↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
中二病の頃に作った設定厨ノートが連綿と息づく異世界だけど、見知らぬヒロインが多すぎる  作者: 永庵呂季
城塞都市ローグナット編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/22

第13話 ミミルの本当の秘密と、金貨2枚の使い道

 城壁を出たミミルは、街道から外れた細い獣道へ入っていった。

 夕暮れはもう終わりかけている。

 空の端にはわずかに赤みが残っているが、森の中はすでに薄暗い。


「こんな刻限に……危ないじゃない」

 後ろから、リアンが小声で言った。

「だから追いかけてるんだろ」

「それはそうだけど……」

「何か事情があるんだろうな」

「それを確かめるために、内緒でこっそり後ろから子供を追いかけてるの?」

「言い方」

「事実でしょう」


 たしかに。

 現在の俺たちは、12歳の少女を尾行する不審な男女である。

 しかも片方は、全裸で発見された前科持ち。


「見失うわよ」

 リアンに急かされ、歩調を速める。

 ミミルは何度も後ろを振り返っていた。

 そのたび、俺たちは木の陰や岩の裏へ隠れる。


 完全に不審者ムーブだ。


 やがて獣道は、町外れの低い崖へ続いていた。

 崖の壁面に、黒い穴が開いている。

 洞穴だ。

 ミミルは周囲を確認すると、その中へ入っていった。


「行くぞ」

「待ちなさい。中に何がいるかわからないわ」

「ミミルがいる」

「それ以外の話よ!」


 俺たちは足音を殺し、洞穴へ近づいた。

 中から、小さな声が聞こえる。


「今日はお肉、少し多めに持ってきたよ」

 ミミルの声だ。

「痛いの、まだ治らない?」

 低い鳴き声が返ってくる。

 ただの動物ではない。

 空気を震わせるような、重い声だった。


 洞穴の入り口から、そっと中を覗く。

 ミミルの前に、巨大な四足獣が横たわっていた。


 虎とライオンを混ぜ合わせたような姿。

 全身は灰褐色の毛で覆われ、肩から背中にかけて黒い縞が走っている。

 体格は大型犬どころではない。

 伏せている状態でも、ミミルの胸元近くまである。

 太い前脚。

 鋭い牙。

 だが、丸みのある耳と、大きすぎる前足には、どこか愛嬌があった。

 格好いい。

 そして、ちょっとかわいい。

 異世界の魔物デザインとして、かなり成功している。


「グラウゼルだわ」

 リアンが息をのんだ。

 その名を聞いた瞬間、頭の奥で古い設定資料集のページがめくれる。


 鋼尾獅虎グラウゼル。

 平常時は、長い尾の先に柔らかな毛が生えている。

 戦闘状態になると、その毛が鋼鉄の針へ変化する。

 針を周囲へ撃ち出す。

 尾そのものを鞭のように振るう。

 牙と爪も強力。

 加えて、見た目に似合わず素早い。

 フィールド上で遭遇すると、スピードと攻撃力が高く、非常に厄介な魔物。


 そんな設定にした覚えがある。

 昔の俺、ただのフィールド上の敵キャラなのに性能を盛りすぎだ。

 主人公に何の恨みがあった。


 グラウゼルの後ろ脚には、深い傷があった。

 乾いた血が毛へこびりつき、腫れている。

 ミミルは傷を避けながら、グラウゼルを優しく撫でていた。


 目の前には、大きな肉の塊が置かれている。

 赤身。

 脂もきれいに入っている。

 どう見ても、かなりいい肉だ。厨房からくすねてきたのだろう。


 俺は今日、肉抜きだというのに。

 魔物より貧しい夕飯が待っている。

