陸浦実武①
背後から男が声をかけてきた。
冬一郎にではない。
鴛海へ向かって親し気に近づいてくる。
「おや、 珍しい。 君が講釈するなんて」
「……ハァ」
だが、 当の本人は仏頂面となってソッポを向いてしまった。
どうやら崩れかけてた心の壁がまた厚く復元されたらしい。
男は苦笑いをして彼女から離れて、 冬一郎を挟むように並んで立った。
「やあ初めまして。 俺の名は――」
「知っていますよ。 有名人」
横目で会釈をした男の挨拶を冬一郎は遮った。
「どこかで会いましたっけ。 それとも……」
「お察しのとおりです。 スカレポの視聴者なら常連の貴方を知らないはずがない。 それこそモグリでもない限りはね」
「ああ、 やっぱり」
「陸浦実武さん。 お会いできて光栄です」
冬一郎に会釈を返されて陸浦は困ったような顔をした。
「そんなに畏まらないでほしいな。 同じ一アカデミー生じゃないか」
「去年の公式槍術試合で全戦無敗の新人王。 そんな二年生に敬意を表すのは当然ですよ。 どの新入生だって同じように振る舞うと思います」
陸浦は「弱ったなあ」と頭の後ろを掻いた。
冬一郎も困らせるのは不本意なのでとある提案をしてみた。
「ではスカレポで通っているあっちの呼び方はどうでしょう」
「いいね。 それで頼むよ」
「わかりました。 ぼくの名前は藪影冬一郎と申します。 以後、 宜しくお願いします。 実武さん」
「ああ、 宜しく。 藪影くん」
「それと改めて宜しく。 鴛海さん」
「ふん……」
さり気なく気遣ってみたが、 彼女には余計なお世話だったらしい。
陸浦も「あらら」と残念そうに言った。
それにしてもと冬一郎は二人の顔を見やる。
陸浦実武。
身長178センチ。 体重70キロ。
これがスカレポで紹介されたフィジカルデータだ。
しかし実際間近で見ると着痩せするタイプだとわかる。
なにせ制服の下は鍛え抜かれた筋肉質の体つきなのだ。
これがすこぶる女性視聴者に評判がいい。
更に清潔感ある黒い短髪。
甘いマスクと切れ長な目。
そして丸眼鏡という追加アイテム。
挙げ句、 最強の二文字に奢らず品行方正で文武両道。
彼が出演するだけで配信の席競争率が格段に跳ね上がる。
現代に甦った唯一無二のスーパースター。
それが彼なのだ。
なのに表情が冴えない。
このまま腫れ物扱いするのもどうだろうか。
そう思って冬一郎は踏み込んだ質問をしてみた。
「二人は顔見知りなんですね」
「まあ、 うん」
やはり歯切れの悪い返事だ。
二人には共通点があるのを冬一郎は知っていた。
京浜三羽烏。
カマタ再攻略における要となった三大流派の内の二派。
それが陸浦流と鴛海流。
お互いライバル関係ではあるのは間違いない。
しかし助け合って切磋琢磨する関係だと聞いている。
顔見知りなのは当然として、 険悪なのは個人同士の問題であろう。
もしかしたら役割が増えたのかもしれない。
冬一郎は顔を背けてる彼女に話しかけた。
「もしやと思ってたけど鴛海さんはあの鴛海流の人だったんだね」
「ふん」
彼女は相変わらずの塩対応。
でも返事をしてくれただけ良しとしよう。
二人の素姓がわかれば話は早い。
うってつけな共通の話題が目の前にあるのだから。
「ぼくは槍術に疎いんです。 できましたら陸浦流と鴛海流、 二つの流派からいろいろと学ばせてほしいのですが」
返事をしなかった鴛海がぷいと横を向いたままでいる。
そんな姿を見た彼らは目を合わせ苦笑するしかなかった。
お読みいただき、ありがとうございました。
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