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中二病の頃に作った設定厨ノートが連綿と息づく異世界だけど、見知らぬヒロインが多すぎる  作者: 永庵呂季
城塞都市ローグナット編

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第17話 ふたりだけの秘密

 常駐兵宿舎を出ようとすると、入口では騎士たちが壊れた扉を直していた。

 蝶番(ちょうつがい)を交換し、割れた木材を運び、新しい板を打ちつけている。

 俺が吹き飛ばした衛兵も、頭へ包帯を巻きながら作業していた。

 申し訳ない。


「さっきは、すみませんでした」

 俺が頭を下げる。

 騎士たちの動きが、ぴたりと止まった。

 一人が金槌を置く。

 別の騎士がこちらへ向き直る。

 さらに、その後ろにいた者たちまで集まってきた。

 十人。

 いや、もっといる。


 まずい。


 さっき倒された報復か。

 今度は剣を抜かず、集団で袋叩きにするつもりなのでは。

 それなら反撃していいのだろうか。

 いや、謝罪した直後にもう一度全員倒したら、人間性を疑われる。

 俺はじりじりと後ろへ下がった。


「ハルト殿」

 先頭の騎士が口を開く。

「はい」

 声が少し裏返った。

「先ほどの剣技ですが……どうすれば、あれほど滑らかに相手の剣を受け流せるのでしょうか」

「はい?」

「私もお聞きしたい」

 別の騎士も身を乗り出した。

「あの盾の側面へ刃を滑らせる動きは、どの流派の技ですか?」

「三人に囲まれた際、なぜ背後を見ずに攻撃を察知できたのです?」


 報復ではなかった。

 教えを請われている。

 さっきまで敵として囲まれていたのに、今度は尊敬の眼差しで囲まれている。

 悪くない。

 いや、かなりいい気分だ。


「まず、相手の肩と腰を見るんです。剣そのものを見るんじゃなくて、身体全体の動きを――」

「何をしている!」


 宿舎の奥から、オルセリアの声が響いた。

 騎士たちが一斉に背筋を伸ばす。


「扉の修繕を命じたはずです! 持ち場へ戻りなさい!」

「はっ!」


 全員が蜘蛛の子を散らすように作業へ戻った。

 俺の即席剣術講座は、開始から十秒で終了した。

 オルセリアは俺を一瞥する。


「貴殿も、勝手に騎士団の訓練へ介入しないでいただきたい」

「聞かれたから答えようとしただけな——」

「さっさと宿へ戻りなさい」

 まだ怒っていらっしゃる。

『ファンタジー大百科』で培った知識を披露する機会が失われてしまった。


     ◇


 宿屋へ戻ると、女将さんとミミルが入口で待っていた。

「ハルトさん!」

 ミミルが俺を見つける。

 一瞬、髪の間から獣の耳がぴんと立った。

 すぐに慌てて引っ込める。女将さんにバレないか、こっちがヒヤヒヤする。

 そのまま駆け寄り、俺の腹へ抱きついてくる。


「無事だったんですね!」

「おお、心配してくれたのか。可愛い子じゃー」

 俺はミミルの頭を撫でた。

 柔らかい髪。

 頭の上には、半分だけ隠れた耳。

 触りたい。

 だが、勝手に触るのはまずい気がする。

 ポムの肉球と同じく、信頼を積み重ねてからだ。

「よかったよ。本当に」

 女将さんも胸を撫で下ろした。

「騎士団の宿舎で騒ぎが起きたって聞いたから、あんたまで捕まったのかと思ったよ」


「騒ぎを起こしたのは、ほぼハルトだけどね」

 リアンが意地悪く言う。

「誰かさんが連れていかれたって聞いたからだろ」

「だからって、騎士団の宿舎を壊す?」

「扉だけだ」

「騎士も十人くらい倒したでしょ」

「大きな怪我はさせてない」

 俺がミミルの頭を撫で続けていると、リアンの頬がまた膨らんだ。

「見境いないんだから」

「何が?」

「なんでもない」


 やはり妬いているのでは?

