百春無双⑨
坊主頭は右足を直角に踏み出した。
それから左半身の構えそのままに右構えをとる。
スピアの持ち方が前手と後手も入れ替わる。
結果、 スピアの先端と末端が正反対の位置取りとなった。
後ろ突きの体勢である。
「小賢しいんだよッ!」
振り向かないまま突きを放つ。
手応えは無い。
だが目的は達せられた。
後背から抜け出した百春を視界に捉える。
死角に入ったのを悟らせないためであろう。
直風を高々と持ち上げているのが見えた。
一々細工に余念がない。
見た目以上に頭が回るぞこのアマ。
「なんか悪口言われた気がする」
ムッとした百春がまた姿を消した。
即座に坊主頭も追う。
いくら速かろうがネタが転身であれば訳ない。
相手はこちらを中心に周っている。
外周より内周の方が移動距離を短縮できるのが道理。
例え追いつけなくとも視界から逃がさなければいい。
そう割り切ればこの白線に囲まれた四方形の中。
いくらでも追いすがることができる……はずだった。
「逃がさ――ウオッ!」
こちらの行先へ置かれた様に直風が待ち構えていた。
先程まで縦だった向きが真横に持ち直されている。
上段から中段へ。
変則的だが間違いなく留詰。
追手側となって前のめりになってしまった。
そこを狙われたのだ。
しかも忘れた頃に応用を効かせた巧妙かつ意外性な手口で。
幸いだったのはどちらも初動だった事。
転身にスピードが乗っておらず避けれる余地があった。
みっともなく床に身体を投げ出してギリギリ躱すことができた。
だが死に体になった相手を見逃す手はない。
百春が追撃の下段突きを放つ。
あっという間に立場は逆転した。
坊主頭はとっさに身体を捻転させて躱す。
そして勢いそのままに床を転がって間合いをとった。
彼女は深追いせず中央の位置に帰る。
リセット。
二人の戦いはまたふりだしに戻った。
「次のアタックが最後じゃないかな」
陸浦の言葉に「そうね」と鴛海が返した。
「どうしてでしょう?」
時間無制限なのに勝負を急ぐ。
その言語化を得たくて冬一郎は尋ねた。
「今の攻防を見ただろう。 技勝負を挑んだが上手を取れない。 プラス相手にはパワープレイという逆転の一手。 発電力も劣り体力勝負も分が悪いときてる」
「ダラダラ戦えば少ない勝機すら逸すると」
鴛海が頷いた。
「ステップ一つ取っても肉体強化の恩恵を受けてるわ。 ステップを維持するということは身体を動かし続けるということ。 あのスタイルは様子見の状態でも生体電気を削り続けてるのよ」
「お世辞にも燃費が良いとはいえないからね」
陸浦の加えた指摘にどうも引っかかる。
「けど実武さん。 最初にこう言いませんでしたっけ。 槍術は一瞬の勝負を求めない……急がずに戦うものだと」
「そのとおり」
「けど彼はそう見えません。 一瞬とまでは言いませんが急いでいる」
「本当によく視ているわね」
鴛海は肯定するように言った。
「それが古流槍術と近代槍術の違いなんだ」
「違い? 戦型ではなくて」
「もっと根本的な部分だよ。 槍術に限らず武術全般は主導権の奪い合いを制する術だ。 そのために相手の出方をうかがうか、 それとも積極的に奪いにいくか。 この基本姿勢がそのまま古流と近代に当てはまるわけだ」
「言われてみればこの戦い。 常に彼が先手でしたね」
「言い換えれば彼のような人間のために近代槍術は編み出された」
「……勝負を、 急ぐための戦型……」
「その理由はもうわかるはず。 散々見てきただろう?」
百春と坊主頭の対比。
今なら格付けが済んで鮮明だ。
それは強者と弱者の関係。
弱者が強者に立ち向かうための挑戦者のための戦型。
それが近代槍術であったのだ。
初見で受けたネガティブな感覚は、 冬一郎の中ですっぱり消え失せていた。
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