 なぜだ。

 俺は暗黒魔導騎士だぞ。

 一方で、あちらは負傷中とはいえ野生動物。

 なぜ食生活で負けている。


 そんな恨み言を感知されたのか、グラウゼルが鼻を動かした。

 空気の匂いを確かめるように、何度も嗅ぐ。


 まずい。

 俺たちの匂いに気づいたかも。

 その瞬間。

 グラウゼルが目を見開いた。

 腹の底へ響くような唸り声を上げ、勢いよく立ち上がる。


「ポム?」

 ミミルが驚いて振り返った。

 長い尾が持ち上がる。

 先端の柔らかな毛が、一斉に逆立った。

 ふさふさだった毛が硬質な光を帯び、細長い鋼鉄の針へ変わっていく。


 戦闘形態。

 でかい。

 怖い。

 かわいさが一瞬で消えた。


 グラウゼルは負傷した脚をかばいながらも、ミミルの前へ出た。

 今朝の犬や猫と同じだ。

 ミミルを守るように、俺たちとの間へ割って入っている。


「やめろ!」

 俺は両手を上げ、洞穴へ姿を見せた。

「こっちに敵意はない!」

 グラウゼルが牙をむく。

 尾の鋼針が、こちらへ向く。

「バカっ! 通じるわけないでしょ!」

 リアンも洞穴へ飛び込み、レイピアへ手をかけた。

「逃げるか、戦うか、どっちかにしなさい!」

「できれば話し合いで!」

「無茶苦茶よっ!」


 鋼針が震える。

 飛んでくる。

 そう思った瞬間。


「ポム、駄目!」

 ミミルの声が響いた。

 グラウゼルの動きが止まった。

「この人たちは怖い人じゃないよ」

 低い唸り声。

「大丈夫。わたしを助けてくれた人だから」


 グラウゼルは俺とリアンを交互に見た。

 やがて、ゆっくりと尾を下げる。

 鋼鉄だった針が、元の柔らかな毛へ戻っていった。


 リアンが目を見開く。

「うそ……」

 レイピアの柄へ置いていた手を、ゆっくり離す。

「グラウゼルが、人の言うことを聞いた?」

 ミミルは、グラウゼルの首へ腕を回した。

「大丈夫だよ、ポム」

「ポム?」

 俺は聞き返した。

「その魔物の名前か?」

「はい」

 ミミルがうなずく。

「どうしてポム?」

「鼻がポムってしてるからです」

 俺とリアンは、グラウゼルの鼻を見る。

 黒い。

 大きい。

 少し丸い。

「ポムってしてるか?」

「してます!」

 力強い返事だった。


 本人にしかわからない命名法らしい。

 だが、中学生のころに必殺技へ意味不明な外国語を10個ほど連結させていた俺が、人のネーミングセンスを笑う資格はない。


「この子は、人を襲ったんじゃありません」

 ミミルは、ポムの傷へそっと触れる。

「人間に追いかけられて、傷つけられて、ここまで逃げてきたんです」

「どうしてわかるんだ?」

 ミミルの肩が震えた。

「それは……」

「ミミル」

 俺はできるだけ穏やかに聞く。

「魔物とも話せるのか?」

「ごめんなさい!」

 突然、ミミルが頭を下げた。

「え?」

「ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 身体が小刻みに震えている。

 両手を胸の前で握りしめ、今にも泣き出しそうだった。

「騙すつもりじゃなかったんです。でも、言ったら怖がられるから……」

「何の話だ?」

「わたし……」


 感情を抑えきれなくなったのか。

 ふわふわの栗色の髪が、内側から押し上げられる。

 ぴょこん。

 小さな獣耳が飛び出した。

 丸くて、柔らかそうな耳。

 栗色の毛。

 緊張のせいか、耳先が細かく震えている。


「ミミル……」

「そうです」

