百春無双②
鼻ピアスは進む方向を横から前へ変えた。
ステップイン。
前足を前方へ出して百春との距離を潰す。
しかもただ一歩踏み出したわけではない。
霧の祝福を活性化させて肉体強化を施してある。
その強靭な脚力もってすれば床板を一蹴りするだけで百春の目前へ迫れる。
目にも止まらぬ瞬間移動はまさに縮地。
近代槍術が掲げる基本技の一つであり極意の一つ。
しかも相手は棒立ち。
構えてすらいない。
ただ飛び込むだけの簡単な勝ち筋。
かい潜るための前屈みすら必要としない。
自信過剰の身の程知らずな特待生めが。
その舐めくさった態度をとった報いをくれてやろう。
この後のシナリオは既に決まっている。
繰り出すのは片手平突き。
狙いはスカート。
すれ違いざまにひん剥いてやろう。
その上でヤツの顔面をアップで映してやる。
さあ前足が床板に着地するぞ。
そうしたら後足を引きつけて両足立ちになったらスイングスタート。
腰を捻りながら後ろ手で持ったスピアを前に押し出せ!
「お命頂戴!」
そう下品極まりない宣告をした鼻ピアス。
だが――。
「馬鹿! 誘ってんだ」
坊主頭が怒鳴るも時すでに遅し。
彼の前足が床板を踏むことは無かった。
両足は宙に浮いたまま。
どてっ腹に直風の端がめり込んでいる。
鼻ピアスは力無くスピアを振るも虚しく空を突くだけ。
標的に届かせるには直風の長さ分が足りなかった。
「うーん。 なんだったかな……」
冬一郎は視線を上げて唸った。
「どうしたの」
「いやね鴛海さん。 大したことじゃ無いんだけど」
「けど?」
「このシチュエーションに既視感が……」
どこかでなにかの知識を仕入れている。
有用無用本学雑学問わず大抵はスカウティングレポートから。
そういえば最近ヒバリの知識を得たと思い起こす。
ああ、 やはり彼らだったか。
冬一郎は含み笑いを漏らした。
「わかったの」
さりげなく横目で見る鴛海。
「わかったわかった思い出した。 蛇鶏の会お得意の野鳥ネタ」
「それは?」
「百舌鳥の早贄」
「もず?」
「そう。 スズメ目モズ科モズ属。 赤茶色の体に喉周りは白く過眼線がよく目立つ小鳥。 それが百舌鳥」
「はやにえは?」
「語源は神様への初供え物。 百舌鳥は秋ごろから捕まえた獲物を木の枝に突き刺す行動をする。 もちろん供え物ではなく自分で食べるための物さ」
「ふーん」
鴛海の反応は薄い。
聞き流されるのが雑学というもの。
しかし――。
「なぜ早贄するのか諸説あってね。 その一つに食べれば食べるほど美声になる効果があるらしい!」
「保存食が多ければ餌の少ない冬でも栄養を蓄えられるから」
「……うん、 よくわかったね……。 だからさえずりのクオリティも高まって春はモテモテになるらしいよ」
と、 ここまで語って冬一郎はハッとした。
彼女は誰に対してモテモテになりたいのか。
そのためにこれからも早贄を作り続けるのだろうか。
そういえば彼女の夢に「中ボス」「ラスボス」という不穏なワードが混じっていた。
もしかして。
もしかして彼女の最終目標は……。
「どっこいしょ」
百春はおもむろに直風を引き抜いた。
ごろりと床に転がる鼻ピアス。
イイ場所に入ったのかピクピクして動く気配は無い。
「早贄じゃなかったわね」
「ですね」
そもそもさえずりはオスがするもの。
仮説が根本から破綻していたのだ。
まさに無用雑学の無駄話。
そこまで思いが及んだ鴛海は阿呆らしいという顔をした。
しかし口角が微かに上がっているのを冬一郎は見た。
衝撃的な光景に依然としてどよめく場内。
その空気を心底面白くない人間が二人いた。
「まあこんなもんだろ」
ロン毛は髪をかき上げた。
隣の坊主頭は納得いかず舌打ちをつく。
「脳内下半身野郎めが。 マジ使えねえ」
「ちょっと」
二人に向かって百春が声をかけた。
「なんだよ」
「カウントは」
「数えるまでもねえ。 ノックアウトだ」
「やったぜ!」
彼女はスカレポ仕込みのガッツポーズを決めた。
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