百春無双①
鼻ピアスはリズムを刻みながらサイドステップを踏み始めた。
進む方向へ前足を伸ばして残した後足を引きつける。
重心はやや前足にかけているが前のめりになるほどではない。
歩幅は普通。
上体のバランスも普通。
攻めっ気はあれど攻防主体の構えは崩さない。
槍術に限らず武術は攻撃こそが華。
しかし防御も捨てたものではない。
華麗なフットワークこそが一等映えるといわんばかりに動き回る。
実際、 野次馬達のウケはよかったが百春はそうでなかった。
楽し気にぴょんぴょん動く標的を目で追っている。
していることはただそれだけ。
体位こそ左半身ではあるがスピアを片手で持ったまま。
切っ先の穂を地面にダラリと垂らしている。
百春の右へ左へと移動していたリズムが変化した。
今度は時計周りに回り込もうとして――普通に背後を取れてしまった。
彼女は目で追うのを止めたが、 それ以外は何一つ変わっていない。
鼻ピアスの足が止まった。
「おい、 構えろよ」
「どうぞお構いなく」
打てば響くような返事が神経の苛立ちを興奮へと誘う。
「舐めやがって」
鼻ピアスはそう吐き捨てた。
しかし頭に上った血はすっかり下がっている。
かわりに満たされていくのは圧倒的な高揚感。
もしやと思っていたが間違いない。
ああ、 実にいい。
マウント上から見下ろす景色は最高だ。
勝利の確信以上の絶景はない。
だからこそ思い悩み惑ってしまう。
このまま背後から襲っていいもかどうか。
力任せに。
欲望のままに。
ケダモノのように。
押し倒してしまっていいものかどうか。
「こないの」
背を向けたまま百春は言った。
反射的に飛びつこうとする鼻ピアス。
据え膳食わぬは何とやら。
だが、 しかし。
こんなに急かされてご馳走を味わうなんてもったいないのではないか。
同意を得たのだという認識が理性の一欠片となった。
そして素晴らしい名案が浮かび上がる。
背後からでは見れないではないか。
あの美しい少女の顔が恥辱で歪む瞬間を。
「クックック。 今に見てろよ」
鼻ピアスは再びステップを踏み始めた。
そのまま時計回りで元居た正面へと戻っていく。
その様子を観ていた冬一郎は首を傾げた。
「意外です。 てっきり後ろから攻撃すると思いました」
「そうだね」と短く答える陸浦。
「邪なこと考えてるだけ」
そう言った鴛海が「配信中よ」と付け加えた。
「理由はそうかもしれないね。 けど理屈ははっきりしている」
「わざわざ有利な立ち位置を捨てることが?」
冬一郎的にはあり得ない話だった。
しかし陸浦は「丁度いい」と先程言いかけた続きを話し出した。
「槍術は一瞬の勝負を求めない。 その理由は槍にある。 ここまではいいね?」
「はい」
「逆に一瞬の勝負が成立する武術がある。 アーカイブで昔の娯楽映像を視たことはないかい? 一刀のもとに斬り伏せるってやつさ」
「たしか居合い……ですね」
「そう。 居合いを剣術の一流派ではなく、 剣術と別物と捉えればわかりやすいかもしれない」
「と言いますと」
「剣術は全てが刀という武器を鞘から抜いた戦闘状態を想定している。 しかし居合いは刀を鞘に納めた非戦闘状態から繰り出す。 一瞬の勝負を成立させるのには、 局地的な影響が少なからず存在するのかもしれない。 まあ個人の技量云々もあるだろうけどね」
「なるほど……剣術同様、 槍術も元から抜き身になってるから成立しない。 そういう理屈ですか」
「自論なんだけどね。 ちょっと飛躍しすぎたかな」
「しすぎよ」
鴛海にツッコまれて誤魔化すように笑う陸浦。
そんな彼がちょっと嬉しそうに冬一郎は見えた。
「まあ実際問題。 槍VS槍は特に時間をかけて戦うよ。 相手を読み、 牽制し、 攻防を重ねながら優劣を決めていく。 そしてここぞというときに突きを放つ」
「慎重なんですね」
「一撃必殺だからこそ確信を得る作業が求められるわけさ。 それには相対する敵にもある程度の実力を求めたいところ。 下地がきっちりしてれば測りやすいからね。 だがひとたび格下と見極めれば――」
鼻ピアスが一周して正面に舞い戻った。
「速攻だ」
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