 涙をためた目で、俺たちを見る。

「わたし、獣人です!」


 洞穴の中が静かになった。

 ポムだけが、ミミルの頬へ鼻先を寄せる。

 ポムってしてる。

 たしかに少しだけ、ポムってしてた。


「正確には……」

 ミミルは途切れ途切れに話し始めた。

「お父さんが獣人で、お母さんが人間だったそうです」

「ハーフってことね」

 リアンが言う。

「はい。見た目はほとんど人間ですけど、この耳だけは隠せなくて……」

 ミミルは両手で獣耳を押さえようとした。

 だが、柔らかな耳は指の間からぴょこんと飛び出す。

「いつもは髪の中へ伏せてるんです。でも、怖くなったり、びっくりしたりすると、勝手に出ちゃうんです」


 耳がへにゃりと垂れた。

 かわいい。

 なんで謝っているのかわからないが、とにかくかわいい。

 ものすごくかわいい。


「別に、出ていてもいいんじゃないか?」

「駄目です!」

「そうなの?」

「町では、隠していないと……」

 ミミルはまた耳を押さえた。

「それから、動物と話せるっていうのは?」

 リアンが尋ねた。

「本当に言葉が聞こえるの?」

「言葉とは、ちょっと違います」

 ミミルはポムの首へ手を添える。

「ポムが人間みたいにお話しするわけじゃないんです。名前を呼んだり、言葉で通じ合うのとは違くて……」

「じゃあ、何がわかるんだ?」

「気持ちです」

「気持ち?」

「はい。お腹が空いているとか、怖いとか、痛いとか」

 ミミルはポムの傷ついた後ろ脚を見た。

「誰かを警戒してることや、誰を信じてるかも、なんとなくわかります」

「何があったかも?」

「細かいことはわかりません。でも、怖い人間に追いかけられたことと、鋭いもので脚を傷つけられたことは、ポムの怖かった気持ちと一緒に伝わってきました」

「映像が見えるの?」

「ぼんやりとです。思い出の欠片みたいなものが、胸の中に流れ込んでくる感じです」


 空腹。

 恐怖。

 痛み。

 警戒。

 誰を信じているか。

 何から逃げてきたのか。


 言葉ではなく、感情と意思を受け取る力。

 だから今朝、犬や猫、馬とも会話が成立しているように見えたのだ。

 ミミルは、彼らの鳴き声を翻訳していたわけではない。

 伝わってきた感情へ、言葉で答えていた。

 それは、自分の気持ちや感情を相手に伝えるための精神集中のようなものなのだろう。


「町にいる動物たちの気持ちもわかるのか?」

「少しだけです。魔物の方が精神的には近しいのかもしれません。ポムの心のほうがはっきりわかります……」


 少なからず魔力を有している生物の方が、精神感応をしやすいということか。

 昔の俺ならそういう設定のほうが燃える。

 もちろん黙っておく。今はそんなことを話している場合じゃない。


「最初は、怖い、痛い、近づくなっていう気持ちばかりでした。でも、毎日お肉を持ってきたら、少しずつ話を聞いてくれるようになったんです」


 なるほど。

 ポムという命名法は謎だが、ちゃんと信頼関係は築いていたらしい。

 だが、ミミルの耳は再びしゅんと垂れた。


「町には獣人を嫌う人もいます」


 昨日、リアンと町中で話したことを思い出す。

 誰もが他種族に寛容な訳では無いし、差別のようなことも平然と行われている。


「ましてや、わたしが魔物の気持ちまでわかるって知られたら……」

 ミミルはポムの毛を強く握った。

「気味が悪いって言われて、町から追い出されるかもしれません」

「そんなことは――」

「女将さんにも、きっと嫌われます」


 その声は震えていた。

 あの女将が?

