近代槍術③
鴛海は片腕を前に出した。
両手持ちならば前の手である左側を。
「手槍の使い手は空いた手で新たな攻撃方法を編み出したわ。 それは両手持ちには決してできない戦術。 だから低級者よりも槍巧者の間に広まっていったの」
「例えばどんなのが?」
「それにはまず敵対する相手を話さなくちゃね」
しなやかな白い手が教鞭でも持ってるように揺れる。
「ん? 相手って槍遣いではないと」
「そう。 大昔ってサムライの時代を指してるのよ」
「じゃあ刀で間違いない」
「当たり。 刀遣いは相手の槍を捌くとき、 空いた手で槍を掴むのよ。 そして動けない相手を刀でバッサリ」
「手槍遣いもその戦術を想定していると」
「そう。 一つ加えると手槍は刀より長いわ。 刀遣いとのリーチ差による優位性は保てている。 槍以外の相手にも強いのが大きなメリットだったの」
「槍にも刀にも強いって良いことづくめじゃないか」
「言うは易しよ。 手槍は高度な技術を要求されるの。 槍と刀の体捌き両方を身につけなくちゃいけないから」
「覚えるのが増えるのは確かに面倒」
身近に似た体験がある。
テスト前の丸暗記。
誰もが共感してくれる確信がある。
でも今ここで引き合いに出すのは止めとこう。
鴛海先生を刺激しないように。
「プラスその二つをミックスした動きも」
「超面倒」
彼女の追い討ちを一言で片づけた。
「けどね。 ここまでしても見合う対価を得られるかは微妙なところ」
「なぜに」
「槍遣いだって刀遣いを想定した戦い方があるんだから」
「そりゃそうか。 例えばどんな」
「いろいろあるわよ。 中級者になったら教えてあげる」
「それは残念」
いいところで遮られた。
彼女も基本のキを守ったらしい。
「つまり刀遣いを想定した戦い方が、 そのまま手槍遣いに適用できる」
「まあ、 そうなるわな」
「対応方法が頭に入っていれば後は実力勝負。 珍しい戦型ではあるけど予測できない戦型じゃないって、 それをわすれないようにね」
「いやいやいやなんで俺が。 戦わないよ?」
「さあ、 どうかしら」
「戦わないからね!」
「試合の細かいルールも説明しとく?」
彼女には予知能力が備わってるのだろうか。
見えない手でグイグイ引っ張ってくる感覚に悪い予感が募るばかりだった。
「そろそろ動く」
試合から目を離さなかった陸浦が言った。
ステップしてる坊主頭のギアが一つ上がる。
自転するように追う百春を引き離しにかかった。
「鴛海さんが話した流れなら、 彼はこの後突っ込むはずと」
「そうね」
「んで片手持ちになって」
「なるはず」
「スピアを掴む?」
「試合では反則ねソレ」
冬一郎は「鴛海せんせい?」と訊き返した。
「えーと……今までお話した趣旨と繋がりませんが」
「だって互いが互いのスピア掴んじゃったら千日手になるじゃない」
鴛海せんせいが駄目な生徒を見るような目を向ける。
言われてみれば確かにそのとおりなんだが。
未経験者にそこまで求められてもと、 思わずにいられない冬一郎。
いろいろ言い訳したいところだが、 今は試合の観戦を集中することにした。
坊主頭の踏み描いていた真円の形が崩れた。
百春に向かって突っ込んでいく。
ただ闇雲に半円の割線を進んではこなかった。
直角に曲がって最短距離のステップインをすれば、 逃げる距離は稼げない。
そのまま百春に追いつかれる可能性があったのだ。
仮に縮地を遣っても超反応できてしまうと、 留詰されて終わるだろう。
それだけ彼女の動きも素早いし、 加速の余地を残していそうに見えた。
だから円周を狭めるようにサイドステップのまま接近する。
相手の攻撃範囲から逃げなら攻撃する選択をしたのだ。
まさに攻防一体。
見た目と態度からは想像できない。
どこまでも近代槍術に忠実で、 研鑽を積んだと一目でわかる体捌きを見せた。
「さあ、 彼がいなすよ」
陸浦が予言するように呟いた。
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