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中二病の頃に作った設定厨ノートが連綿と息づく異世界だけど、見知らぬヒロインが多すぎる  作者: 永庵呂季
城塞都市ローグナット編

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第12話 ミスリルソードは借金でできている

 大通りへ出る。

 相変わらず活気があり、行き交う人種も様々だ。

 大通りの中心部まで歩いていく。


 煉瓦造りの建物の壁に、剣と金床を組み合わせた看板がかかっていた。

 武器屋だ。

 このマークの発案者である俺が言うんだから間違いない。

 扉を開ける。

 中は薄暗い。

 壁の高い位置に明かり取りの窓があり、細い光が差し込んでいる。

 剣。

 槍。

 斧。

 盾。

 壁一面に武器が並べられていた。

 金属と油の匂い。

 奥のカウンターには、太い腕をした店主がいる。


「いらっしゃい」

 俺はカウンターへ近づいた。

「ミスリル製の剣、あります?」

 店主が眉を上げる。

「あんた、貴族かなんかですかい?」

「違うけど」

「いやあ、お上品な言葉遣いで恐れ入りやすね」


 これが?

 コンビニで唐揚げを注文するときと同じ口調だぞ。


「そういうわけじゃないんだけど、まだこっちの話し方に慣れてなくてね」

「こっち?」


 店主が首をひねる。

 無視する。

 いちいちモブにまで、異世界転生の事情を説明していられるか。


「ミスリル製なら、こちらになりやす」


 店主は奥の棚から、鞘に収まった剣を取り出した。

 飾り気の少ない片手剣。

 柄は黒い革と鋼で作られている。

 鍔は銀色。

 抜いてみる。

 刃が淡い青銀色に輝いた。

 鋼より軽い。

 だが、軽すぎて頼りないという感じではない。

 手にしっくりなじむ。


 同時に、頭の奥へ情報が流れ込んできた。

 素材。

 純度。

 加工状態。

 刃こぼれの有無。

 鑑識眼のスキルが本物であることを告げる。


 便利すぎる。

 買い物で偽物をつかまされる心配がない。

 通販レビューを3時間読み続ける必要もない。


 剣へ魔力を流す。

 わずかに刃が震えた。

 ミスリルは、鋼より魔素伝導率が高い。

 魔導力を武器へ乗せやすい。

 さらに上位にはアマルガム。

 その上にはオリハルコン。

 そういう等級を作った記憶がある。


 いちいち面倒くさい。

 さすが中二。


 だが、魔導力を剣へ乗せて放つ暗黒魔導騎士の技とは、相性がいい。

 威力が増す。

 これ以上、増す必要があるのだろうか。

 鋼の剣ですら洞窟の壁を壊したんだぞ。

 どれだけ戦闘力を上げるつもりだったんだ、昔の俺。


 俺は周囲へ気をつけながら、魔力を込めずに軽く剣を振った。

 縦。

 横。

 斜め。

 手首を返す。

 身体が自然に動く。

 刃先が空気を切り、低い音を立てる。


「お客さん」

 店主の声が変わった。

 さっきまでの気安い調子ではない。

「どちらの剣豪さんで?」

「剣豪?」

「あっしも長年、鍛冶屋をやってますからね。振り方を見れば、だいたいの力量はわかるってもんで」

 店主が腕を組む。

「そんだけの技量、こんな辺境じゃ、ちょっとお目にかかれない。さぞ名のある方なんでしょう」


 暗黒の魔導騎士です。

 とは言わない。

 絶対に言わない。


「いや、ただの旅人だよ」

「ただの旅人が、あんな剣筋を見せますかねえ」

 店主は、まだ名前を聞きたそうにしている。

「名前くらい教えてくれてもいいでしょう」

「ハルト」

「家名は?」

「ない」


 嘘ではない。

 ザインハルト・フォン・ノワールの名は現在封印中だ。

 そして少なくとも、昭島透に異世界の由緒正しき家名はない。


「ハルトさんねえ」

 店主は意味ありげにうなずいた。