 いや。

 期待してはいけない。

 30年間、一度も女性から嫉妬されたことのない男が、異世界へ来た途端に都合よくモテ始めるわけがない。


 期待しては傷つく。その繰り返しで生きてきた。

 そんな黒歴史の負の連鎖は、30歳越えたら断ち切らねばならない。


     ◇


 夕食の時間。

 今夜の料理は、いつもより豪華なものを注文した。

 大皿の中央には、香草を詰めてじっくり焼き上げた骨付き肉。

 表面には蜂蜜酒を使ったらしい照りのあるソースが塗られ、焦げ目のついた脂から香ばしい匂いが立ち上っている。

 ナイフを入れると、ぱりりと焼けた皮の下から肉汁が溢れた。

 添えられているのは、肉の脂を吸った芋と、甘みの強い根菜。

 さらに、茸と玉葱を煮込んだ濃厚なスープ。

 焼きたての白パン。

 薄く切った燻製肉と、塩気のあるチーズまでついている。


 いつもの黒パンと煮込み料理も悪くはない。

 だが、今日は完全に宴会である。


「ずいぶん豪華にしたわね」

 リアンが大皿を見つめる。

「宿代は騎士団持ちだからな。食事も宿代につけてもらう」

「宿泊に必要な範囲って言ってたでしょう」

「食べなければ生きていけない。つまり必要だ」

「抜け目ないわね」

「伊達に年を重ねてない」

「私と同じくらいでしょう?」

「そうでした」


 見た目は若い。

 中身は30歳。

 この問題は、今後も俺を悩ませそうだ。


 酒も、いつもより少しだけ上等なものを頼んだ。

 俺には、麦の香りが濃い琥珀色のエール。

 リアンには、女将さんが勧めてくれた芳醇な赤ワイン。

 深い紅色で、果実の甘い香りがする。


 リアンがワインを口へ運ぶ。

 一口飲むと、白い頬がほんのり赤く染まった。

 燭台の光が、金色の髪と赤みを帯びた頬を柔らかく照らしている。


 きれいだな。

 思わず見とれてしまった。


「なに?」

「いや、別に」

 慌ててエールの杯を傾ける。

 冷たい酒が、緊張で乾いていた喉へ染み込んだ。

 麦の香ばしさ。

 わずかな苦味。

 そのあとに広がる、やさしい甘さ。

「プッハー! ヒャッホウ! しみるー!……」

「ハルト……おっさんクサい」


 リアンが呆れ顔で言う。

 じっさいにおっさんなのだから、致し方あるまい。

 しかし、最初の一口はうまい。酒飲みではないが、この一撃はうまい。

 おっさんだから仕方ない。うまいものはうまい。


 キンキンに冷えてやがるんだもの!


 騎士団の宿舎へ殴り込み、異端審問の可能性を告げられたあとの酒は、ひどく身体に染みた。


 骨付き肉を切り分ける。

 外側は香ばしく、内側は柔らかい。

 噛むたびに肉汁と香草の香りが口いっぱいに広がる。

 芋へソースを絡めると、これもまたうまい。

 異世界へ来てから、初めてまともに贅沢をしている気がする。


「さっきは助かった」

 俺は肉を飲み込んでから言った。

「何が?」

「第五階層の話だよ。俺、危うく本当のことを全部話すところだった」

「全部って……」

 リアンの手が止まった。

「邪神像とか、天井とか、ヴォルガサイトとか」

 俺は少し間を置く。

「……チューとか」

「大声で言うな!」

 リアンが身を乗り出し、慌てて俺の口を塞ごうとする。

「誰も聞いてないって」

「そういう問題じゃない!」

 白い頬が、ワインを飲んだときより赤くなっていた。

「でも、騎士団には秘密にするんだろ?」

「必要のないことまで話さなかっただけよ」

「じゃあ、第五階層で起きたことは、俺たちふたりだけの秘密ってことか」

「なっ……」

 リアンの長い耳まで、じわりと赤くなる。

「な、何よ。その言い方」

「いや。俺とリアンしか知らないんだなと思って」

「べ、別に秘密を共有したくて黙ってるわけじゃないから。話す必要がないだけよ」

「そうだな」

「わかってるなら、変な言い方しないで」


 リアンは誤魔化すようにワインを口へ運んだ。

 だが、杯の縁から覗く頬はまだ赤い。

 やはり、ふたりだけのチューという情報は、世界の安全保障より厳重に守るべき機密らしい。


 悪くない。

 いや、かなりいい。


「めんどくさい話になってきたな」

「最初から十分めんどくさかったでしょ」

「黒騎士の話は知ってる?」

「おとぎ話でしょ」

 リアンはパンをちぎり、スープへ浸した。

「黒騎士の竜退治なら、どの種族にも、どの地方にも似たような話が残っているわよ。ただし、細かい部分は全然違うけど」

「たとえば?」

「黒騎士はもともと竜の眷属だったとか、竜に故郷を滅ぼされた人間だったとか」


 どちらも書いた覚えがある。


「竜を倒したという話もあれば、封印したという話もある。黒騎士自身が犠牲になるものもあれば、恋人や仲間を生贄にしたものもある」


 それも書いた。

 全部、俺だ。


「バリエーションがありすぎて、どれが本当なのかわからないって感じね」

「すまん」

「なんであんたが謝るの?」


 緻密な世界設定を作ったつもりだった。

 魔法体系。

 国家。

 種族。

 宗教。

 歴史。

 通貨。

 精霊界に咲く、希少な花から採れるはちみつに至るまで、無駄に細かく決めている。


 そのくせ、ザインハルト・フォン・ノワールだけは設定そっちのけで、格好いい要素を次々と盛りつけていった。


 人間と竜種の混血。

 暗黒の魔導騎士。

 冥府竜帝と深い関係を持つ血統。

 最強の剣技。

 謎の過去。

 悲劇。

 裏切り。


 思いつくたびに追加した。

 その挙げ句が、始祖たる黒騎士のぶれようである。


 竜帝の忠臣だったり。

 竜帝を封じた英雄だったり。

 世界を救ったり。

 滅ぼしかけたり。

 俺がノートをなくしては、新しい設定を書き足していたせいだ。

 この世界が俺の知っている物語から少しずつおかしくなっているのも、ザインハルトと黒騎士の矛盾した設定が、変数として絡み合っているからなのかもしれない。


 だとしたら。

 世界がおかしい元凶も、かなり俺なのでは。

 考えたくない。


「めんどくさいことになったな」

 俺はエールを飲みながら繰り返す。意味は違うけど。

「だから、最初からめんどくさいって言ってるでしょ」


 確かに。

 異世界転生。

 伝説の黒騎士。

 女神の神託。

 王国最強の騎士団。

 異端審問の可能性。

 監視付きの宿暮らし。

 宿代無料。

 最後だけは悪くない。


 まあ、転生した最初からいろいろとめんどくさい事態だった。

 今さら一つや二つ増えたところで、大した違いはないのかもしれない。


 食事がうまい。

 リアンはやさかわいい。

 そんなことだけで幸せを感じられる。


 今はまだそれで充分だ。


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