カマタ・マーチ
ロータリーを脱した冬一郎達は道なりに東を目指していた。
二級水系の河川に架かった花の名が由来の橋を渡り、 次の≪視線誘導標≫へとたどり着いた。
「KQから俺達は徒歩で行く」
冬一郎の確認に百春は「おっけー」と指でサインした。
「トクマツはイチコク、 カンパチ、 イチハネと回り込む」
「わかりました。 道中、 お気をつけくださいませ」
「お前もな」
トクマツを見送った二人は細い路地に入っていく。
中は迷路のように入り組んでいたが、 二人にとっては勝手知ったる通り道であった。
それでも念のためにマップデータを呼び出そうとした冬一郎はちょっと待ってと百春に腕を掴まれた。
「実はね、 アカデミーからモニターテストしてほしいって新しいソサリン貰ったの」
彼女はソーサリングを取り出すと右耳に装着した。
アクセサリー型携帯デバイス、 正式名称ソーサリーリングは二十一世紀に普及したスマートフォンを起源としており、 より小型で・高性能に・かつハンドフリーをコンセプトに生まれた二十二世紀を司るファッショナブルな電子機器である。
誰もが気軽に量子テクノロジーを親しめるとして、 ソーサリングは現代においてインフラの一つに加えられている。
「二つもらったから、 もう片方は冬一郎さんにあげるね」
「俺にイヤリングはちょっと……」
「だーいじょぶ。 冬一郎さんの好みはわかってるって」
百春が差し出したのはブレスレット型のソーサリングだった。
二人とも普段使いはトクマツで済ませているからソーサリングの出番はなかなか回ってこない。
なので左手首に装着したブレスレットが型落ちであることを、 冬一郎は今の今まで失念していた。
「ありがたいけどいいのか? こんな高価なものをさ」
「いーのいーの。 言ったでしょモニターだって。 タダだけど使用感は答えてね」
「まあ、 そういうことなら……ありがとな。 英莉」
「うんうん。 冬一郎さんは中身をコンバートしてて。 マップはわたしが見てるから」
そう言ってイヤリングを指で突っつく百春は心なしか愉しげに見えた。
装着者の操作で起動したソーサリングは自動的にデータリンクの接続を確立した。
『ア~ア~ア~、 ただ今バイブのテスト中』
「耳が穢れるわ!」
百春のツッコミは素早かった。
データリンクで繋がったトクマツはバックグラウンドで何かしらのタスクを実行して、 完了させた。
『このソーサリーリングは亀が掌握しました。 安全にご利用できます』
「はぁ? 頼んでないっつーの!」
『ネットに繋がった瞬間から悪意あるサイバー攻撃は始まります。 ですがご安心ください。 亀の防壁にかかれば一瞬です。 即座にカウンターアタックを仕掛けますゆえ』
「……なにする気なの」
『あらゆる負荷を集中させてオーバーロードさせます。 具体的にはちょこっとだけウィンドウを開き続けます。 力押しなら負けはしませんのでどうぞ全てを委ねてください』
「わたしそれ知ってる。 随分古い手だけどわざわざ量子演算でやることなの」
『この手の煽りは低級低俗なほど効果テキメンなのです。 ホログラムで再現された品性下劣なウィンドウを無限に突きつけられる恥辱。 リアリティ溢れる造形美の数々にはたしてニンゲン様はどこまで耐えられるでしょうか』
「やっぱダメだこの亀。 ミュートしとこ」
『亀が保護らねばアッ――』
イヤリングが静かになると、 百春は大きなため息をついた。
「トクマツだろう。 ご愁傷様」
横を歩いていた冬一郎も察して、 お悔やみの言葉を述べた。
「そう! またなの! まーた土足で踏み込まれたぁー」
「ソサリンは機械知性の庭みたいなもんだからな……諦めよう」
「あのデバ亀にデリカシーって言葉を百万回検索させようかしら」
「一瞬で終わるのがオチだからやめとけって」
「おっのっれぇ~あんの亀ぇ~」
口惜しそうな百春を慰めていた冬一郎は、 道端で立っている古い看板に目が行った。
祖父に教わったキネマという文字から、 スカレポのとある一シーンが頭に浮かんだ。
「俺さ、 英莉に会ったら訊きたいことがあったんだ」
「なーに? 改まって」
「観てて不思議だったんだよ。 どうやって飛んでたのさ」
「んん?」
自信と余裕に満ち溢れていた百春の表情が固まった。
小動物のように震えている。
「けどロータリーじゃ飛ばなかったよなあ。 なんでだろ? おかげで蛇鶏に圧し潰されるっていうレア体験ができたけどさ」
「……どうして、 それを?」
「スカレポ」
百春は背を向けるとあわててイヤリングを操作した。
ホログラムを起動してスカレポへとページ遷移すると、 東都リリィが現在も配信中であった。
相変わらず入場制限を敷かれたままだが、 場外用の発言ログに自分の名が連呼されているのを、 彼女は見た。
「うそ……なにこれ。 なんでもうアップしてるの……もしかして、 観た?」
「待ってる間にな」
冬一郎の言葉には含み笑いが混じっていたのを、 百春は勘づいた。




