夢つむぎ
冬一郎は装着していたHMDのバイザーを上げた。
ベージュのカーペットとドレッサーを兼用したテーブルが見える。
そして自分が今腰を下ろしているのはロースタイルのフロアソファー。
そのどれもが以前にはなかったインテリアだ。
ここは仮想現実の222号室ではない.
とあるマンションの一室。
現実世界に戻ってきた部屋の主に目を向ける。
装着したHMDはバイザーを下ろしたまま。
横に座って肩を寄せながら少しだけこちらに頭を傾けている。
仮想現実で見た容姿とどこも変わらない.
制服姿の百春がそこにいた。
自分のHMDを外して彼女のと見比べる。
どちらも大分使い込まれた同型機。
それもそのはず。
幼少のころに与えられたネット学習用の教材だから。
現行のディスプレイはホログラムが主流である。
それは間違いない。
しかしデジタル空間に慣らすという目的だと話は変わってくる。
没入型のプラットフォームを提供できるHMDに分があるからだ。
手始めにアバターを与えてコミュニケーションを学ばせる。
そしてネットの知識やルールへと幅を広げながら――。
共感力。
認識力。
想像力などの向上的段階を踏み進めていく。
この過程が後々に更なる成長を促すための土台となる。
現実世界で感性を磨くための基礎訓練。
その名残りが222号室であり、 仮想空間の3Dルームであった。
わんぱクラブが集まるときはホログラムでなく仮想空間。
この慣習はきっと変わらないだろう。
冬一郎はHMDに付いた細かい傷を指でなぞった。
「ん……」
遅れて帰還した百春がバイザーを上げる。
「お帰り」
冬一郎が声をかけると、 彼女も「お帰り」と悪戯っぽく微笑んだ。
しばし見つめ合った二人は声を合わせて噴き出すように笑った。
「凄かったなー。 奴らの自爆」
「あははー、 なんかごめんね」
「いいって。 話す手間が省けたさ」
「そっか。 そだね」
百春はHMDを外して膝に置いた。
しかし持ったまま手を離さない彼女に冬一郎は言う。
「次はいつも通りだよ。 わんぱクラブの友情はな」
「うん。 そうだった」
「まだ気になることが?」
重ねて問われて百春は首を振った。
「ううん。 違うの。 ほんと今も夢のようって思うの」
「夢?」
「うん。 二人でリアルの学校に通いたい。 そんな夢」
彼女は顔を上げた。
隣に座る冬一郎が同じ制服を着ている。
今日はアカデミーの入学式。
二人は一緒に登校する約束をしていた。
待ち合わせ場所を百春の部屋と決めて。
「そっか。 叶えられて俺も嬉しいよ」
「ありがとうね。 冬一郎さん」
「お前も頑張ったんだよ。 俺を引っ張ってくれたんだから」
「わたしが?」
「ああ。 英莉についていくと、 いろんな景色を見せてくれる。 それが楽しくて嬉しい。 昔と立場が逆になっちまったなあ」
「もっと見たい景色があるって言ったらつき合ってくれる? 冬一郎さん」
「ああ! 任せろって」
「じゃあねー。 まずはお友達をつくりたい。 同学年の女の子」
「いきなり手伝えないのきたね。 うんうん頑張れ」
「先輩と後輩もほしいなー」
「後輩は来年にお預けだな」
「先輩は頼りになるお兄さんと優しいお姉さんがいい」
「いいね。 賛成」
「あと入学式にしか発生しないレアイベント! これだけは外せないね」
「へー。 そんなのあるんだ。 何だい?」
「生意気な生徒に絡まれたい」
「えっ」
冬一郎は困惑の声を上げた。
話の流れにそぐわない軽い夢を、 百春は楽し気に指折り数えていく。
「そして実力の半分も出さずに懲らしめたい。 そしたら中ボスに決闘を申し込まれたい。 もちろん余裕で懲らしめたい。 ラスボスから全てを賭けた勝負を挑まれたい。 もちろん余裕で懲らしめたい。 最後は虐げられたお姫様を助け出してハッピーエンド。 どう?」
「どうってお前……えらく知識が偏ってるけどさ、 誰の入れ知恵だよ」
「わんぱクラブ」