 ミミルが皿を割っても、大声で叱りながら後始末をする。

 紛争孤児だったミミルを引き取り、四年間も育ててきた。

 本人が話したがらないことを、無理に聞くつもりはないと笑っていた。


 たぶん、あの女将なら大丈夫だと思うけどな。


 少なくとも、小さな獣耳を見たくらいでミミルを追い出すような人には思えない。

 だが、それを俺が簡単に断言していい話でもない。

 ミミルは、ずっとこの秘密を抱えて生きてきた。

 昨日今日会ったばかりの俺が「女将さんを信じろ」と言っても、その恐怖が消えるわけではない。


「誰にも言わないでください」

 ミミルが頭を下げる。

 震える声。

「お願いします」

「言わないよ」

 俺は即答した。

 ミミルが顔を上げる。

「え?」

「言いたくないことを、無理に言いふらす趣味はない」

「でも……」

「俺だって、正体を知られたら困ることが山ほどある」


 転生者。

 元30歳フリーター。

 暗黒魔導騎士の生みの親。

 童貞。

 最後のひとつは、別に秘密ではないが、できれば伏せておきたい。


「だから、お互いさまだ」

 ミミルの目から、ぽろりと涙が落ちた。

 リアンもレイピアから完全に手を離す。

「私も言わないわ」

「お客さん……」

「リアンでいいわよ。ただし、ひとりで町の外へ出るのは駄目」

 リアンの声は厳しい。

「グラウゼルが大人しくしているからって、ほかの魔物までそうとは限らない。あなたが襲われたら、この子も守れないでしょう」

「……ごめんなさい」

「それから、傷もかなり深い。肉を持ってくるだけじゃ治らないわ」

 ミミルがうつむく。

「薬は高いから……」

「いくらくらい必要なんだ?」


 リアンがこちらを見る。

 その視線に、俺はわずかな罪悪感を覚えた。

 腰の袋には、2グラウスある。

 ミスリルソードを18グラウスで購入し、余った金だ。

 リアンには言っていない。

 非常用の予備費。

 横領ではない。

 合理的な緊急用資金。

 そう自分へ言い聞かせていた金貨である。


 だが。


 目の前には、傷ついたポム。

 それを必死に守ろうとするミミル。

 使い道としては、これ以上ないほど正しい。

 俺は袋から金貨を2枚取り出した。


「これを使ってくれ」

「ハルト?」

 リアンが驚く。

「そのお金、どこから出したの?」

「ミスリルソードが18グラウスだった」

「余ったなら返しなさいよ!」

「今はそれどころじゃないだろ!」

 俺は金貨をミミルへ差し出した。

「これで、餌と薬を買ってくれ」

「でも、そんな大金……」

「気にするな」

「受け取れません!」

「大丈夫だ。これは、もともと将来の俺が稼ぐ予定だった金を、現在の俺が先に使っているだけだから」

「それ、ただの借金でしょ」

 リアンが冷静に突っ込む。

「いや、未来の自分に対する先行投資だ」

「借金を格好よく言い換えないで」

「それに、ポムが元気になれば、俺の心も豊かになる。つまり精神面への投資でもある」

「2グラウス返したくないから、意味のわからない理屈を増やしてない?」


 見抜かれていた。


「とにかく、これは必要経費だ」

「貸したのは私なんだけど」

「それを言われると弱い」

 俺はミミルへ金貨を差し出し続ける。

「受け取ってくれ。俺が持っていても、どうせ食べ物かくだらないものに消える」

「でも……」

 ミミルはまだ迷っていた。

「本当に、いいんですか?」

「ああ」


 俺はうなずいた。

 そして隣にいるリアンを見る。


「すまない。あの2グラウスがあれば、上等な肉とワインが頼めたのにな」

「なっ……」

 リアンの顔が一気に赤くなる。

「な、なんで私に謝るのよ」

「いや、あとでこっそりワインと肉を注文して驚かせたら、喜んでくれるかなと思ってさ」

「別に、あんたと一緒に食べるのを楽しみにしてたわけじゃないから!」


 そこまでは言っていない。

 ワインを楽しみにしていたと思っただけだ。


「そうか」

「その納得したような顔、やめなさい!」


 耳まで赤い。

 なぜ照れる。

 俺は単に、夕飯の肉とワインをサプライズできなくて申し訳ないと言っただけなのに。


 女心。

 30歳童貞には、相変わらず攻略不能である。


「俺は強いから、働けばまた稼げる」


