新しき道はかくの如き祝いたもう
「お供いたします」
未来の先にトクマツがいた。
エントランスの正面口に横付けされたゾウガメ型戦闘用多脚車両。
肉体を持たない機械知性体が外界で活動するために用意する仮初の器だ。
歩みは鈍いが情報処理能力に長けた機体である。
トクマツ機に至っては甲羅の中に機密保持扱いの戦略級兵器が搭載されていた。
直接的な殺傷力は皆無だが後始末が非常に面倒となる代物。
そのためいろんな意味で目が離せない存在といえた。
「お待たせトクマツ。 今日もいい天気ねえ」
「今日も明日も一日中霧でございます」
百春と気さくに挨拶を交わしながら降着ポーズを取ったトクマツ。
しかし二人は甲羅の上へ乗り込まない。
亀は首を伸ばして人間たちを見る。
いつもならご機嫌斜めになる彼女が余裕あり気に笑っていた。
「あなたに残念なお知らせがあります」
一語一句読み込むようにトクマツの目が明滅した。
「人工知能ならいざしらず、 技術的特異点に達した機械知性体の辞書に残念という言葉はございません。 オプション付属の電子辞書は除きますがネ」
「そう余裕ぶっていられるのも今の内だぞ」
もう一人の援護射撃を察してトクマツは新たな並列処理を走らせた。
「マスターもなにかご存知なのですね」
「いやなに。 俺の考えを読まなくても、 英莉が説明してくれるさ」
「そうだよーわたしが説明してあげる。 アカデミーは一般教育を終えた方々に、 専門分野の知識とプロフェッショナルな心得を提供します。 よって充実した学習生活を送ってもらうため、 様々なルールを正しく遵守し、 責任ある行動を心がけてください」
トクマツの首が縦に振られた。
ピタリ四十五度の角度で。
「アカデミーの心得ですね。 亀もその理念を支持しますとも」
百春はフフンと笑って説明を続ける。
「礼節を弁えて思いやりの心を持ち、 マナーを忘れずに行動しましょう」
「まったくもって」
「規則正しい生活を送り、 服装や身だしなみを整えましょう」
「異議ありません」
「登下校に際しては、 決められた通学路を使うこと」
「自転車の項目はないのですか? いけませんね」
「その他。 亀禁止」
「なん――ですと」
トクマツはフリーズした。
電池でも切れたかのように。
調子よく肯定したり是正を求めてた姿は見る影もない。
「いやーびっくり。 いつの間にか追加されててねー」
「ほんとほんと」
「そんなわけで同伴登校はしなくていいからねー」
「俺達だけで行ってくるから留守番よろしくなー」
目が赤くなった。
レッドシグナル。
自分の立ち位置をようやく理解したようだ。
「kえfねんvkkgw:いt93gんdfんはぽい4322fgm」
トクマツが意味不明な金切り声を上げた。
それは機械知性体だけが駆使する翻訳不能な高等言語。
「始まったよ機械語」
「誰と話してるのやら」
「えいほ348yhr――――」
トクマツの声がプツリと途絶えた。
しかし目は赤いままだ。
言い争いは電子の世界へ移ったのだろう。
こうなっては門外漢の人間が出る幕など無い。
「放っておこ」
「だな」
去り際に手を振ってみたが、 最後までトクマツの反応は無かった。
カマタゲートに設けられた二つの出入口の東側。
通称ロクゴウサイドにアカデミーはあった。
二人は一級河川を利用した防衛線≪二十三区境界ライン≫を目指す。
地理的には元々教育機関が集まっていた≪歴史的視線誘導標≫である。
しかし≪禁足二十三区≫が設けられて実質の締め出しを喰らってしまった。
その後はカマタ再攻略における、 渡河作戦の橋頭保的役割を果たした。
そのアカデミーへ近づくにつれて一つ二つと灯りが見えてきた。
霧の中では意外と目立つレモンイエローの色。
二人は腰に下げていた霧角灯を取り出し灯りを点ける。
視界確保というより被視認性の向上が目的だ。
フォグコートと相反する役割であるのは間違いない。
しかし、 そもそもとして人の集まる場所では隠形の必要が無いのだ。
よって余計な警戒をせずに済ますために霧角灯は必要とされた。
お互いの存在を認め合うためのマナーとして。
周りに霧角灯を吊るす制服姿が増えてきた。
支流が幾つも集まって本流がじょじょに大きくなっていく。
その歩く流れに乗りながら、 百春はそこいらを見渡した。
「今日はスカレポ来てるかなー」
「毎年恒例だからな。 来てるだろうさ」
「だねー」
本流が大きな道路にぶつかって二股に分かれた。
いや大きな道路に沿って思い思いに立ち止まっている。
それから何かを観覧するかのように注目していた。
「おおー。 やってるやってる。 新入生お披露目パレード」
「急ごう。 冬一郎さん」
「こっちだ。 ここが空いている」
冬一郎は人込みをかき分けて二人分の観覧スポットを確保した。
歓声の上がった方向に顔を出す百春。
すると遠くから道路を歩くアカデミー生徒が見えてきた。
先頭は自分達と近しい年齢の少年少女だ。
その周囲を淡い紅色の花片が舞うように包み戯れていた。
「綺麗な桜」
「春といえばやっぱりこれだよな」
彼らの列が横切るったとき花びらを手に取ろうとした。
しかし掴むことはできなかった。
ひらひらと舞い落ちていく花びら。
そう、 今観ている桜の花は本物ではない。
ホロゥレイヤードと呼ばれる霧に映すホログラム装飾だ。
一人一人ではささやかな落花なれど。
人数が集まればこうして花吹雪を構築できる。
それこそが、 ホロゥレイヤードらしい演出の幅の広さといえた。
お読みいただき、ありがとうございました。
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