「そういや昨日から、ギルドや衛兵がやけに騒がしいんですよ」


 嫌な話題が始まった。


「何かあったの?」

 白々しく聞いてみる。

「断絶の神殿のほうで、でかい魔力の揺れがあったらしいですな」

 俺は表情を変えないようにした。

「へえ」

「地面が揺れただの、黒っぽい紫の光が空まで上がっただの。冒険者の間じゃ、いろんな噂が飛び交ってますよ」


 黒っぽい紫の光。

 心当たりしかない。


「王都から調査団が来るとか、来ないとか」

「調査団?」

「騎士団か、教会の連中か。どっちにしても、こんな田舎町じゃあ、珍しい話です」


 なるべく目立たないようにしよう。

 面倒事はごめんだ。


「この剣、いくら?」

「18グラウスでどうです?」


 安い。

 いや、十分高いけど。

 だが、リアンの見立てより2グラウス少ない。

 俺は少しだけ迷い、金貨を18枚カウンターへ置いた。


 残り2グラウス。

 返すべきか。

 一応、借りた金だ。

 返すのが筋だろう。

 そう思いながら、俺は残った金貨をそっと袋へ戻した。


 いや。

 これは横領ではない。

 予備費だ。

 異世界生活における不測の事態へ備えるための、極めて合理的な緊急資金である。


 リアンには、あとで言えばいい。あとで。

 たぶん。

 きっと。

 所持品は増えた。

 経済力は消えた。


 それでも店主は、

「本当に、どこかの有名な騎士さまとかじゃないんですかい?」

 と最後まで食い下がってきた。


 違うと答え続けているうちに、また長話になった。

 女将と小一時間。

 鍛冶屋の親父とも小一時間。

 店を出るころには、日が傾き始めていた。


 俺は大通りの露店を眺めながら宿屋へ向かう。

 すると、向こうからリアンが歩いてきた。

 俺を見つけると、少し早足になる。


「遅かったな」

「そっちもでしょう」

「俺は世間話につかまった」

「私は特級依頼の確認に、思ったより時間がかかったの」

「それだけ?」


 リアンが一瞬、視線をそらす。


「あと、少し歩いて考え事してた」

「何を?」

「お金のこと」


 嫌な予感がする。


「ハルトは買えたの?」

「無事に」


 腰の剣を見せる。


「ちゃんとミスリル製だったよ」

「偽物じゃないでしょうね?」

「鑑識眼で確認した。本物だ」

「そう。よかった」


 だが、リアンの顔は暗い。

 肩も落ちている。

 心なしかエルフ耳も下がっている。

 嫌な予感が、確信へ変わる。


「で、どうだったの?」

「ヴォルガサイト。ここじゃ換金できないみたい」

 リアンは大きくため息をついた。

「ヴォルガサイトは特級依頼だから、王都のギルド本部まで持っていってくれって」

「そうか」

「困ったなあ……」


 リアンが俺の腰を見る。

 正確には、買ったばかりの剣を見ている。


「ねえ、ハルト」

「嫌だ」

「まだ何も言ってないでしょう」

「そのミスリルソード返金してきて、って言うつもりだろ」

「なんでわかったのよ!」

「顔に書いてある!」


 俺たちの顔面は、そろって情報漏洩が激しい。


「宿代は、明日まで払ってあるの」

 リアンは指を折りながら話す。

「今夜の食事代も、節約すればなんとかなる」

「節約か」

「そうよ。だからお肉はなし」

「はい」

「ワインもなし」

「リアン、ワインしか飲まないのに?」

「我慢するわよ」


 俺も酒は飲めないわけではないが、好き好んで何杯もあおるタイプではない。

 嗜む程度だ。

 もっとも、現在の所持金事情では、嗜む余裕すらない。


「俺は別に、酒はなくてもいいけど」

「そう」

「でも肉は欲しい」

「なし」

「即答だな」

「豆の煮込みとパン」

「昨日と同じじゃないか」

「昨日の豆は別料金! ハルト持ちよ」


 そこは根に持っていたらしい。


「今日、換金できると思って、けっこう使っちゃったから……」


