鴛海淑子①
囲まれていた少女が初めて口を開いた。
「ちょっと貴女! 勝手なことしないで」
捕まっているはずなのに、 強い口調でたしなめる言葉。
ただ絡まれてるのではない。
複雑な事情がありそうだと百春は思った。
それでも――。
「ごめんね。 どうしても見ていられなかったの」
「貴女には関係ないわ。 これはわたしの問題よ」
「うん。 けどね……わたしの識ってる人なら絶対こうしたから」
顔を向けられた冬一郎が肩をすくめた。
「立つ瀬がないよ」
「いーのいーの。 後ろでどーんと構えててちょーだい」
「でもなあ」
「だーいじょぶ。 わたしはちゃーんとわかってるから」
「なにをさ」
「なにもかもだよ」
「トクマツみたいなことを言うなあ」
「わたしのグランドマスターになってくれる?」
「グラマスはやめてくれ」
他愛のないやりとりを交えて二人は意志疎通させた。
――大丈夫。
――頭に血は上っていない。
――冷静だ。
「あなたは霧の匂いがする人だからね。 舞台はここじゃないの」
そう言って、 百春は片目をウィンクしてみせた。
その時その時の相応しい配役がいる。
霧を歩くのが得手なら霧の舞台に登壇すべし。
彼女はそう言いたかったのだろう。
この一触即発な局面。
確かに自分の領分でない。
明らかにミスキャストだ。
そう悟ったら見守る役を受け入れるしかなかった。
「任せたよ英莉」
許しを得た彼女が得意げに胸を張った。
「任せなさい。 ちゃっちゃと片付けてくるからね」
「片付けてもらおうじゃねえか」
三人組は「来な」と言って人垣を割り城門をくぐった。
百春とその取り巻きも後に続く。
その他大勢として歩く冬一郎に、 例の少女が近寄ってきた。
漆のような飴色の黒い瞳が怒気を帯びている。
「わたしはまだ承諾してない!」
訂正。
どうやら自分の役回りは彼女の相手らしいと苦笑いした。
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