鴛海淑子②
冬一郎は「まあまあ」となだめながら改めて彼女を見た。
遠目では黒髪としかわからなかったが、 整えられたロングヘアに気品を感じさせる。
背格好は百春と変わらないものの、 背筋が伸びた美しい姿勢が印象的だ。
この二つの取り合わせは相乗効果を生み出しているに違いない。
そう思えるほど美しい大和撫子の乙女であった。
鴛海が怪訝そうな面持ちをしている。
ジロジロと見過ぎたかと笑って誤魔化した。
「貴方、 真面目に聞いてるの」
彼女はさらにグイグイ詰め寄ってきた。
顔が近い。
あまりにも近すぎる。
そんなレア体験の重圧を土俵際で持ちこたえる冬一郎。
「あのすいません。 お願いがあります」
「なに」
「このままだと後頭部を守るため――」
「は?」
「俺はブリッジしなければなりません」
「……ごめんなさい」
エビ反りになりながら許しを請われて、 ようやく鴛海は止まってくれた。
……止まってくれただけで睨んだまま離れない。
きっと下手な言い訳は逆効果だろう。
そう思わせる力が真っ直ぐな瞳にはあった。
そしてもう一つ。
本心で語らないと彼女を納得させられない。
祖父がよく言っていた言葉を思い出す。
真面目に真面目で返すのは場合によりけり。
自分を装った偽りの真面目はいらない場合もある。
きっと今がその時かもしれない。
冬一郎は心を決めて黒い瞳を見返した。
「言いだしたらきかない奴だから」
「信じられない。 貴方本気?」
「一つ任せてみてくれないかな」
鴛海がワナワナと震える。
期待していた答えではなかったのだろう。
彼女が今何を考えているのか手に取るようだった。
「貴方、 あんな娘に何もかも任せちゃっていいわけ」
「ああ」
「恥ずかしくないの」
「恥ずかしい」
「腑抜けね」
無遠慮に投げつけられる侮蔑。
しかし冬一郎は小揺るぎもしない。
淡々と自分の役割を果たす。
「隠さずに答えたまでさ。 あいつを見る度にあんな力があればと、 そりゃあ思うよ。 けどじいちゃんは何も教えてくれなかった。 しかも凄腕の槍巧者だったなんて、 つい最近知ったくらいだ」
「なんで投げやりなのよ。 これから努力しようとは思わないの」
「じいちゃんも、 教えてくれた人も……すでに別れた後だからさ」
「なによそれ」
「後の祭りってことだよ。 俺は鬼の霞戯槍を継げなかった半人前の未熟者。 これは動かしようのない、 そして目を背けてはいけない現実なんだ」
「貴方……」
鴛海の歯切れが悪くなった。
あれだけ熾烈だった声音に悔いの色が滲んでいる。
その源泉は己の振る舞いと他にもう一つ。
胸中の琴線に触れるなにかを感じたから。
「もちろんあいつが間違っていたら腕ずくでも止める。 けど間違っていないなら俺は止めない。 だからさ、 任せてみてくれないかな。 英莉に」
「信用してるのね」
「ああ、 信頼してる」
「そう……」
感情の置き場を困るように、 黒い瞳が瞬いた。
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