第19話 話のわかる男と、話せない未来
「ハルト。君はいったい、何者だ?」
答えに困る質問が来た。
「それほどの力を持ちながら、なぜ今まで在野で過ごしていた?」
「それは……」
「士官の口なら、掃いて捨てるほどあるだろう。貴族の抱える私設騎士団でも、傭兵団でも、その技量ならば好きな地位を選べる」
デーリックは腕を組んだ。
「我が白耀騎士団にだって、欲しいくらいだ」
それはね、デーリック。
俺がついこの間、全裸で生まれたばかりだからだよ。
とは言えない。
正確には転生しただけだが、洞窟の中で全裸から始まったのは事実である。
生後数日の30歳。
データが自分で言っててキモい。
「記憶が、ほとんどないんです」
結局、いつもの説明へ逃げる。
「気づいたら、断絶の神殿にいた。それ以前のことは、自分の名前以外、ほとんど覚えていない」
「そうか」
デーリックはそれ以上問い詰めなかった。
記憶喪失で通すしかない。
だが、そうなると、伝えたいことまで伝えられない。
「言えないか」
デーリックは広場へ視線を戻した。
「まあ、君ほどの力を持つ者が家名まで捨てて暮らしているのだ。よほどの事情があるのだろう」
話のわかる上司っぽくて助かる。
家名は捨てたわけではない。
恥ずかしいから封印しているだけです。
ザインハルト・フォン・ノワール。
声に出すと、中学生時代の俺が背後から抱きついてくる。
やめろ。
もう俺は大人なんだ。
「しかし、困ったものだな」
デーリックが息を吐いた。
「我々、白耀騎士団の団員は、女神エルネシアへ宣誓している身だ」
「宣誓?」
「虚偽を口にしない。汝、偽ることなかれ、というやつさ」
「なるほど」
「君のことを、大司祭猊下へどう報告したものか」
虚偽は言えない。
かといって、俺が黒騎士の剣技を使ったと正直に報告すれば、異端審問へ一直線かもしれない。
デーリックなりに、考えてくれているらしい。
「デーリック、一つ聞いていいですか?」
「何かな」
「なんで、あなたが団長じゃないんです?」
デーリックは少しだけ目を丸くした。
「それは、私が決めることではないからだ」
「誰が決めたんです?」
「騎士団の最高責任者である国王陛下。そして前騎士団長、宰相、最後に騎士団を含めた全アルヴァレス軍を統括している将軍閣下の推薦だ」
「オルセリアが選ばれた理由は?」
「彼女は強い」
即答だった。
「一対一の純粋な剣技であれば、すでに私を超えている」
「そんなハイスペックなの?」
つい素で聞いてしまった。
「はいすぺっく?」
「すごく強くて、有能って意味です」
「なるほど」
デーリックは納得したらしい。
「もちろんすべてを兼ね備えた者のみがその地位に付くわけだが、彼女が選ばれた理由は、力や人望だけではないだろう」
「では、何です?」
「もっと大きなものだ」
デーリックは広場を歩く人々へ目を向ける。
「運命力、とでも呼ぶべきものかな」
「なんですか、それ」
「時代の流れというやつだ」
曖昧だ。
「私にも、うまく説明できない」
本人も曖昧だった。
「王国は変わりつつある。これまでの秩序や慣習だけでは、国を守れない時代が来る。若く、女性であり、古い派閥に染まりきっていない彼女が団長へ選ばれたことには、そういう意味もあるのだろう」
少し離れた場所で、子供の木剣が地面へ落ちた。
もう一人の子供が拾い、持ち主へ渡す。
「それに、私は団長になることを望んでいない」
「そうなんですか?」
「権力争いのやり玉に挙げられるなど、まっぴらごめんでね」
デーリックは苦笑した。
「私はただ、気の合う仲間と、この国を守っていきたい。それだけだ」
やっぱり、いいおっさんじゃないか。
おっさんって。
まあ、俺もおっさんなんだけど。
見た目だけなら、俺のほうがずっと若い。
中身は五歳しか違わない。
つらい。
