鴛海淑子③
門をくぐった一行は道なりに進んでいった。
正面建物を避けて奥へと回り込む。
するとちょうど裏手側に一際目を引く別棟が現れた。
アカデミー特有の近代感を感じさせる箱物ではない。
古風で伝統的な瓦屋根と平屋建ての道場然とした建造物であった。
「さあ着いたぜ。 入んな」
三人組は正面玄関の引き戸を開けた。
今どき珍しい。
そして防衛施設ではありえない木製の扉がガラガラと音を立てる。
中に入ると床は段差が設けられ、 壁一面に下駄箱が並ばれていた。
この場所は土足厳禁。
皆が靴を脱いで板張りの床へ上がっていく。
冬一郎も倣って中へ入ったら気になる物を見つけた。
高い位置に掲げられた木彫の額だ。
「あれはなんて書いてあるんだろう」
「脚下照顧」
横に並ぶ鴛海が答えてくれた。
「意味は」
「足元をよく見なさい」
「なるほど。 霧を歩くのに通ずるところがあるな」
「そのままの意味だけじゃないわ」
「気を配れってことだろ。 いい言葉じゃないか」
「そうね」
物静かで柔らかな声音。
きっとこれが本来の彼女だろう。
馴染んだ耳がそう囁くのを、 彼は感じるままに汲み取った。
「俺は藪影冬一郎っていうんだ」
「いきなり何」
瞳をパチクリとさせる鴛海。
「いや自己紹介まだだったからさ。 宜しく鴛海さん」
彼女は出しかけた空の右手を握る。
そして無言のままうなずいた。
しばらく歩くと列の足が止まった。
この先の出入り口で詰まったらしい。
「いけない! ちょっと前開けて」
鴛海が人ごみをかき分けて一気に進む。
冬一郎も急ぎ後に続いて中へ中へと入っていった。
二人が出入り口に着くと止まっていた原因がわかった。
先頭集団の一部が中へ入らず立ち往生していたのだ。
不思議に思いながら冬一郎は追い越して前へ出た。
「おお……これは凄いな」
出入り口の中は全面板張りの広大な空間であった。
天井も高く柱がない。
道場らしく白色の囲み線がいくつもあり、 何組もの試合が行えるくらい大きな器だ。
しかし今の時世にはそぐわない造りをしている。
もう人類は残り少ない。
だから新築するならコンパクトに仕上げるのが定石だ。
にもかかわらず大規模なキャパシティを想定しているのは訳がある。
霧で得た異能力の更なる体得に最適解だから。
ゆえに成り手は後を絶たず、 みんなが寄せる期待も大きい。
それがアカデミーの花形。
近接戦闘専門職育成コース。
ファイター・プログラムであった。
お読みいただき、ありがとうございました。
次回は月曜日を予定しています。
百春(とついでに冬一郎)に降りかかる鉄の掟とはいかに?
ちょっとだけお待ちください。
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