探しているような困り顔。


 俺と目が合った瞬間、その顔に安堵の色が浮かんだ。

 しかし、それも一瞬だけだった。

 すぐに眉を吊り上げ、早足でこちらへ向かってくる。


「どこまで行ってたのよ!」

「中央広場。デーリックと話してただけだよ」

「ずいぶん遅かったじゃない」

「心配してくれたの?」

「べ、別に!」


 出た。

 もはや様式美のような否定である。


「騎士団の宿舎にもいないし、宿屋にも戻ってないし、仕方なく捜してただけよ」

「それを世間では心配したって言うんじゃないのか?」

「違うわ。借金のある男に逃げられたら困るでしょう」

「大丈夫。借金を踏み倒して逃げるほどの生活力はない」

「安心したくない理由ね」


 ごもっともである。

 リアンは俺の腕や顔を確かめるように眺めた。


「変なことされなかった?」

「されてないよ。ちょっと込み入った話をしただけだ」

「本当に?」

「本当だって。デーリックは話のわかる人だった」

「ふうん」


 まだ納得していない顔だ。

 俺は少し身を屈め、リアンの顔を覗き込む。


「そんなに俺のことが心配だったんだな」

「違うって言ってるでしょ!」

 拳が腹へ飛んできた。

 別に痛くない。ただかわいいのみ。

「リアンて最初にあったときより、ずいぶん手が出るのが早くなった」

「どうせ痛くないんでしょ!」

「まあ、そうなんだけど」

「じゃあ、良いじゃない!」


 いや、よかないだろ。


     ◇


 ローグナットのギルド支部はすでに開いていた。

 せっかく外へ出たのだから、そのまま仕事を探しに行くことにする。

「女将さんの仕事を手伝うのは、最後の手段だ」

 ギルドへ向かう途中、俺は言った。

「どうして?」

「優しいからな。文句を言いつつも、頼めば雇ってくれそうだろ」

「それなら最初から頼めばいいじゃない」

「本当に困ったときの逃げ道は、最後まで残しておくべきなんだよ」

「なに、急に真人間みたいなこと言って」


 リアンが目を丸くする。

 あと、リアンのメイド姿も見てみたい。

 白いエプロン。

 短いスカート。


 少し不機嫌そうな顔で、

「ご注文は? さっさと決めなさいよ」

 と言ってほしい。


 だが、今の宿屋がそこまで人手不足とも思えない。

 妄想のためだけに職場へ人員をねじ込むのは、さすがに迷惑だろう。

 俺にも最低限の社会常識はある。

 最低限しかないけれど。


 ギルドの建物へ入る。

 朝の依頼を探す冒険者たちで、すでに掲示板の前は賑わっていた。

 リアンは並んだ依頼書をつま先立ちで見上げる。


「冒険以外の仕事を探すのって、私も初めてかも」

「そうなのか?」

「ギルドへ来るときは、だいたい討伐か採取だから」


 ギルドという名称から、冒険者だけの組織を想像しがちだが、正確には様々な仕事を斡旋・仲介する場所である。

 鍛冶師には鍛冶師のギルド。

 商人には商人のギルド。

 薬師には薬師のギルド。

 職業ごとに無数の組合があり、それぞれの仕事と人材を結びつける。

 冒険者ギルドも、その巨大な仕組みの一部だ。

 地方都市では職業ギルドと冒険者ギルドはだいたい兼用で事務所を構えている。

 なので危険な仕事だけでなく、運搬、護衛、清掃、臨時の店番まで扱っている。


 異世界版の職業紹介所。

 しかも履歴書不要。

 よくできた制度だろう。

 俺が考えたんだぜ。

 ふふん。


 とはいえ、掲示されている依頼の大半は、魔物討伐や素材採取だった。

 普通の仕事は意外に少ない。

 この世界の町や村では、近隣住民同士の結びつきが強い。

 屋根が壊れれば、隣の大工へ声をかける。

 畑仕事に人手が必要なら、近所同士で助け合う。

 酒場の店員が病気になれば、その親戚が臨時で入る。

 わざわざ斡旋所へ依頼を出さなくても、日常的な仕事は地域の中で回ってしまうのだ。

