百春無双⑪
ザワついていた道場部屋が静まり返る。
一撃必殺の準備は整った。
長かった攻防もここまで。
勝負は一瞬。
誰もが見逃さまいと固唾を飲んで見守る。
許された物音は床を踏む二つの鎹鳴りだけ。
坊主頭はステップワークを続けている。
リズムを盗まれようとも止めるわけにはいかない。
最後の勝負に必要なピースだから。
しかも学習能力の高い相手に一回しか通じない。
とっておきの鬼札。 さあ――勝負!
先にアクションを起こしたのはやはり坊主頭。
慣らしてからのワンテンポずらして踏み込み。
躊躇なく初手で鬼札を切る。
「それではダメなんだ」
陸浦が言った。
相手に読まれてもあえて使う。
最大効果を求めるのなら移動か攻撃の二択だろう。
そしてどちらに重きを置くか相手に強いる。
ここまではいい。
だが己の戦型をみれば誰の目にも明らかなのだ。
「届かせないよっと」
当然百春も読んでいた。
軸線を合わせてスピアを衝突させる。
作動した初期化措置が生体電気を解放。
奇しくも試合の開幕と似通ったシーンになる――と思われた。
「ガガガガガガガガガガガァーッ!」
数えきれない雷撃の矢が坊主頭を貫いた。
初期化措置は互いのスピアから生体電気を放ってこそ引き離せる。
だが片方だけならこのとおり。
生体電気の――しかも百春による規格外な――手痛い一撃に見舞われる。
しかもテンカウント制のKOアリアリルール。
初期化措置ですら有効打として認められる。
最後の最後であっけない幕切れ。
焦げた身体が膝から崩れ落ちる。
百春は初期化措置を止めた。
「英莉!」
名を呼ばれたのと同時に坊主頭が消えた。
「ありえない!」
鴛海が叫んだ。 一度も見せたことのない三度目の縮地。
なぜ?
「スピアのバッテリーからだ」
陸浦は「なんて無茶を」と続けた。
生身で百春の生体電気を受け止める。
その見返りが初期化措置用の予備電気だった。
「グギギギギギギギギギギギギギギ」
言葉にならない声を噛みしめて坊主頭は食いしばる。
二度しか遣えない理由は電気量だけではない。
小柄であるが故の肉体的ハンデも大きい。
だから無茶を無茶で通す。
スピアから逆流される電圧に手心はない。
二重の雷撃で体中の肉が焼き裂かれるのも覚悟の上。
でないとこの難敵は倒せない。
「ブレード!」
絞り出すような声が再錬成を唱える。
「いや無理だ。 縮地中では」
陸浦の言は正しいのだろう。
しかし冬一郎は思う。
一瞥くれたあの瞬間、
彼の目は死んでいなかった。
加速状態の中、
片手持ちにしたスピアを真下に垂らす。
そして先端を床に密着させて引き摺っていく。
まるで筆を走らせるがごとく、
床に記される銀色の真一文字。
あまりのスピードで霧散するのが液体金属。
その弱点を地面という背に伝わせながら細流を引いてみせた。
ここまでが前準備。
スピアを徐々に持ち上げながら、
液体として霧散する前に固体へと相転移。
下段の高さになる頃には、
地の支えを必要としていたスピリルも立派な錬成刃と化していた。
まさに不可能を可能にした渾身の一振り。
あとは掬い上げるように振り抜くだけ。
坊主頭は剣術のごとく斬り上げた。
一つ目の狙いは小手。
次に垂れの顎判定。
二段構えの攻撃でこの戦いにケリをつける――はずだった。
「ちぇす地」
百春が消えた。
そして二人同時に現れた。
互いに背を向け合い並び立っている。
坊主頭の持つスピアに錬成刃が無い。
またしても根元から割られていた。
「このッ……チート女がァァァァッ!」
などと言っている場合ではない。
頭上にスピアが振ってきている。
錬成刃ではない。
その反対側。
鋼鉄製の石突部分が。
百春は咄嗟に直風を縦回転させたのだ。
撲殺という新たな脅威の前に、
また身を投げ出して避ける坊主頭であった。
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