霧箱の中で
初めはただの霧だと思われていた。
年々発生率が減少傾向にあったのも手伝って、 反動でも出たのだろうと軽く考えられた。
心配なのはせいぜい乗り物の運転とダイヤの乱れ。
長期化すれば農作物の不作も加わるかもしれない。
どちらにしても聞いたこともない異常気象の名称が一つ増えて、 面倒だけど記憶に留めておかなければならない……そんなお決まりのパターンで落ち着くだろうと高を括っていた。
それから四年。
≪異形計画≫の原罪顕現による蛇鶏の襲来で、 相手が自然ではない≪超常的な霧≫だと思い知る。 蛇鶏が健在である限り霧は晴れないし、 霧が晴れなければ蛇鶏の把握すらできない。 もはや取り返しのつかない状況に人々は絶望するしかなかった。
それでも生きていかねばと、 急ぎ調査チームが組織された。
これがスカウトの前身といわれている。
調査チームは蛇鶏を後回しにして、 まずは≪超常的な霧≫の解明を急いだ。
遅まきながら人体に影響を及ぼす懸念を払拭するためである。
ある日、 環境分析に赴いた調査員が不思議な情報を持ち帰ってきた。
曰く、 光る生物を見たという。
「光る……というより輝いてるなコレ」
撮影動画を共有した調査員達がまじまじと眺めた。
発光なんていう生易しいものではない。
外見の見分けがつかないほどの眩しい光を発していた。
しかも動画には走って逃げていく様子が映されていたのだが、 そのスピードが異常に速かった。
カメラで完全に捉えることができずに、 稲妻が疾ったような光跡だけが地面に残されていた。
「霧の中だと球形状に輝いて見えるぞ。 まるで地を這う人魂みたいだ」
「おかげでなんの生物か判別できません。 有視界内だったら違ったかもしれませんが」
「異形か?」
「断言はできませんが可能性はあります。 私達の知る自然界では目撃例がありません」
「大きさはわかるか?」
「約四十センチ」
一人の調査員が天を見上げて、 口を開いた。
「…………それってまさか、 げっ歯類ではあるまいな?」
「…………わかりません」
しばし沈黙の後、 正体を突き止めるべく極秘チームが編成された。
当初は人から逃げる気弱な性格なれど、 目立ちすぎる性質から再捕捉は可能だと思われていた。
しかし予想とは裏腹に調査は難航していく。 それもそのはず。
当時の彼らは「対象は常に光輝いているわけではない」という知識を身につけていなかったのだから。
結局、 多くの人と時を費やして捜索したが、 何の成果も得ることはできなかった。
しかしこの過程こそが大きな転換点となる。
初めは極秘チームの一人が痛みを訴えてきた。
「物を触ると時々、 痺れるような痛みを感じるのです」
「具体的には?」
「ドアノブを握ろうとしたらバチッときました」
「なんか静電気みたいだが神経系かもしれん。 自己評価は?」
「金属製のみ発生。 再現性あり」
「病気であるなら発生の条件付きがおかしい。 静電気なら繰り返しは無いはずだ」
「そうなんですよね」
相談に乗っていた調査員は、 ふと気になることを尋ねてみた。
「話は変わるんだが……いつ髪型変えたんだ」
「え?」
「なんていうか……豪快に逆立っていて爆発したようでド派手だな。 イメチェンか?」
「いやそんなことは」
「あと心なしかお前、 光ってね? なんなのそのオーラげな現象。 まるで――」
「それ以上いけない」
これが「霧を吸った生物は電気を生み出す」という初めての事例となった。
毒性を懸念していた調査員達もこれには意表をつかれた。
だが今さら驚いても始まらない。 とにかく行動せねばと光る原理を調べた結果、 光源の正体は体内で生み出した生体電気の一種であることがわかった。
先に答えを得たことで霧が与える人体へのメカニズムも逆算することができた。
霧を一定量体内に蓄え続けると、 筋肉の一部が発電専用の電気器官に変異することを突きとめたのだ。
「個人差があるのは当然として大まかな数字は欲しい。 平均電圧の統計はとれたかね」
「一般成人でおおよそ八百ボルト。 これなら長年のエネルギー問題が解決しますよ」
「素晴らしい。 我々は一つの発電機構として進化を遂げた、 新しい種といっても過言ではない。 絶望の底に希望の光があった。 霧はパンドラの箱だったのだ」
一連の現象を引き起こしたであろう、 霧の中で観測された正体不明の物質。
調査員はそれを≪不透明な物質≫と名付けた。
全容解明の研究は現在もなお続けられている。