 隣近所の密度が濃い。

 ファンタジー世界は、意外と町内会が強い。


「あ、これいいじゃない」

 リアンが一枚の依頼書を指差した。

「今日だけの仕事よ」

 内容は、大通りに面した喫茶店の引っ越し作業。

 家具や食器を馬車へ積み込む人手を求めている。

「そのお店、王都へ移転するんですよ」

 受付嬢が教えてくれた。

「ようやく王都で店を構える資金が貯まったそうです。明日の朝には出発するので、今日中に店舗内から荷物を運び出したいとか」

「報酬は即日払い?」

「作業終了後に現金で支払われます」

 安全。

 確実。

 剣も魔法も必要ない。

 人類の存亡にも関係しない。

「これにする」

 即決だった。


     ◇


 ギルドを出て、依頼先の店へ向かう。

 当然のように、リアンも隣を歩いていた。


「リアンさん?」

「なによ」

「一緒に来るの?」


 リアンの足が一瞬止まった。

 どうやら、自分がついていくことをまったく疑問に思っていなかったらしい。

 依頼を受けたのは俺で、募集枠もひとり。

 リアンがくる理由はこれといってない。


「と、当然でしょ」

「どうして?」

「ちゃんと仕事をするか監視よ!」

 苦しい。

 あまりにも苦しい言い訳だ。

「監視なら、騎士団の人が後ろからついてきてるよ」

「え?」

 リアンが振り返ろうとする。

「振り返らないほうがいい。気づいてないふりをしてあげよう」


 デーリックと別れてから、一定の距離を保ったまま、騎士が一人ついてきている。

 姿を完全に隠しているわけではない。

 露骨に監視しているようにも見せない。

 つかず離れず。

 こちらが町の外へ向かわない限り、声をかける気もないようだ。

 俺の勘が鋭くなったわけではない。

 おそらく、ザインハルトのスキルである「敵感知」の恩恵だろう。

 周囲の敵意や警戒、監視の視線まで察知する。


 剣技。

 魔導術。

 鑑識眼。

 身体能力。

 敵感知。


 戦闘に役立つものなら、思いつく限り盛りつけられている。

 まるで戦闘特化型の全部乗せラーメンだ。

 豚骨。

 背脂。

 にんにく。

 極太麺。

 チャーシュー五枚。

 さらに上から麻婆豆腐まで乗せたような、胸焼け必至の暗黒魔導騎士。

 それがザインハルト・フォン・ノワールである。


 昭島透の勘など、大凶を引き当てるときにしか働かない。

 監視に気づけたのは、きちんとスキルが発動していると考えるほうが理にかなっている。


「向こうも仕事でやってるだけだよ」

 俺は言った。

「昨日の一件もあるし、俺たちが本気で何かを企んでいると思っているわけじゃない」

「それでも、気分のいいものじゃないわ」

「まあな。でも、こっちも悪いことをするわけじゃないし」

「……そうね」

 リアンは監視すると宣言した手前、今さら宿屋へ帰ることもできないらしい。

 結局、そのままついてきた。


     ◇


 依頼先の喫茶店へ着くと、リアンが店の前で立ち止まった。

「あ……」

「どうした?」

「このお店、一度入ってみたいと思ってたの」

 閉じられた扉の向こうからも、紅茶の甘い香りが漂っている。

「前を通るたび、いい香りがしてたから……閉まっちゃうのかぁ。残念」

「そうだったのか」

 看板を見る。

 店名は、

『ロベルト&ティエール』


 たしか夫婦で営んでいる喫茶店だったはず。

 俺の設定資料では。

 喫茶店とはいえ、ファンタジー世界の店なので、酒も出す。

 昼は紅茶と軽食。菓子もある。

 夜はワインと煮込み料理。


 レヴァンもザインハルトも立ち寄らない。

 本編には一切関係しない。

 設定資料の隅にだけ存在していた、無駄設定の一つだったはずだ。


 なぜ、主人公が入らない店の営業時間や看板料理まで決めたのか。

 俺にもわからない。

 中学生の俺に聞いてくれ。

 

