百春無双⑥
坊主頭が前足を左側へと移動させた。
再びサイドステップで時計回り。
だが円の四分の一ほど移動して足が止まった。
その場でステップを維持しながら標的を眺める。
百春と向かい合ったままだ。
円を描き始めた始点と変化ないポジション。
ならば、 とサイドステップを再開した。
今度はよりスピードを上げて。
なのに向かい合ったポジションが崩せない。
彼女は対応してきたのだ。
サイドステップの振り回しに。
「体転が上手くなったね」
陸浦が感嘆の声を上げた。
「たいてん?」
冬一郎が問い返す。
「踏み込んできた相手に対応する体捌きさ。 右でも左でもいいから横に回って、 こちらに有利な立ち位置を得る技術だ」
「英莉はそれができてると?」
「彼女はまだ踏み込まれていないけど体転してるよ」
「確かに彼が戸惑っているように見えます」
「戦術を変えなくちゃいけなくなったからね。 新たにどう踏み込めばいいか、 彼にとって思案のしどころだな」
「いろいろ知ると試合の流れがクリアになりますね」
「ちなみに体転に対して踏み込む側の言葉は入身。 入身と体転は常にセットなんだ。 技を覚えなくても見所として押さえておくといい」
「いやー観戦の心得みたいなのも頂いてホントためになります」
その言葉に嘘は無いし決してお世辞でもない。
有意義であると自信をもって言えた。
まるでスカレポみたいだと。
一ヘビーユーザーが太鼓判を押したいくらいに。
「それよりホラ。 彼が動くよ」
陸浦の指摘したとおり、 坊主頭のステップが転調した。
一、 二度大きく跳ねてから小刻みに足音を重ねる。
サイドステップで奏でた流れるような音色ではない。
よりせわしなく。
より急かすような。
圧倒的にテンポの速い響きだ。
明らかに戦術を変えてきたとわかるくらいに。
またスピード勝負かと思いきや、 彼はステップインで真っ直ぐに近づいた。
ただしゆっくりと。
一歩一歩。
足運びをずらしながら。
誰もが縮地で速攻と思っていたからか。
この緩慢とした動きに不気味さを感じていた。
前に出ようとして出ない。
出ないと思わせといて出る。
――ステップで全体像を揺らしながら。
――鶺鴒の尾で意識を散らすように。
「あれ?」
百春は不思議そうに彼を見た。
先程から容姿が変わらない。
近寄ってきているはずなのに。
比較対象が見つからず判断材料を得られないのだ。
これでは錯覚と言い切ることもできない。
「おお、 上手い」
陸浦が思わず褒めるくらいの深刻な状況。
冬一郎もそれくらいは理解できた。
「実武さん。 彼は何をしてるんですか」
「浮歩っていう近代槍術のステップワークだ。 しかもかなり高等技術のね。 浮歩の使い手なんだよ彼は」
「そんなに凄いんですか」
「対峙してる彼女を見てごらん。 明らかに動きが鈍ってる」
「怯えてるわけではない……何かが見えてるのかな」
「彼女は残像を見てるんだよ」
「まさか分身の術!」
子供のように目を輝かせる冬一郎。
「ハッハッハ、 近い。 彼はねピントを操ってるのさ」
「ピント……? 配信で度々語られるあのピントですか」
「そう。 見たい被写体をズームして鮮明に映すってやつ」
ズームして……見る。
いや違う。
見せる……何を……被写体?
それは自分。
しかしステップが邪魔。
鮮明とは程遠い。
わざと?
操っている。
意図的に……。
そうか――。
「ピントを合わせないように見せる。 それが浮歩!」
「いい目をしている。 さすがスカウト志望」
陸浦がパァンと両手を叩いた。
やけに嬉しそうに。
どこか誇らしげに。
種明かしをするマジシャンのような顔で。
「浮歩とは藪影くんの想像どおり、 接近したと思わせない技だ」
「……やっぱり」
英莉は思ってた以上の深刻な状況下にある。
冬一郎は舌打ちの一つでも打ちたくなる心境だった。
そこへ陸浦が追い打ちの解説を加える。
「理屈はこう。 相手との間合い――開いた距離に合わせてステップの高さを調節する。 最遠のときは最も高く、 最接近のときはほぼ飛ばず。 するとどの位置に立とうが、 同じ背の高さの自分を演出できるわけだ。 もちろんじっとしてたらすぐバレる。 だからステップワークに鶺鴒の尾で見辛さを高める念の入り様だ」
「これじゃ初見で対応は難しいぞ……」
「しかも浮歩は向き不向きがあってね。 長身長の人間には扱えないんだ。 接近時に生まれる圧迫感はどうやっても隠せない。 だから背の低い彼にとって非常に相性のいい、 おあつらえ向きな技といえる」
「なんてことだ。 技勝負じゃ分が悪すぎる」
「悪いどころじゃないよ。 守りの固い相手を崩すのにとても有効なんだ。 浮歩っていう技はね。 だから――」
「……だから?」
「彼の入身は決まる」
困惑する冬一郎にとって決定的な一言だった。
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