 気を取り直してミミルに言う。

 言ってから気づく。

 格好いい。

 俺、いま少し格好いいことを言った。

 まずい。

 調子に乗るな。

 褒められ慣れていない人間は、こういうとき簡単に自分へ酔う。


「まあ確かに。変態だけど、腕は確かだしね」

 リアンが付け加えた。

 台無し。

「ありがとう、ございます」

 ミミルは両手で金貨を受け取り、深く頭を下げた。

「絶対に返します!」

「返さなくていい」

「でも」

「ポムが元気になったら、それでいいよ」


 俺は笑って、ポムへ一歩近づいた。

 低い唸り声。


 即座に止まる。

 餌代と薬代を出した直後だぞ。

 少しくらい好感度が上がってもよくないか。

 俺はもう一歩進もうとする。


「グルルルル……」

 鋼尾が持ち上がる。

「はい、離れます」

 俺は素直に後ろへ下がった。

 ミミルが申し訳なさそうに言う。

「ポム、人間がまだ怖いみたいで……」

「餌は食べる?」

「はい」

「薬も?」

「たぶん大丈夫です」

「俺は?」


 ポムが唸る。

 回答が早い。

 頭のいい子だ。


「金だけ出して嫌われる」

 俺は洞穴の壁へ手をついた。

「前世と何も変わってない」

「前世?」

 ミミルが首を傾げる。

「こっちの話」


 前世では、近所のコンビニに笑顔のかわいい女性店員がいた。

 いつも俺の買った商品を袋へ詰めながら、

「今日もお疲れさまです」

 と言ってくれた。

 名前も覚えてくれていた。

 新商品のジュースを買えば、

「これ、おいしいですよね」

 と話しかけてくれた。

 アイスを買えば、

「今日は暑いですもんね」

 と笑ってくれた。

 俺は確信した。

 これは脈がある。

 だから用事もないのに毎日そのコンビニへ通った。

 話題を作るために、普段は飲まない新作ジュースを買った。

 冬なのにアイスも買った。

 おすすめされた菓子を全部買った。

 彼女がレジへ入る時間帯まで把握した。

 所持金が減っていき、摂取カロリーと糖分だけが、順調に増えていった。


 二か月後。


 彼女が店長にも宅配業者にも近所のお婆さんにも、

「今日もお疲れさまです」

 と声をかけているところを見た。

 俺だけではなかった。

 笑顔も。

 名前を覚えていたことも。

 新商品の感想も。

 誰に対しても、分け隔てなく、公平に接していた。

 優秀な接客だった。


 しかも彼女の左手の薬指には、いつの間にか指輪が光っていた。

 俺は何も告白していないのに、ひとりで勝手に失恋した。

 残ったのは、大量の空きペットボトルと、冷凍庫に入りきらないアイスだけだった。


 溶けてももったいないから全力で食べきって、それから腹を壊した。

 三日三晩のたうちまわった。

 金だけ出して浮かばれない。

 まさに今と同じである。


「ポム、ハルトさんが嫌いなわけじゃないです!」

「慰めなくていいよ」

「怖いだけなんです」

「怖がられてるほうが傷つく」

「ハルトは顔が怖いものね」

 リアンが言った。

「イケメン設定なのに?」

「しかも小さい女の子を尾行する趣味もあるし」

「情報は正確にね!」


 ミミルがポムへ小声で話しかける。

「ハルトさんは優しい人だよ」

 ポムは俺を見る。

 目が合う。

 そして。

「グルルルル……」

「ごめんなさい。駄目でした」

「実況しなくていい」


 俺はそれ以上近づかなかった。

 信頼は金で買えない。

 前世で嫌というほど学んだ。


 餌を与えた。

 薬代も出した。

 だから懐け。


 そんな態度では、余計に警戒されるだけだろう。

 俺は洞穴の入り口近くへ腰を下ろした。

 ポムが安心できる距離を保つ。

 ミミルは傷の手当てを続ける。

 リアンも、使えそうな薬草がないか周囲を捜索し始めた。


 すぐに仲良くならなくてもいい。

 恐れて逃げないこと。

 憎しみで傷つけないこと。

 そばにいても危険ではないと知ってもらうこと。


 まずは、そこからだ。


 前世では人間相手にも、それができなかった。

 今度くらいは、焦らずにやってみようと思う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。