↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/100

巨きな祝福がもたらすもの

 彼女はたちまち頬を赤く染めた。


 心の火照りを冷ますため、


 すぅと息を吸って、


 ふぅと吐いて、


 やっと気を取り直した。


「わたし、 変じゃなかった?」


 上目遣いに冬一郎を見る不安げな瞳。


「すごかった本当にすごかったよ英莉。 誰も変なんて思わなかったさ。 むしろかわいいってみんな滝のように褒めちぎってたよ。 お前にも見せてやりたかったなあ」


「見せんでいい」


 彼女は真顔で断った。


「それにさ、 恒例企画なんだから。 いつ配信されたっておかしくはないだろ」


「けど昨日の今日だよ? 心の準備が必要なのに……後で文句言わなきゃ」


「そんなもんかね。 んで、 どう飛んでるのさ」


「なーんかタダで教えたくなくなったなー。 見返りに今夜は外食でどう?」


「お安い御用だ」


「やったぜ♪」


 すっかり機嫌がよくなった百春は、


 手のひらにホログラムを映し出した。


 その姿は体長が一センチも満たない、


 とても小さな生き物を模している。


「これは……蜘蛛か」


「そう。 この子は空を飛ぶクモなんだよ」


 ちょこまかと歩き回っていた蜘蛛は、 指先に止まるとお尻を持ち上げて糸を出した。


 すると空へ引っ張られるように飛び上がって、 霧の中に消えていった。


「バルーニングってやつだな。 けど風だけであんな自在に飛べないだろ」


「ふっふーん。 揚力の源は風じゃなくってね――」


 百春の話が止まった。


 冬一郎は彼女の姿を注視する。


 全身が透明な煙にでも包まれたように淡くゆらぎはじめた。


 現実とのピントがずれる前兆現象だ。


 煙は次第に火となって光源にするものを要求してくる。


 彼女は迷いなくこの身を捧げる。


 白いワンピースがほのかに光りだした。


 しなやかなボディラインが霞んで見える。


 授かる異能力は霧の祝福。


 彼女の体内に燃えるような生体電気が満たされていく。


 もはや一般人が生成できる電気量を優に超えている。


 人が翼で空を飛ぶために必要な翼幅は、


 おおよそ十メートル以上という説がある。


 では自分自身をバルーニングで飛ばすために、


 どれだけの電気量が必要なのか。


 それはわからない。


 世間に認知されていないのだから、


 どうせろくでもない答えなのだろう。


 身体が浮くまで生体電気を生み出し続ける、


 今の彼女のように。


 舞い落ちていた桜の花びらが、


 吹き上がるように空へ運ばれた。


 充分な電気量を得たのだろう。


 かかとはすでに地面から離れて、


 つま先立ちのようになっている。


 浮力を得た百春は今にも飛び立ちそうに見えた。


 しかし冬一郎の感性は一向に躍らない。


 一度目撃しているからだと思ったが、


 もっと心の底の部分がざわついている。


 その正体に気づいたのは、


 無意識に百春の手を握った時だった。


「あっ」


 二人の声が重なって冬一郎はやってしまったと悔やむ。


 生体電気には表情がある。


 楽しければ湧き上がるように弾けるし、


 怒れば奔流のように荒れ狂う。


 そして落ち込んでいれば鈍重そうに引きずる。


 触れた者同士は生体電気を交錯して、


 簡単に心の機微を捉えることができてしまう。


 百春の不安げな声に怯えるような瞳。


 きっと今の自分は酷い顔をしているだろうと自省した。


 これまで互いに話題を避けてきたがもう隠し事はできない。


 冬一郎は腹をくくって切り出した。


「髪、 切ったんだな」


「……うん」


 取り乱したりはしなかったが返事をする声はか細かった。


 二人が別れたときは腰まであった彼女の長髪も、


 今はポニーテールの毛先がうなじの高さしかない。


 髪をほどいたらもっと明確に差異が見られただろう。


 ポニーテールは彼女なりのささやかな抵抗だったのかもと、


 冬一郎はそう思った。


「正直、 見違えたよ」


「飛ぶとき邪魔にならないかって言われて……冬一郎さんはロングが好みだった?」


「英莉が毎日手入れしてるのを見てたからさ。 もったいないなあって」


「そうなんだ……よし! わたし頑張ってすぐ伸ばすからそれまで待ってて」


 冬一郎は笑ってやることができなかった。


 百春の生い立ちを知っているからこそ、


 茶化すことなどできなかった。


 ああ、 そうだったなと思い出し、


 その日を懐かしむように語りかけた。


「その髪さ、 昔に戻ったみたいだな。 俺たちが知り合ったあの頃にさ」


「うん、 懐かしい」


「二人でここいらも歩き回ったよな」


「うん」


「あれから九年か」


「うん」


 月日が経つのは早い。


 九年といわずとも、


 二年くらいで元の髪になるだろう。


 それならばと冬一郎は妙案を思いついた。


「伸ばすっていうなら、 今のうちにレアな英莉を目に焼き付けるとしよう」


「ええっ! うう……なんか恥ずかしくなってきた」


「スカレポも画面保存(スクショ)しとくか。 アグレッシブな場面は永久保存で」


「やめてぇ~心の準備ぃ~」


「似合ってるよ英莉」


「もう!」


 百春は子供のように頬を膨らませたが、


 すぐにほころばせて肩を寄せた。


お読みいただき、ありがとうございました。

読者を選ぶ物語だとは思いますが、もし気に入っていただけたなら「ブックマーク」と「↓の評価 ☆☆☆☆☆」をお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。