 何に、そんなに使ったのかと聞こうと思ったがおそらくは、

 俺の医者代。

 俺の服代。

 二人分の宿代と食事代。

 俺の剣代の貸付。


 大半は俺のためだ。

 文句は言えない。

 言えないが。


「この剣は返さない」

「ハルト!」

「その代わり、俺がギルドの仕事を受ける」

「仕事?」

「なるべく即金で、できれば安全で、労働時間が短くて、面接なしで始められるやつを頼む」

「条件が多い!」


 前世で5年間アルバイトを続けた男の、切実な希望だ。


「安全で短時間で高収入なら、みんなやってるでしょう!」

「高収入とは言ってない。剣を返さなくて済む金額でいい」


 リアンは腕を組んで考える。


「討伐依頼なら即金のものもあるけど」

「危険」

「荷運びの護衛」

「時間がかかる」

「薬草採取」

「地味」

「わがまま!」

「命と時間と見栄のすべてを守りたいんだよ!」


 リアンは呆れた顔をしたあと、小さく笑った。


「まあ、でも、それがいいかもね」

「どれが?」

「ギルドの仕事を受けるって話」

「まあね。他に稼ぐ道がなさそうだしな」


 ミミルと一緒に宿屋で下働きってのもあるけど、それだと借金返済にどれだけ時間がかかることやら……。


「それに」とリアンは少しモジモジして続ける。「お金返してくれるまでは……一緒にいないとだしね」

「そうだな。借金踏み倒したらさすがに寝覚めが悪い」

「そんなのだめだからね! ちゃんときっちり返済するまで私から離れないように!」

「はいはい。言っとくが服は脱がないぞ」

「誰が脱いでと言ったのよ!」


 お腹が鳴った。このイケメンボディ、燃費がよくない。

 裏を返せば回復力と代謝がすこぶる良いということだが。


「とりあえず、ごはんでも食べながら対策を練るか」

「豆とパン」

「豆とパン」と俺が復唱する。「肉は?」

「なし」

「異世界生活、急に現実的だな」

「お金がないんだから仕方ないでしょう」


 宿屋へ戻ろうとしたときだった。

 通りの端に、見覚えのある小さな姿が見えた。

 栗色の髪。

 少し大きめのメイド服。

 ミミルだ。


「あ、ミミル」

 俺が言うと、リアンが振り向いた。

「昨日の給仕の子ね」

 すぐに、じとっとした目で俺を見る。

「って、なんで名前を知ってるのよ」

「今朝、話したから」

「小さい子に見境ないの?」

「どうしてそうなる」

「変態ね。駐在騎士へ突き出してやろうかしら」

「名前を知ってるだけで、事案確定の速度が速すぎる!」


 俺は今朝の経緯を説明した。

 皿を受け止めたこと。

 女将からコーヒーをごちそうになったこと。

 ミミルが動物へ話しかけていたこと。

 そして友達になったこと。


「友達?」

「そこだけ強調するな」


 その間も、ミミルは周囲をきょろきょろと見回していた。

 明らかに不審だ。

 誰かに見られていないか、確認している。

 やがて通りを離れ、町の門へ向かう。

 門衛へ小さく頭を下げた。

 そして、そのまま城壁の外へ出ていった。

 空は、もう夕暮れに染まり始めている。


「こんな時間に……」

 城壁の外には、魔物がいる。

 12歳の少女が、ひとりで出歩く時間と場所ではない。

「俺、ちょっと行ってくる」

「待ちなさい」

 リアンが俺の腕をつかむ。

「止めても行くぞ」

「あたしも行くわよ!」

「一緒に?」

「あんたと小さい女の子を、ふたりきりにさせられないでしょう!」


 と、小さかわいいエルフっ子が申しております。


「何か言った?」

「何も」

「顔に出てる」


 本当にやめてほしい。

 なに、このイケメン顔。

 まったく役に立たない。


 俺とリアンは、門衛へ軽く声をかけてから、ミミルの小さな背中を追って城壁の外へ出た。


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