 店へ入ると、若い夫婦が出迎えてくれた。

 夫は人間の男性。

 妻はエルフの女性だった。

 年齢差は外見だけではわからない。

 旦那は30代に見えるが、奥さんは旦那さんより少し年上に見える程度だ。


「ギルドの依頼を見て来ました。ハルトです」

「リアンよ」

「助かるよ。私はロベルト。妻のティエールだ」

「募集はひとりだったはずなのだけど……」

 と、ティエールさんは少し困ったように呟く。

「ああ、この子はその……分けあって付き添いで」

 どんなわけがあったらエルフっ子に付き添われなければいけないのか。

 お願いだから突っ込まないで欲しい。

 二人はなんとなく互いに顔を見合わせて、可笑しそうに笑いあっている。

 どうやら、なにかを勝手に都合よく解釈して納得してくれたようだ。


「それじゃあハルトくん、さっそく仕事をお願いできるかな」


 店内には、すでにいくつもの木箱が積まれていた。

 壁やカウンターは白い漆喰を基調にし、木製の棚や淡い色の布で柔らかく整えられている。


 小さな花瓶。

 丸い照明。

 窓際の席には、植物を編んだ飾り。

 派手ではないが、落ち着く空間だった。

 リアンが嬉しそうに店内を見回す。


「すごく素敵」

「ありがとう」

 ティエールさんが微笑んだ。

「内装は私が考えたのよ」

「やっぱり」

「やっぱり?」

「なんとなく、エルフっぽい感じがしたから」


 二人はすぐに内装の話で盛り上がり始めた。

 同じエルフ同士、感性が合うのだろうか。

 俺には、木が多くておしゃれ、くらいしかわからない。

 作業を始める。

 壁に固定された棚やカウンターは残すらしい。

 運ぶのは椅子。

 大きなテーブル。

 茶葉の入った樽。

 食器を詰めた木箱。

 調理器具。

 店の奥に保管されていた酒瓶。

 それらを外に停めた馬車へ積み込んでいく。


 ザインハルト・フォン・ノワールの身体でよかった。

 大きなテーブルも、一人で持ち上がる。

 食器がぎっしり詰まった木箱も軽い。

 両腕へ一箱ずつ抱え、そのまま階段を上がれる。


 昭島透には、引っ越し業者のアルバイトを一日でばっくれた苦い過去がある。

 求人には「軽作業」と書かれていた。

 軽作業。

 なんて優しそうな言葉だろう。

 実際に現場へ行くと、冷蔵庫。

 洗濯機。

 食器棚。

 大量の段ボール。

 軽い物など、作業員の口調くらいしかなかった。

 俺は何一つまともに運べなかった。

 翌朝、全身の筋肉痛を理由に電話をかけ、そのまま辞めた。


 それでも一日分の報酬は発生した。

 給料を受け取りに事務所へ行ったときの気まずさといったらない。

「昭島くん、もう来ないんだよね?」

「はい」

「じゃあ、ここにサインして」

「はい」

 受付の女性と目を合わせられなかった。

 忘れたい黒歴史は、創作関係だけではない。


 さすが昭島透。


 人生のあらゆる分野で、まんべんなく恥を積み重ねている。

 俺が汗を流して荷物を運んでいる間、リアンはずっと内装を眺めていた。


「リアン」

「なに?」

「本当に監視しかしないのね」

「監視って言ったでしょ」

「一箱くらい運んでも罰は当たらないと思うけど」

「繊細な食器を私が落としたら困るじゃない」

「俺は食器を二箱ずつ運ばされてるけど」

「頑丈そうだから大丈夫よ」


 信頼されているのか、雑に扱われているのか。

 たぶん後者だ。


「そんなに気に入ったなら」

 ティエールが、リアンへ柔らかく笑いかけた。

「あなたがお店を引き継いでくれればいいのに」

「え?」

 リアンが目を瞬いた。


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