「だからこそ、担ぎ上げられたオルセリアを守ってやらなければならない」
デーリックの声が少し柔らかくなった。
「私の教え子でね」
「そうだったんですか」
「彼女が騎士団長として務めている間は、私も騎士団を辞めずにいようと誓っている」
俺の設定では、デーリックが白耀騎士団長だった。
だが、今の世界ではオルセリアが団長を務め、デーリックはその補佐へ回っている。
設定と違う。
けれど、この関係は悪くない。
むしろ、デーリックらしい気さえした。
「副団長は?」
俺は尋ねた。
デーリックの顔から、柔らかさが消える。
「あいつのことは眼中にない」
即答だった。
「遅かれ早かれ、戦場で消えるだろう」
「ずいぶん厳しいですね」
「どれほど他人を盾にして後ろへ隠れていようとも、敵の剣や槍というものは、なぜか臆病者へ寄っていくものだからな」
違う。
そうじゃない。
ダリオ・ベルネック。
俺のプロットでは、裏切りのダリオと呼ばれる男。
勇者レヴァンへ力を貸す白耀騎士団を弱体化させるため、敵と内通する。
冥府竜帝の息がかかった魔族軍と結託し、金と地位のために人類を裏切る卑劣な男。
白耀騎士団は、その裏切りによって壊滅的な打撃を受ける。
デーリックも。
たぶん登場していなかったオルセリアも。
そして付き従う多くの騎士たちも。
俺の書いたプロットどおりならば、窮地へ追い込まれる。いずれ死者もでるだろう。
このまま黙っていたら、寝覚めが悪すぎる。
「デーリック」
「どうした?」
「あの男を、ダリオを信用してはいけない」
デーリックは驚かなかった。
「わかっているさ」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「オルセリアもわかっている。騎士団の誰も、あいつを歯牙にもかけていない」
「なるべく早く、追放したほうがいい」
デーリックの目が細くなった。
「何か知っているのか?」
どう言えば、信じてもらえる。
未来の物語を知っています。
あなたたちは、あの男に裏切られます。
俺が中学生の頃に書いたプロットでは、そうなっていました。
言えるわけがない。
「証拠は、ありません」
「では、なぜ?」
「うまく説明できない。ただ、危険なんです」
デーリックは俺の顔を見つめた。
疑っている。
当然だ。
ダリオが裏切るのは、物語のクライマックスに近い。
今の世界は、まだ平和そのものに見える。
勇者レヴァンが旅立っているのかすらわからない。
それなら時間の猶予はあるのだろうか。
それとも、俺が知らないところで、物語はもう進み始めているのか。
知っているのにネタバレできない。
こんなにもどかしい状況があるとは思わなかった。
「覚えておこう」
デーリックは、しばらくして答えた。
「証拠のない話で人を裁くことはできない。だが、君が意味もなく忠告する人間ではないことも、今日話してわかった」
「信じてくれるんですか?」
「すべてを、とは言わん」
正直な人だ。
「だが、警戒する理由にはなる」
それだけでも、今は十分か。
「今日は、このあたりでお開きにしよう」
デーリックは広場へ向かって歩き出した。
「話せてよかったよ、黒騎士ハルト」
「俺は黒騎士じゃない」
反射的に否定する。
それは本当だ。
「ふっ……そうだったな。君はいま記憶喪失だったな。ダリオのことも、ただの君の直感……ということにしておこう」
色々汲んでくれる。
上司にしたい平騎士ナンバーワンだ。
俺は黒騎士ではない。
暗黒の魔導騎士だからな。
そこは絶対に間違えないでほしい。
別に名乗るつもりはないが、設定としての誇りというものがある。
設定厨の矜持だ。黒騎士は始祖。ザインハルトの血統のはじまり。そこはこだわっていきたいところだ。
ああ、やっぱり俺ってめんどくさい中二病体質なんだな。




