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要塞島は静かに待ち望む

 二人は路地から旧緑地へと歩を移しながら、 当初の目的地である湾岸にたどり着いた。

 ここからは人工島群を繋いでいる架橋を渡って、 湾の中央に浮かぶ最終目的地、 第四海堡・海の里を目指す。

 潮風を満喫していた百春がポツリと言った。


「トクマツ置いていこっか」

「だな」


 橋の手すりにもたれてた冬一郎もため息混じりに同意した。

 遠回りをしているから到着の遅れは仕方ないが、 時間的余裕には限りがある。

 ソーサリングで同期もしているし大丈夫だろうと、 二人は先を急ぐことにした。

 海上は海霧ガスに覆われて水平線が霞んでしまい、 一本の橋だけが浮かぶように続いている。

 そんな幻想世界を渡り歩いて海の里にたどり着いたときには、 出発してから二時間を経過していた。


「こっちだよ」と百春が先導して歩き出した。


 海の里はブーメラン型の人工島で、 右翼部から上陸した二人はそのまま中央部へと移動した。

 冬一郎は中央部砲塔台の前に立つと、 眼前にそびえ立つ≪視線誘導標≫を見上げた。

 全長百メートルある超大型電磁レールガンだ。

 現役時は三百メートルあったが撃ち過ぎによる砲身寿命で、 ボッキリ折れてしまった逸話が残されている。

 このように海の里は所々に激闘の跡が色濃く残されていた。


 ≪異形計画≫という名称が知れ渡りはじめた頃、 首都防衛による海防のさらなる強化を目指して構築されたのが東京湾再要塞化計画。

 海の里はその四番目にあたる海堡、 すなわち要塞化された人工島である。

 当時は復元された第一から第三で湾の入り口を固めつつ、 後方の第四で撃滅する運用方針が用いられていた。

 そして役目を終えると第二の人生……いや島生を送ることとなった。

 海の里の最奥であり二人の最終目的地でもある左翼部に着いて、 冬一郎は視線を泳がせるように辺りを見渡した。


「……うん」


 なにもない。

 右翼部や中央部にあった要塞化の形跡はまったく見られない。

 あるのは遠浅の砂浜と打ち寄せる波。

 そしてポツンと建っている極々普通の海の家。

 誰もいない閑散としたリゾートビーチは、 戦闘の跡とはまた違った哀愁を漂わせていた。


「冬一郎さん。 入ろ」


 海の家は開店休業状態で一階部分の食堂は店員すらいなかった。

 二人は入り口で止まると、 ソーサリングを外して身だしなみを整える。

 百春は冬一郎の後ろに立って、 襟、 裾、 背中など自身では見え難い箇所をチェックして回った。


「オッケーだね」

「助かる」

「ソサリンはONのままにね。 中身のコンバート終わってる?」

「ああ、 問題ない」


 二人が中に入ると人感センサーが働いて認証パスの提示を求めてきた。

 ソーサリングが応じてパスを返すと、 迎え入れるように室内の明かりが点いた。

 無人のように見えて中のセキュリティはきちんと敷かれている。

 住んでいる人間がいるということだ。

 奥の階段から二階へ上り、 廊下のつきあたりに行くと執務室があった。

 冬一郎はやや緊張した面持ちでドアをノックする。


「どうぞ」


 部屋の中から男性の声がした。

 冬一郎がドアのタッチスイッチに触れると、 百春はドンと横へ押しのけて、 ずかずかと部屋に入っていった。


「ちょっとどういうことですか! 弓波さん」


 百春にしては珍しく怒気を孕んだ声に、 冬一郎はドアの陰から恐る恐る中を覗いた。

 二人が執務机を挟んで顔を突き合わせている。

 一人は百春。

 もう一人は椅子に腰かけている弓波と呼ばれた壮齢の男性。

 先程、 ノックの返事をした声の主であろう。

 そして来賓用のソファーに座りながら二人を眺めている年老いた男性が一人。


「やあ百春君。 どうしたんだい血相を変えて」