「奴らか!」
彼女の非現実的な夢は横に置いて、 懲らしめたい相手だけは決まった。
冬一郎の誅リストに新しい夢が加わった。
「さてと。 そろそろ支度しましょーか」
「ああ」
二人は立ち上がって身支度を始める。
今日は始業式のみで最低限の持ち物しかいらない。
その場合はアクセサリー型携帯デバイスのソーサリングだけで事足りる。
百春はイヤリング型、 冬一郎はブレスレット型をそれぞれ装着した。
各々が生体認証のクリアとデータリンクを確立させる。
二人の手に持った槍状の機器が「接続完了」と伝えてきた。
プラズマ増幅器のマジックスピアだ。
限られた人間にしか遣うことを許されない最高級殺傷兵器。
そんな脅威の一品が二人の命令を即座に従える状態となった。
ただしここは室内。
折り畳まれた形態からか、 槍というより鞄というナリをしている。
「冬一郎さん。 外でも折り畳めって、 なんの意味があるんだろう」
「オプションの持ち手を取り着ければ、 スクールバッグに見えなくもない……から?」
「えー理由はコスプレー? これどう見てもジェラルミンケースだよー。 アーカイブに載ってた紙のお金がいっぱい入ってるやつ! 盗まれたり殴ったり銃に変形したりするんだよね」
「怪しげなアーカイブは置いといて。 なんで畳むんだろうな? トクマツ」
『せめて街中では兵器というイメージを和らげたい。 そのような理由から賑やかな場所では、 折り畳みでの携帯を努力義務と定めています』
トクマツは機械的に応えた。
余計な口を挟まない場合は大抵が人間観察の真っ最中である。
きっとノイズをサンプルに入れたくないのだろう。
話をかき回されなくて本当に会話しやすいと二人は思った。
そして頭の中を読む相手なので即、 身支度に集中した。
「とうとうこれを着る時がきちゃったかー」
百春は無念そうに白いフォグコートを羽織った。
「仕方ないさ。 俺達の目指すスカウトは隠形が命。 霧の中で視認性を下げるフォグコートは欠かせないよ。 いつでもどこでも羽織っておかないとな」
「でも冬一郎さんの制服姿がさぁ」
「訂正。 どこでもじゃないな。 教室内に入れば脱いでよし。 登下校だけの我慢だ。 あとお願いだからジロジロ見ないでくれる?」
「そーだねーしょーがないかー」
彼女はぶー垂れながら冬一郎の羽織ったフォグコートを整える。
身だしなみが正しくないと視認性は下がらない。
だから互いが互いをチェックする。
冬一郎は彼女のフードに手を差し込んだ。
「なあ本当によかったのか。 今のままで」
袋状の形を立体的に整え終えて彼女の正面にまわった。
「うん。 いいの。 わたしは今とっても幸せだよ」
「けど……」
そう言い淀んで彼女に顔を向けた。
唇に言葉どおりの笑みが浮かんでいる。
それは九年間かけてやっと象られた芸術品。
この手で壊すことなどできようはずもなかった。
「だからもう少しだけ、 あなたの英莉でいさせて」
「わかった。 お前の好きにしていいよ」
襟を立たせて裾を伸ばし、 最後の確認にもう一回り。
右回りに戻ってきた冬一郎を、 人差し指を立てている彼女が出迎えた。
「じゃあさっそく一つお願い」
「なんだい」
紅電気石の瞳が恋い慕うように瞬いた。
「二人っきりのときは呼んで欲しいな。 冬一郎さんがくれた秘密のお羽」
玄関に並べられた二足のスカウトブーツ。
今日のために用意したお揃いの都市霧用。
「じゃあ行こうか。 英莉」
「はい」
二人はドアを開けて、 新しい未来へと踏み出した。
お読みいただき、 ありがとうございました。
冬一郎と百春のやりとりがわからない方は、 是非第一部を読んでみて下さい。
わんぱクラブについて少しだけ語っていますので、 探してみるのも面白いかと思います。
読者を選ぶ物語だとは思いますが、もし気に入っていただけたなら「ブックマーク」と「↓の評価 ☆☆☆☆☆」をお願いします。