「わたし言ったじゃないですか。 スカレポへアップする前に必ず声をかけてくださいって。 変なところがないかわたしの目で中身を確認させてくださいって」

「いや、 だってどこも変じゃなかったし。 先方がすぐに欲しいって言うから」

「こういうのは心構えが必要なんです! 大丈夫っていう安心が欲しいんです!」

「けどほら、 おかげで大反響だよスカレポ。 早速取材の申し込みも来てるしさ」

「弓波さん……わたしの言葉は、 そんなに、 軽い、 ですか?」

「……以後、 気をつけます」


 少女にやりこめられる男性と、 それをにっこにこで眺める老人。

 部屋の中の相関図というかパワーバランスみたいなものが、 これ以上ないほどわかりやすく可視化されたなと、 冬一郎は思った。


「しょうがないですね。 今回は冬一郎さんに免じて許してあげましょう」

「や、 やあ藪影君。 時間通りだね」


 弓波に声をかけられた冬一郎は、 あわててドアの陰から出て起立した。


「初めまして、 藪影冬一郎です。 なんていうか……すみませんでした」


 いろんな意味でとりあえず謝った冬一郎を、 弓波は笑いながら部屋の中へ招き入れた。

 自動で閉まるドアの音を背中で聞きながら、 冬一郎は百春の横に並らんで立つ。

 椅子の上から身を乗り出した弓波は、 一つ咳払いをした。


「改めまして、 僕が第四海堡管理者兼、 アカデミー・カマタゲート・海の里教室・室長。 弓波響互ゆみなみきょうごです。 ようこそ藪影君。 歓迎するよ」


 そう名乗った男は一見、 長身とはいえ細身なところが頼りなさげだが、 軽い声からは一本芯の通った印象を与える。

 声帯か、 呼吸か、 それとも別の要因か。

 軽薄さを感じさせないのは、 彼が二つツーネーム持ちだからかもしれない。


「ありがとうございます。 ぼくも十六反射ヘキサレフに会えて光栄です」

「また懐かしい名前を引っ張ってきたねえ」


 弓波が照れくさそうに笑ってから、 手のひらで老人を示した。


「紹介するよ。 こちらは紀伊馬忠きいまただしさん。 うちのご意見番みたいなことをしてもらってます」

「ただの顧問役じゃよ」


 冬一郎が一礼すると、 紀伊馬はうなずいて返した。

 可視化された相関図からはただの好々爺という立ち位置であるが、 双眸には年齢に似合わなぬ強い精気を宿している。

 それともう一つ、 冬一郎は老人の手に注目した。

 しわくちゃであるが堅そうで、 使い込んでいると一目でわかる。

 経験上、 この手の持ち主は相当に練度が高い。

 祖父のようにきっと何かしらの達人であろうことは間違いがなかった。


「紀伊馬さんはね。 わたしのおじいちゃんなの」

「ええっ」


 百春による突然のカミングアウトで、 冬一郎と弓波が同時に声を上げた。


「二人ともそんな顔をするな。 血は繋がっておらんぞ」

「朝ランニングしてたら偶然会ってね。 毎日いろいろ教えてもらってたの」

「嬢ちゃんがスカラシップを受けに来たっていうから……つい、 な」


 ここまで聞いて冬一郎は得心がいった。

 百春と紀伊馬の関係はそのまんま自分と祖父との間柄に等しく見えたから。

 自分の預かり知らない所で彼女自身も己の世界を広げている。

 その傾向を垣間見れたことが、 我が事のように嬉しく思えた。


「先に百春君の用事から済ませようか」


 弓波は室内用のホログラムディスプレイを立ち上げて、 報告書らしき映像データを映し出した。 表題には合格通知書と記載されている。


「おめでとう百春君。 スカラシップ合格だ。 主観採点フルマークのおまけ付きでね」

「やったぜ!」


 拳をグッと握りこむスカレポ仕込みのジェスチャーをした百春に、 男共は苦笑を交じえながら拍手と賛辞を贈った。


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